2022.07.01

ブックマーク

【連載】『化け之島初恋さがし三つ巴』  石川宏千花 〔第9話〕

初恋相手は5人の中に!

作家:石川 宏千花

石川宏千花/著  脇田茜/画

【主な登場人物】
★    淡島三津(あわしまみつ):この物語の主人公。15歳。
★    江場小巻(えばこまき):三津の大伯母。72歳。場家之島で、御殿之郷を営んでいる。
★    多岐寿文(たきとしふみ):島で三津の身の回りの世話をしている。
★ 遠雷(えんらい):大天狗。
★ 江場哉重(えばかえ):三津のいとこ。
★ 尉砂憧吾(いすなどうご):三津が行くことになる高校に通っている。
★ 有楽宇沙巳(うらうさみ):神様の子??
★ たすく:ため息が大好きな、信楽焼のたぬき。
★ 長壁姫(おさかべひめ):「先読み」や「失せものさがし」ができる姫。

【主な地名、名称】
★    場家之島(ばけのしま):人間と妖怪が暮らす島。
★    御殿之郷(ごてんのさと):島唯一の旅館。豪華絢爛で、全貌が見えないくらいまで建て増しをしている。
★ 寄託(きたく):初恋をした時に魂の一部が抜け出して、相手の魂の中に住みつくこと。

 
【これまでのおはなし】
父の海外赴任に伴い、淡島三津は妖怪の暮らす場家之島で暮らすことになった。七年前に訪れてたはずなのだが、何一つ記憶にない。しかもその時、三津は成就しなかった無自覚な初恋をしており、魂の一部が宙に浮いてしまっているという。神と黙約を結んだ江場家の娘として、初恋相手が人間以外だと大問題が生じるという。初恋相手候補は徐々に絞られていき…!?

五つの名前

「いやあ、たいへんだったたいへんだった。七年前の話なんだもの。意外に記憶があやふやなやつが多くてねえ」
 小巻の執務室に入ったとたん、がさがさした声でだれかが話しているのが聞こえてきた。きょろきょろと室内を見回してみても、執務机の前にいる小巻のほかには、だれの姿も見当たらない。

「なんとか話は集めたけれども」
「おいおい、おまえの手柄みたいに話すんじゃないよ」
「手柄だなんて、また品のないことを」
「これだから、目立ちたがりはこまるよ」
 どんどん声が増えていく。どの声もがさがさしているけれど、話し方はちょっとずつちがう。えっ? えっ? と戸惑う三津に、声のひとつが話しかけてきた。

「どうもどうも、江場のお嬢さん。お久しぶりでございます」
「えっ、あ、はい、お久しぶりです」
「七年前に一度お話させていただいてるんですけどもね。それもご記憶ではない?」
 姿の見えない相手との会話がつづく。
「ごめんなさい、なにも覚えてなくて」
「まあまあ、そんなもんですよ。あたしらと話したからって、いい思い出にも悪い思い出にもなりゃしません。記憶があろうとなかろうとね。風や波としゃべったようなもんですから」
 小巻が、大げさなせきばらいをしてみせた。
「おっと、おしゃべりが過ぎたようだ」
「調子に乗ったな」
「乗った乗った」

 わははは、うふふふ、と複数の笑い声が、広い室内のいたるところから聞こえてくる。目には見えない妖怪たちは、やけに楽しげだった。
 笑い声をかきわけるようにして、それで、と多岐がいう。
「たのんでおいたことはわかったのか?」
「ええ、ええ、それはもちろん。お名前、こちらに書いておきましたよ」
 答えたのは、姿の見えない妖怪──あすこここのひとりだ。こちらに、と声が告げたのと同時に、小巻のいる執務机の上に、古びた和紙が一枚、ひらりとあらわれた。
「お役に立つといいんですがね」
「それじゃ、あたしらはこのへんで」
「またいつでもお声かけてくださいな」

 防音扉が閉まったように、急に室内が静かになった。執務室の扉自体は、開いたり閉まったりはしていない。
 手に取った古びた和紙に、小巻が目を通しはじめた。
「……多岐、あなたもごらんなさい」
 小巻に呼ばれて、多岐が執務机の前まで進み出た。手渡された和紙に目を落としたまま、動かなくなる。どうしたんだろう? と思っていると、今度は三津も、「あなたも見ておきなさい」と呼ばれた。
 多岐のとなりにいき、その手もとにある和紙をのぞきこむ。古文書のようなのたくった文字が五行分、縦書きされていた。なんて書いてあるのか、三津にはさっぱりだ。

