2022.06.01

ブックマーク

【連載】『化け之島初恋さがし三つ巴』  石川宏千花 〔第7話〕

歓迎の宴が始まる

作家:石川 宏千花

石川宏千花/著  脇田茜/画

【主な登場人物】
★    淡島三津(あわしまみつ):この物語の主人公。15歳。
★    江場小巻(えばこまき):三津の大伯母。72歳。場家之島で、御殿之郷を営んでいる。
★    多岐(たき):三津の身の回りの世話をする、年齢不詳の男。
★ 遠雷(えんらい):大天狗。
★ 江場哉重(えばかえ):三津のいとこ。
★ 憧吾(どうご):三津が行くことになる高校に通っている。
★ たすく:ため息が大好きな、信楽焼のたぬき。
★ 長壁姫(おさかべひめ):「先読み」や「失せものさがし」ができる姫。
【主な地名、名称】
★    場家之島(ばけのしま):人間と妖怪が暮らす島。
★    御殿之郷(ごてんのさと):島唯一の旅館。豪華絢爛で、全貌が見えないくらいまで建て増しをしている。
★ 寄託(きたく):初恋をした時に魂の一部が抜け出して、相手の魂の中に住みつくこと。

 
【これまでのおはなし】
父の海外赴任に伴い、淡島三津は妖怪の暮らす場家之島で暮らすことになった。七年前に訪れてたはずなのだが、何一つ記憶にない。しかもその時、三津は成就しなかった無自覚な初恋をしており、魂の一部が宙に浮いてしまっているという。大伯母の小巻は様々な手を尽くすが、三津の初恋相手を見つけることはできないまま。ついに歓迎の宴が始まるのだった。

二度目の来訪

 午後七時。
 歓迎の宴がはじまる時刻になった。
「こちらが会場になります」
 そういって多岐が扉を開き、その光景が目に飛びこんできたとたん、現実感がぐらりと揺らぐのを、三津は感じた。

 紋様化された金と銀の雲で彩られた天井が、まっ先に目に飛びこんでくる。そのほぼ中央には巨大なシャンデリアが存在感たっぷりにぶらさがっており、だだっ広い床面には、毛足の短い深緑の絨毯が敷きつめられていた。
 奥に向かって伸びたテーブルは、いちばんはしにいる人の顔がはっきり見えないくらい長いし、まっ白な皿と銀食器がセットされたテーブルに着席した人々の装いは、各国の要人を迎えての祝賀会でもはじまるんじゃないかという正装っぷりだ。制服と迷った末に選んだロング丈の紺色のワンピースは、三津にしてみれば相当にフォーマルな装いだったのだけれど、この場では完全に浮いている。ひとりだけ普段着だ。
「椅子をお引きいたします」
 案内された席の前で棒立ち状態になっていた三津に、着席をうながす声がかかる。すぐうしろに、添うように多岐がいた。

 三津が着席したその場所は、長い長いテーブルの、いわゆるお誕生日席に当たる位置のななめ右だ。着席している全員の顔が、自分のほうを向いていた。小声での話し声が、さわさわと空気を揺らしている。
「お待たせいたしました、みなさん」
 大伯母の小巻が、凜とした声で列席者に呼びかける。当然のように小巻の席は、全員の顔が見渡せるお誕生日席だ。
「江場巻葉の次女、葉津の娘をご紹介いたします」
 小巻の視線が、ちらりと三津に向けられる。
「いろいろと問題を抱えてはおりますが、正統な江場家の血筋を引く娘でございます。三津、と申します。どうぞお見知りおきを」

 いろいろと問題を抱えてはおりますが──。
 そういわれても仕方がない、というあきらめと、そこまでいわれてしまうのか、というもやもやに、三津は大きく深呼吸をした。どうにか気持ちを整えてから、顔をあげる。
「ごあいさつなさい、三津」
 大伯母の指示にしたがい、三津は起立した。
「淡島三津です。どうぞよろしくお願いいたします」
 ごくごく短い三津のあいさつに、熱狂的な拍手がわき起こった。熱っぽい口調での、歓迎の言葉も次々にあがる。

