「夏休みなんていらない!」イエナ小学校に入った三姉妹の驚く変化

シリーズ「教育移住」#2「学校法人茂来学園 大日向小学校」後編

ライター:片岡 由衣

長野で暮らすようになり、初めてSUPにチャレンジ。自然遊びが身近になった。 写真提供:上岡美里

東京都府中市から、長野県佐久市に“教育移住”を決めた上岡さんファミリー。2019年春、三姉妹は開校したばかりの「学校法人茂来学園 大日向小学校」に入学しました。

日本初の「イエナプラン」教育の学校では、じつに生徒の7割以上が移住者だと言います。

教育移住後、3人の娘たちや、家族にどのような変化があったのか、ママの上岡美里さん(49歳)に伺いました。

※全2回。前編を読む

「夏休みナシで学校に行きたい!」自由な学校を楽しむ三姉妹

2019年4月、「学校法人茂来学園 大日向小学校」(以下大日向小)の開校に合わせて長野県佐久市へ移住した上岡さんファミリー。

当時、小6、小3、小1だった三姉妹たちは、2022年4月、中3、小6、小4になりました。

「子どもたちは毎日楽しく通えていて、初年度は『学校に行きたいから夏休みいらないよ〜』と言うほど学校が大好き。ハッピーですよね」(上岡さん)

大日向小は、「イエナプラン」教育を日本で初めて取り入れた学校です。イエナプランとは、1920年代にドイツで考案され、後にオランダで広がった教育の考え方。ひとりひとりを尊重しながら、自律と共生を学ぶ教育です。

大日向小では、どのような1日を過ごすのでしょうか。

「子どもたちは異年齢で混ざりあって過ごします。1~3年生までの教室と、4~6年生までの教室があり、『グループリーダー』と呼ばれる担任教員は、子どもたちが自分で考えることをサポートしてくれます。

子どもたち自身で、週のはじめに1週間の計画を立てます。もちろん、うまくできない子もいるので、グループリーダーのサポートがあります。

子どもによって教科書、市販のドリル、動画、学びやすいツールはそれぞれです。自分のペースで学習を進め、わからないことがあればグループリーダーや、年上の子、年下でもわかる子がいれば聞いてもいい。

教え合い、質問し合う雰囲気があります。週の終わりには、計画の振り返りもしています」(上岡さん)

さらに、宿題がありません。これは、「学校にいる間にタイムマネジメント(時間の使い方を改善し効率と生産性の向上を図る)を学ぶ」ため。宿題がなくなったことで、上岡さん自身にも大きな影響があったと言います。

「東京では、仕事から帰ってご飯を作ってお風呂に入れて……あっという間に20時とか21時。『宿題は帰ってくるまでにやっておいてね』と言ったところでやる日もやらない日もあります。

子どもは眠くて泣いていて、私もイライラしながら宿題をやらせる時間は、今思うと苦しかったですね。大げさかもしれませんが、宿題がないことはこんなに幸せなんだと感じて。夏休みは心から満喫できました」(上岡さん)

キャンプデビューをし、登山やウォーターアクティビティのSUP(サップ)に取り組むなど、自然との触れ合いが増え、毎日窓からは壮大な浅間山が見える。上岡さんは自然に感謝するようになりました。

お話を聞いた上岡美里さん。家庭や塾、企業へ向けてコーチング事業などの仕事を手がけている。 Zoom取材にて

主体的な学びと対話から育まれた長女の変化

子どもたちにはどのような変化があったのでしょうか。

「個性や年齢の成長があるから、移住や教育による変化なのかははっきりとはわかりません」と前置きしつつ、2021年の春休み、中1から中2になる長女の印象的なエピソードを教えてくれました。

「前年度までに自分で計画を立てたところまで学習を終えられなかったからと、『春休みは勉強するね。ママ、予定教えて』と家庭の予定を事前に確認してきました。

自分で計画を立てて、毎日朝8時半から、1時間〜1時間半やると決めて、やり終えたんです。

計画通りに物事を進めるのは、大人でもなかなか難しいことです。わが子ながら、本当にすごいなと思いました」(上岡さん)

もうひとつ、学校の影響で娘たちが対話を大切にするようになったとも感じるそうです。

「学校で、朝と帰りに『サークル対話』という場があります。クラスの中で起きたことや、子どもたちが週末どう過ごしたかなど、担任も含め、お互いの顔が見えるよう輪になって話をするんです。

さらに、プロジェクトなどの活動で、チームメンバーで話し合う時間が多くあります。『何かあったら、まずは話をしよう』という姿勢が、習慣化しているんですね。

そのおかげか、姉妹喧嘩が起きても、『そういう考えもあるよね』とか、『それぞれやり方があるんだから』『それぞれ自分の気持ちいいスピードがあるんだから』と、娘たちがお互いに言っています」(上岡さん)

大日向小の運動会は、子どもたちも家族も地域の人も、参加したい人が好きな種目に参加できる“自主エントリー制”。 写真提供:上岡美里

不便・不安もあるけどないものを嘆くより今あるものへ感謝

教育移住をしたことで不便になったことや困ったことはなかったのでしょうか。

「移住した当初は、夫は週のうち3〜5日は東京へ行く生活でした。また、学校は山の上で、子どもたちのほとんどはスクールバスで通うため、バス停までの送迎は必須です。東京への交通費と、日々の送迎は負担に感じましたね」(上岡さん)

ところが、コロナ禍によって一気に仕事のオンライン化が進み、東京への移動はほとんどなくなりました。また、2020年3月に全国一斉休校となったとき、オンライン授業への移行もスムーズだったそうです。

「オンライン授業の後に分散登校が始まってからも、登校かオンラインか、各家庭が選択できました。

オンライン授業が合う子もいると思いますが、娘たちは直接お友達との関わりがある方が楽しいと思ったようです」(上岡さん)

充実した学校生活を過ごしている子どもたちですが、一方で、親として一般的な学力への不安は感じるとも正直に話してくれました。

「宿題もテストもない学校ですから、いわゆる偏差値的な学力面で不安はないと言ったら、ウソになります。

今は習い事もしていないので、放課後の過ごし方を見ているとだらだらしているように見えてモヤモヤしちゃいますね。でも、娘たちが自分で『決まった曜日に習い事があるのはいやだ』と私に伝えてきたことなので、意思や主張を尊重して、応援したいです。

ないものを嘆くよりも、今ある環境へ感謝したい。この先どうなるかはわかりません。でも、私がイエナプランや大日向小を選んだのは、『一般的な学力や知識を身につけるよりも、自分で切りひらく力をつけてほしい』と感じたからでした。

今の世の中の変化スピードを見ていると、私が今までの人生で得たものが、将来、子どもの役に立つとは思えなかったんです。

心身ともに発達する小学生の時期に、自分で考えて決める教育環境を選んだことが正解であると良いなとの願いはありますね」(上岡さん)

参観日で三女がプレゼンをする様子。「下の学年の子を上級生がサポートする場面を何度も見て、さすが異年齢構成の学校だなと感じました。自分でテーマを決めて、仲間と相談しながら形にして、周りに伝える。娘たちを頼もしく思いました」(上岡さん) 写真提供:上岡美里
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