「すみません、多岐さん。読んでもらってもいいですか?」
 多岐からの返事がない。
「多岐さん?」
「え? あ……はい」
 どうも様子がおかしい。三津は、まじまじとその横顔を凝視した。不意に思う。多岐さんっていったい何歳なんだろう、と。初対面のときには、父親と同じくらいの歳にも見えたし、大人っぽい二十代にも見えたけれど、ここ数日、行動をともにしてみて、少なくとも父親と同世代でないことだけは確信した。身のこなしやしぐさに、はっきりと若さを感じる。よく見れば、顔にしわらしいしわもない。

「多岐、読んでおあげなさい」
 小巻からもうながされて、ようやく多岐は、和紙に書かれた判読不明な文字を読みあげはじめた。
「江場哉重、尉砂憧吾、遠雷、有楽宇沙巳、多岐寿文……と書かれております」
 たき……としふみ?
「多岐さんの名前ですか? としふみって」
 思わず三津がそうたずねると、小巻がふるふると首を横にふった。
「あなたがいま気にしなければならないのはそこではありませんよ、三津」
 あきれていることを隠さない口ぶりだった。多岐さんにも同じようなことをいわれたな、と思いながら、あわてて三津は考え出す。気にしなければならなかったことってなんだろう、と。

「あ!」
 すぐに気がついた。
「遠雷さん……の名前が入っていたこと、ですか?」
 やれやれ、というように小巻がうなずく。
「よりによって遠雷とは、です」
 小巻が嘆くのは、三津にもわかる。たしかに、よりによって、だ。《黙約》に関する知識を得たいま、《江場家の娘》である自分がもっとも思いを寄せてはいけないのはだれなのか、そのくらいはもうわかる。
 遠雷は天狗だ。天狗は、《界》。
「《江場家の娘》は、《界》との〈この先〉は望んではいけない……」
 それから、《祖》も、だ。《祖》も、《江場家の娘》が思いを寄せてはいけない相手になっていたはず──。

 そこまで考えたところで、多岐が読みあげた名前の中にもうひとつ、気にしなければならない名前があったことに、三津は気がついた。
「有楽……宇沙巳っていいましたよね? 多岐さん」
「はい」
「それってさっき……」
 多岐! と険しい声音で小巻が割って入ってきた。
「有楽の宇沙巳に会ったのですか、三津は」
「先ほど、長壁姫の屋敷に母親が乗りこんでまいりまして」
「あの母親が、また……」

 目を閉じて、深々と小巻がため息をつく。ため息を聞くと、反射的にたすくを思い出すようになってしまった。いまのはまあまあだったんじゃないかな、と思いかけて、ふ、と息を止める。こうやって余計なことをすぐ考えるから、惚けていると思われるのかもしれない。
 三津なりに、きりっとした顔をしてから、小巻のほうに向き直った。
「小巻おばさん」
「なんです」
「その五人の中に、わたしの初恋の相手がいるということですよね?」
「正確には、七年前にこの島に滞在していた三日のあいだ、あなたがふたりきりで接していた相手はこの五人だけ、ということです」

 ならば、この五人の中に初恋の相手がいる、と考えてもいいはずだ。それとも、通りすがりの会話もしていないようなだれかにでも、恋とはできてしまうものなのだろうか。
「多岐。至急、哉重と憧吾をそれぞれ、《風花の間》と《雲彩の間》に控えさせなさい」
「は」
「それが終わり次第、あなたは《星月夜の間》で待機を」
「わたくしも……ですか?」
「当然です。あなたも三津の初恋相手の候補になったのですから」
「ですが、わたくしは三津さまのお世話をしなければ……」
「三津の世話は別の者にさせます。あなたは今後、不用意に三津に近づかないように」

 急な世話役の解任に、多岐は困惑しているようだった。お給料が変わってしまうのかな、とまた余計なことを考えていることに気がついて、ひそかに表情を引きしめる。
「多岐さん」
 これまでのお礼を、と思い、多岐のほうに向き直ろうとしたところで、思いがけないものを三津は目にした。多岐の顔に、はじめて表情らしいものが浮かんでいたのだ。

 それがどんな感情と結びついている表情なのかはわからなかったけれど、少なくとも、よろこんでいるわけではないことだけはわかった。世話役からはずされることを、この人はいやがっている。そう感じた。
 それは、一度は任された仕事を途中ではずされるのは納得がいかない、という思いからなのかもしれないし、ほんの数日でもお世話をしてきた相手への忠誠心のようなものゆえの拒絶感なのかもしれない。
 いずれにしても、多岐さんならあっさり、承知しました、と答えそうなものなのに、という驚きはあった。