「よういらしてくださった、三津さま」
「ご不便があったらいうてくださいねえ」
「無事に三津さまをお迎えできて、いやあ、めでたいめでたい」
 列席者のほとんどは、年配のおじさん、おじいさんだ。女性や若い人は、数えるほどしかいない。おそらく、この島で要職に就いている人たちなのだろう。そんな人たちが、ただの女子高生でしかない自分の来島を熱烈に歓迎している。これが島の人たちと江場家の関係なんだ、とあらためて三津は思った。
 三津が椅子に腰をもどすと、それが合図のように配膳がはじまった。はこばれてくるのはいわゆる会席料理で、食べ慣れないものが多かったものの、箸をつければどれも驚くほどにおいしい。列席者のほとんどはお酒も飲んでいるようで、コースが進むうちに、談笑の声も大きくなっていく。

 箸を進めながらも、三津の頭の中にあるのは、瀬戸内先生の口から語られた《黙約》にまつわる話と、まるで本の挿画のようにそれらの話と内容が一致する、布絵の部屋で見た〈切り取られた場面〉の数々だった。
 頭の中で開いたその本のページを、三津はゆっくりとめくっていく。
 ご先祖さまが、この島のためにしたこと。代わりに犠牲にしたもの。島に平穏がもどってからの日々──読み返すほどに、いまの場家之島があるのは、当時の江場家の当主の尽力、そして、一津さんの献身のおかげだということが、よくわかる。
 そんな一津さんは、もうこの世にはいない。それなのに、彼女と気持ちを通わせた天狗の青年はたぶん、この島でまだ生きつづけている……。

「ねえ」
 右隣の席から、不意に話しかけられた。
 ひざにかけておいた白いナプキンを手に取り、口もとを押さえながら顔を横に向ける。
 二重の幅の広い、甘みのある小さな顔──布絵の部屋で会った女の子だと気づくのに、少し時間がかかった。昼間は胸の前に垂らしていた長い髪を、いまはアップヘアにしているからだ。印象がまるでちがって見えた。
「いつまでいるの? この島に」
 甘みのある顔、甘みのある声に、まったく似合っていない突き放したような話し方。やっぱりこの子はわたしのことを気に入ってはいないんだな、とあらためて三津は思った。

「父の仕事次第ですけど、いまのところは、二年ほどになるといわれています」
「二年! うそでしょ、そんなにいるの?」
「……その予定です」
「ねえ、ちょっと。哉重くんにはちょっかい出さないでよね」
 いまどきちょっかいって、と思いながら、三津はナプキンをひざの上にもどした。
「哉重さんは、いとこですから」
「だからなに? いとこ同士は結婚だってできるじゃない。あざといことしない理由にはならないでしょ?」
 本当に、かわいい顔をしている。間近で見ていても、欠点らしい欠点がない。でも、この攻撃的な話し方と考え方は、ちっともかわいくない。
 自然と小さなため息が出てしまう。出してしまってから、ここにたすくちゃんがいれば食べさせてあげられたのに、と思う。

「あら、比那ちゃん、もう三津さまと仲よくなったの?」
 テーブルをはさんだ向かいの席から、よく似た顔つきの女性が比那に話しかけてくる。
「女の子同士はいいわねえ、すぐ仲よくなれちゃうから」
 三津と目が合うと、おおげさなくらいにくちびるのはしを引きあげてみせた。
「比那の母でございます。どうぞよろしくお願いいたします」
 どことなく、含みのある目つきと声音でのあいさつだった。三津はただ、深くお辞儀をしてそれに応じる。そのあいさつを皮切りに、次々と列席者たちが自分の席を離れ、三津のもとへと集まりはじめた。どんどん名前を告げられていく。とても覚えきれない。

「みなさん」
 しゃんっ、と鳴る神具の鈴のような小巻の声が、会場内に響き渡った。一瞬でその場が静まり返る。
「三津はじき十六になりますが、まだほんの子どもでございます。どうぞ焦らず、ごゆっくりとおつきあいを深めていただければと存じます」
 三津のもとに集まっていた大人たちが、そそくさと自分の席へともどりはじめる。まさに、鶴のひと声だった。

「それでは、あすまたお迎えにあがります。どうぞごゆっくりお休みになってください」
 自宅まで送り届けてくれた多岐が、深々と頭をさげた。あすの午後にまた、長壁姫との《咫尺》が予定されている。しばらくは、定期的におこなわれることになっているそうだ。もろもろの理解を深めるためらしい。

