東京の家族が「軽井沢風越学園」へ“教育移住”を決断したこれだけのワケ

インタビュー「教育移住」#1「軽井沢風越学園」前編

ライター:片岡 由衣

自然豊かな軽井沢で大胆に遊ぶ坂口家の長女。 写真提供:坂口惣一

子どものより良い教育環境を求めて、地方や海外に移住することを「教育移住」と言います。

「教育移住」を実現したパパママは、どのようにしてその新しい生活を手にしたのでしょうか。

移住を考えるきっかけや経緯、決断した理由、悩んだこと、クリアした課題、そして移住後の変化など、当事者のリアルな声をお届けします。今回は前編です。

“低年齢化する受験”に感じた矛盾

今回、お話をお伺いしたのは都内の出版社に勤める坂口惣一さん(42)。2020年4月に長野県軽井沢町に開設した「軽井沢風越学園」(以下、風越学園)の幼稚園へ、長女(当時年少)の入園を機に、東京の世田谷区から家族3人で移住しました。

移住した当時は、「教育移住」という言葉は今ほど広まっておらず、たまたま自分たちの移住が「教育移住」だったと後から気づいたと話す坂口さん。子どもの育つ環境のことには、以前から高い関心があったと言います。

「子どもが生まれてから、どんな環境で育つのが良いのか、どんな学校に行ってほしいのか、夫婦でよく話し合うようになりました。どこの学校に通うかは、自分たちの住む場所にもつながりますし、妻と話し合ううちに、子どもが育つ環境には妥協したくない、という気持ちが強くなってきました。」(坂口さん)

とても教育熱心なようですが、むしろ逆だったと坂口さんは振り返ります。

「僕は地方出身で、初めての受験は高校受験でした。そうした自分自身の経験から、子ども時代はのびのび遊んで過ごせばいいんじゃないかと思っていたんです。

しかし、東京では中学受験がとても増えていて、その多くの子が小学校3・4年生から夜遅くまで塾へ通うと聞きます。中学受験を避けるには、小学校の『お受験』がある。『お受験』を避けるには、『幼稚園受験』がある……。

自由な環境で育って欲しいと願うほど、低年齢で受験をしなければならない現状に、矛盾を感じるようになりました」(坂口さん)

また、都会ならではの環境も気になっていました。

「たくさんの親子が集まる都会の公園では、遊ぶときに『ここは入っちゃダメ』『友達のものは触らないで』『順番は守ろうね』といったルールや気遣いが必要になる。常に周りに気を配りながら、子どもを管理しているような居心地の悪さを感じていました。

そこで、地方での子育ても良いのかもしれないと考え始め、鎌倉(神奈川)や房総エリア(千葉)、高尾山(東京都八王子市)周辺など、都内に通勤できる土地を見て周り始めたんです」(坂口さん)

様々な地域を見てみたものの、通勤時間が長くなるデメリットの割には、東京と比べてさほど教育環境が変わらないように感じたという坂口さんご夫婦。そんな中、風越学園の開校を知りました。

軽井沢の自宅からオンライン取材に答えてくれた坂口惣一さん。Zoom取材にて

みんなで“ゼロからつくる”学校『軽井沢風越学園』との出会い

毎年、家族で軽井沢へ観光に訪れていた坂口さんが風越学園のことを知ったのは、2019年の夏でした。

同校は楽天グループ株式会社の元副社長・本城慎之介氏が、私財を投じて創立。子どもたちは幼稚園・小学校・中学校の12年間にわたり、前期・後期という大きく二つのくくりに分けられ、その中で年齢関係なくまざって学びます。

さらに学校でのカリキュラム、ルールといったことまで、子どもとスタッフが一緒になって考え、つくり上げていくというスタイルを掲げています。

「新しい学校をつくる」「子どもを真ん中に置いて、子どもにとっての“よりよい”とは何かを考えていく」そんな風越学園のメッセージにひかれ、軽井沢での開校説明会へ、坂口さん夫婦は参加しました。

「創業者の本城さんが、『新しいことにチャレンジするために学校をつくっています。既存のカリキュラムにはないことをやっていくので失敗もすると思います』『失敗を許容できないと感じる人にはちょっと合わないかもしれない』と話したのには驚きました。

『失敗もするかもしれない』とはっきり言ってくれたことで、覚悟が決まって、かえって不安な気持ちがなくなりました。新しい形の学校ができることは世の中を変えるきっかけにもなるのかもしれない。ゼロからの学校づくりに関わりたいとの気持ちが強くなりました」(坂口さん)

風越学園の幼稚園では、主に外で1日を過ごす。 写真提供:坂口惣一

型破りな校長に学んだ“当事者意識”

坂口さんが“新しい教育のあり方”にひかれたのは、もう一つきっかけがありました。

学校改革で名を知られた教育者、千代田区立麹町中学校の元校長・工藤勇一氏の本を編集者として担当したことです。

「工藤先生は『宿題廃止』など、公立中学の学校改革で注目を集め、理念として『子どもが当事者になるための教育』を掲げています。

著書の中で学校教育の悪い側面として、先回りして子どもに手をかけるほど、子どもの自立は失われていく。受け身で人のせいにする子どもを育ててしまうと指摘しているんです。

僕自身、つい『今の日本の教育はダメだ』と批判をしそうになってしまうのですが、これこそが当事者ではなく、教育を他人事にしている考えなんですよね。だからこそ、『子どもも大人も、つくり手である』という、風越学園の理念を見たときに反応できたのだと思います」(坂口さん)

「麹町中学校の型破り校長非常識な教え」(著:工藤勇一/SBクリエイティブ刊)
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