「三津、あなたはすぐに、支度をなさい」
「支度ですか?」
「お見合いをするのですよ? そんなかっこうのままでいいと思いますか?」
 そんなかっこう、というのは、正装のつもりの制服姿のことだったのだけれど、小巻にそういわれてしまっては、さからえるはずもなかった。
「菊、梅、桜!」
 小巻が、執務室と廊下のあいだにあるスペースに向かって、三人分の名前を呼んだ。観音開きの扉が左右に開き、仲居さん風の着物を着た三人組が、さささ、と執務室に入ってくる。初日の浴場で顔を合わせたあの三人だ。
「至急、三津に着替えを」
 かしこまりました、と三人の声がぴたりとそろう。流れるような動きで三津を取り囲むと、三人組は、さささ、と執務室をあとにした。

 ちゃんとした着物を着るのはたぶん、これがはじめてなんじゃないかと思う。
 思う、というのは、七年前にこの島を訪れたときに、もしかしたら着ているかもしれないからだ。三津が覚えている限りでは、浴衣以外は袖を通した記憶がない。
「三津さまは、意外とお胸がおありですね。もう少しつぶしておきましょうか」
 そういうなり、菊さんか梅さんか桜さんのいずれかが、ぎゅううっと三津の胸に巻いたさらしを締めあげた。
「くっ……るし……あ、あのっ、菊さん」
 あてずっぽうで、名前を呼んでみた。
「わたくしは梅でございます」
「す、すみません、梅さん、ちょっと苦しいかもしれません」
「申し訳ございません。ですが、このくらいお胸をなくしておいたほうが、おきれいに見えるかと」
「でっ、でも、これから会うのって、哉重さんと憧吾さんと多岐さんですよね?」
「そうでございます」
「あの三人だったら、これまでもふつうに制服姿で会ってますし……くっ、苦しい、苦しいです、梅さん!」
「おそれいります、桜に代わっております」
「いつのまに? あの、それで、桜さん、さらしをもう少しゆるめてもらうわけには」
「まいりません」

 着替えのためだけに与えられたらしい客室の中には、三津のほかには、仲居さん風の着物を着たこの三人組しかいない。
 菊、梅、桜の三人組は、どうやら三つ子らしく、顔も声も話し方も、そっくり同じだった。菊だと思って話しかければ梅だったり、梅だと思って話しかけると桜だったりする。
 三人とも、とにかく最高の着付けをすることしか頭にないらしく、三津の訴えはいっさい無視して、てきぱきと作業を進めていく。
 それにしても、どうしてわざわざお見合いなんて、といまごろになって不思議に思えてきた。お見合いというのは、見ず知らずの人同士がするものではないのだろうか。

 よく知っているわけではないけれど、三津はすでに多岐とも哉重とも憧吾とも、顔見知り以上の関係だ。多岐とはこの島にきてから毎日、必ず顔を合わせているし、哉重とはいとこ同士だ。憧吾は来島の際のフェリーの中からいっしょだったわけで、三人が三人とも、三津にとってはなかなか距離の近い人たちばかりだ。
 その三人と、わざわざ着物に着替えてお見合いをする必要が、なぜあるのだろう。
「三津さま、こちらをどうぞ」
 声をかけられて顔を正面に向けると、姿見が用意されていた。はじめて目にする着物姿の自分に、思わず見入ってしまう。自分に、というよりは、赤い生地に羽を広げて舞う鶴と、黒っぽい果実が散らされた着物の優美さに見とれた、といったほうが正しい。遅れて、本体にも目がいく。ショートボブの髪型はそのままに、ほんの少しだけ色を乗せたくちびると、目尻に引いた鮮烈な赤が、三津を三津ではないだれかに仕立てあげていた。

「ほう、これはこれは」
 いつのまに招き入れられていたのか、瀬戸内先生が姿見の向こうからこちらを見ていた。
「瀬戸内先生……」
「とてもお似合いですよ。うん、非常に愛くるしい」
 愛くるしい、なんて作りものめいた褒め言葉を、こんなにさらりと口にできる人がいるんだ、となかば驚きながら、三津はあわてて、「ありがとうございます」とお辞儀をした。瀬戸内先生はただ、うんうん、とうなずいている。
「さて、ではお見合いの場に移動しましょうか」
 入ってきたときに開け放したままにしておいたらしい戸のほうを、瀬戸内先生が目顔で示す。謎のお見合いには、どうやら瀬戸内先生が同席してくれるようだった。