 歓迎の宴でのにぎわいがうそのように、三津の住まいである〈灯台〉の中はひっそりとしていた。多岐はもう、背中を向けている。
「あの!」
 三津の声に、多岐がふり返った。相変わらず、真顔だ。その目にも口もとにも、淡い笑みひとつ浮かんでいない。
「なにか」
「あ……いえ、なにも」
 少しあがっていきませんか、というつもりだったけれど、余計な誘いなど受けそうにない顔を目にして、早々にあきらめた。おやすみなさい、と頭をさげ、「では、これで」とふたたび背中を向けた多岐を見送る。扉が閉まり、ひとりになったとたん、ふう、と大きく息を吐いた。

 ──ぱくっ。
 この音は! と三津はあたりを見回した。こつん、とかかとになにかがぶつかる。
「ここです、ここ」
 たすくの声がした。ふり返りながら視線を足もとにやる。ななめ上を見たままのたすくと、目が合った。
「どうやって入りこむのかな、きみは」
「入りこむって、人聞きの悪い。ぼくは付喪神ですよ。いたいと思えば、どこにだっていられます」
「そういうものなの?」
「そういうものです。それより、お嬢さん。なんでまた番犬なんかを家につれこもうとなさったんです?」
「つれこもうとなんてしてません! っていうか、たすくちゃん、心が読めるの?」
「心なんか読めなくたって、お嬢さんがさっき番犬を家にあげたがっていたことくらい、見てればわかりましたよ?」

 たしかに、多岐を家にあげようとした。ただし、それは明確な目的があってのことだ。
「遠雷さんのこと、教えてもらえないかな、と思って」
「あの大天狗のことを?」
「どういう人なのか、少し気になったから」
「うーん、それはどうなんでしょ。天狗には関わらないほうがいいのでは?」
「関わるつもりなんてないよ。ただ、どんな人なのか知るくらいはいいかなって」
「ふうん……まあ、立ち話もなんですから、ソファにいきましょ」
 自分からいい出しておいて、たすくに動く気配はない。仕方がないので、よいしょと抱きあげて、ソファに移動した。先に座らせてから、そのとなりに三津も腰をおろす。

「ねえ、つくねちゃん」
「つくねじゃないです、たすくです」
「あ、ごめんなさい。どうしてつくねちゃんなんていったんだろう……笠の色が、塩味のつくねに似ているからかな」
「お嬢さんがぼくをつくねちゃんと呼びたいんだったら、それでもいいですよ」
「ううん、呼びたいわけじゃ……」
「その代わり、ため息ちょうだい」
 出た、ため息ちょうだい。この子は本当にため息が大好きなんだな、と思う。そんなに好きなら、と、息を吐いてみた。ふう。

「それはただの息。ため息じゃありません」
「……むずかしいこというんだね」
「もっとこう、感情をこめて。ああ、つらい、わたしったらなんてかわいそうなのって思いながら息を吐かないと、ため息にはなりませんよ。はい、もう一回」
「ふうー……」
「はい、だめー。いまのもただの息。お嬢さん、ため息をなめてますね?」
「なめてなんか……」
「いいわけしない! はい、もう一回ちょうだい」

 たすくの〈ため息レッスン〉はなかなかに厳しく、三津は、さまざまなタイプのため息をつくはめになった。表情も工夫してみたりするのだけど、一向に合格の声がかからない。
「ふー……あ、いまのはけっこうよかったんじゃないかな、どう?」
 渾身のため息がつけた、と思ったのに、なぜかたすくは返事をしない。
「……たすくちゃん?」
 海に面したまっ暗な窓を見つめたまま、たすくはやっぱりなにも答えない。いやな予感がした。そろりと窓の向こうに目をやる。
 暗い窓の向こうに、遠雷がいた。どうしよう、と視線をとなりにもどすと、そこにいたはずのたすくがいなくなっている。文字どおりの、神出鬼没っぷりだった。

 仕方がない、神さまなんだから、とすぐに気持ちを切り替えて、三津はいきおいよく立ちあがった。そのまま窓へと歩み寄る。
 あ、け、て、と遠雷のくちびるが動いた。前回とまったく同じことを平気でする図太さに、三津はちょっと笑いそうになってしまう。
 やっぱり、話をしてみようか。この人は、自分をこまらせたり、危害を加えるようなことはしない気がする。なぜだかそう思えた。

 ふう、と深呼吸をする。施錠をはずして自ら窓を開けたそのとき、いきなり右足の甲に重みを感じた。
「えっ?」
 視線を足もとに落とすと、塩味のつくねを思わせる色をした焼き物の笠が目に入った。たぬきの置物だ。それがななめにかたむきながら、三津の足の上にのしかかっていた。
「……たすくちゃん?」
「だめだめ、お嬢さん、化かされちゃだめっ」
 勝手にいなくなったくせに、もどってきたいまは必死に三津を止めようとしている。
「だいじょうぶだよ、たすくちゃん。化かされてなんかいない──」
 から、とつづくはずだった三津の声は、
 ──ぎやあうあひあぐあーっ。
 聞いたこともないような不気味な音──鳴き声かもしれない──にかき消された。驚いて窓の向こうに視線をもどす。

 思いがけない光景が、あらわれていた。遠雷の頭上で、闇がばらけたようになっている。目を凝らすと、無数の烏が飛び交っているのだとわかった。あの不気味な音は、彼らの鳴き声だったらしい。
 遠雷はというと、顔を真横に向けて、一点を見つめている。三津も、その視線の先に目をやった。暗い海に向かってせり出した庭の奥に、黒い人影がひとつ。手には、ぎらりと光る細長い棒状のものがにぎられている。

 多岐さんだ、と気づいたときには、その黒い人影は遠雷に向かって攻撃をしかけていた。
 棒状のものでの殴打を飛び退いて逃れた遠雷が、今度は攻撃に転じる。突き出すような前蹴りが、多岐の鼻先までせまった。すんでのところで避けた多岐は、そのまま遠雷の背後へと回りこむ。背後から振りおろされた棒状のものの勢いを、合気道のような動きで削ぎながら、遠雷が体を低くしずめる。ぐるりと体を回転させると、身軽に身を起こして、多岐の正面に立った。

 間合いを詰められた多岐は、すかさず拳を出したものの、腕のガードではじかれる。
 そこからは、ボクシングさながらの打ち合いがはじまった。肉と肉がぶつかる音と、烏たちのはやし立てるような鳴き声が混ざり合う。

 三津は、ほとんど無意識のうちに、胸のネックレスに手を伸ばしていた。
 庭に駆け出していきながらペンダントヘッドを引きちぎり、それをふたりに向かって投げつける。ぼっ、と音を立てて炎があがった。ぎやあうあひあぐあーっ。烏たちがひときわ大きな声で騒ぎ出す中、遠雷に変化が起きた。

 布を投げて開いたように、その背中には巨大な黒い翼が生え、地面から足先が離れたのだ。ほんの十センチほどではあるものの、体が宙に浮かびあがっている。

「てん……ぐ」
 思わず漏れ出た三津のつぶやきに、遠雷が反応する。
 責めるような目で三津を見たかと思うと、身を翻して漆黒の夜空に向かって羽ばたいていった。無数の烏たちが、そのあとを追う。あっけなく、庭には静寂がもどった。
「三津さま!」
 右手に握っていた金属製の棒を短くもどしながら、多岐が駆け寄ってくる。
「ご無事ですね?」
 こくこく、とうなずく。どうして多岐さんがここに、といいかけて、たすくのことを思い出した。
「もしかして、たすくちゃ……たぬきの置物が知らせてくれたんですか?」
 ええ、と多岐はうなずいた。
「《界》との馴れ合いは、この島での暮らしに不慣れな三津さまには当分のあいだ控えていただきたいと思っておりましたが……今回は助けられました」

 やはり、たすくが知らせにいってくれたのだ。てっきり天狗の来訪を面倒に思って逃げ出したのだと思っていたのに。
 暗い庭に明かりを漏らしているリビングの窓へと顔を向ける。たすくの姿はとっくに消えていた。多岐を番犬と呼んで苦手にしている様子だったから、あらためて顔を合わせるつもりはなかったのかもしれない。