 謎のお見合い。
 まさに、謎の、だった。
 なんのためのお見合いなのか、まるで見当がつかない。まさかホンモノのお見合いのように、お互いのことを紹介し合って、結婚を前提としたおつきあいをするかしないかを決めるわけでもないのだろうけど──。
 思わず三津のついたため息は、見事なくらい、たすく好みの深いため息だった。

 瀬戸内先生に案内される形で、お見合いの場まで移動することになった。
 はじめて通る廊下を進み、天井の高い円形のフロアを横切り、さらに長い廊下を進む。
 そのあいだ、三津が目にしている壁と天井の色やデザインは少しずつ変わり、見飽きるということがなかった。窓の向こうに見えているのは絶えず海だったけれど、これも窓ごとにちがう海を見ているんじゃないかと思うほど、目にするたびに表情がちがっていた。
 いいところだな、とふと思う。この旅館も、場家之島も。
 母親はなぜ、こんないいところを離れて東京で暮らすようになったんだろう。父親とはどんなふうに出会って、どんなふうに恋に落ちたんだろう。

 きいたこともなかった。きいて教えてもらえるとも思っていなかった。
 七年前にこの島にただ一度、三津をつれてもどったのは、肉親の葬儀のためだった、と聞いている。それがだれだったのかは教えられていないし、どうしてこの葬儀のため以外には、かたくなに故郷に帰ろうとはしなかったのかも、三津には知らされていない。

 ぽつりとひとりごとをこぼすように、さみしい、と三津は思った。
 自分は本当に、母親のことをなにも知らない。だから、うまく気持ちを寄せることもできなかった。父親は、あんなに母親を深く思っていたというのに。それだけは、わかっていた。わかっていたのに、本当のことを教えてしまった。お母さんは、浮気相手とどこかにいってしまったんだよって。
 父親にも、同じ気持ちになってほしかったんだろうか。うまく気持ちを寄せられないでいる自分と。
 残酷なことをしたと、あらためて思う。
 知らずにいたほうが、父親の気持ちも少しは楽だったはずだ。自分があんなことを教えなければ、きっとこう思ったにちがいない。なんとなくいまの暮らしがいやになって、どこかへいってしまったんだろう。ああいう人だったからって。

「……三津さん?」
 前を歩いていた瀬戸内先生が、不意に足を止めてふり返った。
 どうして足を止めたりするんだろう、と三津は不思議に思い、「どうかしましたか?」とたずねた。
「三津さんこそ……」
 瀬戸内先生は、ひどく戸惑った顔でいった。
「どうして泣いてらっしゃるんですか?」

 泣いている?
 驚いて、三津は自分のほおに手をやった。濡れている。泣いていたのか、と気づいて、三津はおかしくなった。ほかにもっと、泣いてもおかしくない場面はあったはずなのに、どうしていまなんだろう、と。
 この旅館や、この島のことを思っていたら、勝手に涙が出ていたのだ。
「……おやめになりますか?」
 瀬戸内先生は、お見合いがいやで泣いていると思ったらしい。三津は、ふふ、と笑った。
「いえ、だいじょうぶです」
 お見合いのことなんて、すっかり頭から消えていた。
 ただ、いまはいない母親が恋しいだけだった。

(第10話へ続きます。7月15日ごろ更新です。第9話は9月30日までの公開です。)

第1話はこちら

第2話はこちら

第3話はこちら

第4話はこちら

第5話はこちら

第6話はこちら

第7話はこちら

第8話はこちら

『YA作家になりたい人のための文章講座 ~十四歳のための小説を書いているわたしがお話できる5つのこと~』はこちら

石川宏千花さんの新連載記念『YA作家になりたい人のための文章講座~十四歳のための小説を書いているわたしがお話できる5つのこと~』第1回はこちら!
(全5回)

14歳のためのW連載記念! YA小説『化け之島初恋さがし三つ巴』イメージ動画

いしかわ ひろちか

石川 宏千花

作家

『ユリエルとグレン』で、第48回講談社児童文学新人賞佳作、日本児童文学者協会新人賞受賞。主な作品に『お面屋たまよし1~5』『死神うどん...

化け之島初恋さがし三つ巴カテゴリーのランキング
人気記事・連載ランキング