 多岐の首もとにふと目がいった。黒とグレーの格子柄のネクタイが結ばれた白いシャツ。そのいちばん上のボタンが取れている。
「多岐さん、ボタンが取れてます」
「……ああ、本当ですね。いまので飛んだのでしょう。予備のボタンが品質表示のタグについていたはずなので、だいじょうぶです」
「よければ、つけさせてください」
「いえ、自分でやれますので」
「おききしたいことがあるんです。ボタンをつけているあいだ、お話できませんか」
 それが三津にとっての精いっぱいのお願いの仕方だと気がついたのか、多岐は少しだけ考えこむと、それではお願いいたします、と答えて、ネクタイの結び目に指をかけた。

 ソファではなく、ダイニングテーブルに座ってもらった。このほうが、向かい合って話すことができると思ってそうしたのだけど、ボタンをつけているあいだは、ひとこともしゃべることができなかった。
「できました。どうぞ」
 白い丸首Tシャツ一枚の姿になっていた多岐は、いったん席を離れて、ボタンをつけ終わったばかりのシャツをきちんと着直してからもどってきた。テーブルの上では、三津がいれた緑茶がふたつ、湯気を立てている。

「遠雷さんは──」
 三津がようやくそう切りだすと、ネクタイを結んでいる最中だった多岐が、わずかに片方の眉を動かした。
「なぜ名前をご存知なのですか」
 ごまかしきれない、と思った三津は、きのうの夜も遠雷が訪れていたことを打ち明けた。
 あの大天狗……と、吐き捨てるように多岐はいって、暗い窓に視線をやった。そこにはもちろん、遠雷の姿はもうない。
「遠雷さんが、わたしのご先祖さまと思いを通わせていた天狗の青年……ですよね?」
 多岐は、小さくうなずいた。

「天狗って、長生きなんですね」
 今度はすぐに、うなずかない。なぜか口もとを手のひらでおおっている。
「多岐さん?」
「……いえ、うすうす感じていたことではありますが、三津さまはおおらかな方だな、と」
「おおらか……どこがでしょう?」
「気にされるのが、天狗の寿命というところが」
 逆にいえば、そこはいま気にするところではない、ということだろうか。自分がいま、気にしなければならないことってなんだったんだろう、と考えて、はっとなる。
 もし記憶にない初恋の相手が、遠雷さんだったとしたら? その初恋は、まだ成就していないらしい。だから、《寄託》は受領されていない、と説明された。《黙約》がやぶられたとみなされるのは、《寄託》が受領されたときだとも。それって、つまり──、

「それでは、わたくしはそろそろ」
 音もなく、多岐が席を立つ。あわてて三津も立ちあがった。これ以上、多岐に自分の初恋に関する質問をするのも気が引ける。このまま見送ることにした。玄関の扉を開きながら、肩越しに多岐がふり返る。
「今夜から、天狗除けの結界の範囲を広げます。三津さまにも多少の影響はあるかもしれませんが、ご容赦ください」
「影響ですか?」
「やや寝苦しく感じるだとか、悪夢のようなものを見てしまうだとか、その程度かとは思います」
 悪夢なら見慣れている。だったらだいじょうぶです、とだけ三津は答えた。

(第8回へ続きます。6月15日ごろ更新です。第7回は8月31日までの公開です。)

第1話はこちら

第2話はこちら

第3話はこちら

第4話はこちら

第5話はこちら

第6話はこちら

『YA作家になりたい人のための文章講座 ~十四歳のための小説を書いているわたしがお話できる5つのこと~』はこちら

石川宏千花さんの新連載記念『YA作家になりたい人のための文章講座~十四歳のための小説を書いているわたしがお話できる5つのこと~』第1回はこちら!
(毎月1日、15日更新します)

14歳のためのW連載記念! YA小説『化け之島初恋さがし三つ巴』イメージ動画

いしかわ ひろちか

石川 宏千花

作家

『ユリエルとグレン』で、第48回講談社児童文学新人賞佳作、日本児童文学者協会新人賞受賞。主な作品に『お面屋たまよし1~5』『死神うどん...

化け之島初恋さがし三つ巴カテゴリーのランキング
人気記事・連載ランキング