2026.10.20 『100万回生きたねこ』出版50周年記念 絵本作家・佐野洋子展」開催決定! 「佐野洋子展」公式サイトは、こちら。
2026.10.20 2026年11月上旬ごろ 50周年記念メモリアルカバーつき『100万回生きたねこ』全国書店にて販売開始。
※デザインは変更になる可能性があります。
※ネット書店でご購入の場合、50周年記念メモリアルカバーが巻かれたものになるか確約できません。書店店頭でお確かめのうえ、ご購入ください。また、50周年記念メモリアルカバーはなくなり次第終了となります。
『100万回生きたねこ』は2027年10月に刊行50周年を迎えます。
国内だけでも累計250万部、海外を含めれば500万部以上を売り上げた『100万回生きたねこ』は、50年もの長い間、多くの読者に愛されてきました。
100万年も しなない ねこが いました。
100万回も しんで,100万回も 生きたのです。
りっぱな とらねこでした。
100万人の 人が,そのねこを かわいがり,100万人の 人が,そのねこが しんだとき なきました。
ねこは,1回も なきませんでした。
『100万回生きたねこ』を描いたとき、佐野洋子さんは39歳。1974年に刊行された『おじさんのかさ』が注目を集め、『わたしのぼうし』で講談社出版文化賞絵本賞を受賞したのが『100万回生きたねこ』刊行と同年の1977年でした。
●週刊朝日書評
「これはひょっとすると大人のための絵本かもしれないが、真に大人のための絵本ならば、子供もまた楽しむことができよう。それが絵本というものの本質であるはずだ。そして『100万回生きたねこ』は、絵本の本質をとらえている」
●日本経済新聞「こどもの本」書評
「このとらねこ一代記が、何を風刺しているかなどと考えなくても、すごいバイタリティーをもって生き、かつ死んだ話をおもしろいと思ってみればよいと思う。上級から大人まで開いてみて、それぞれに受けとめられるふしぎなストーリーでもある。飼い主へのつながりが無視され、前半と後半が途切れているようで、みていくとつながってくるふしぎな構成である」
佐野洋子さんは、この絵本について、
私は一冊の絵本を創った。一匹の猫が一匹のめす猫にめぐり逢い子を産みやがて死ぬというただそれだけの物語だった。
「一〇〇万回生きた猫」(原本ママ)というただそれだけの物語が、私の絵本の中でめずらしくよく売れた絵本であったことは、人間がただそれだけのことを素朴にのぞんでいるという事なのかと思わされ、何より私がただそれだけのことを願っていることの表われだった様な気がする。
(『私はそうは思わない』ちくま文庫より)
だれだって何百回も生きられない。このねこはただ1回だけ生きた。どんな人も1回しか生きないという非常に平凡なことが大事だということを私は言いたかった。人間はただ1回生きて人を愛して死んでいけばそれだけでよいっていう非常に簡単なメッセージだったと思うんですけど。
(NHK「あの人に会いたい」2011年9月3日放送より)
と語っています。
佐野洋子 略歴 ─絵本作家になるまで─
1838年中国・北京生まれ。幼少期を北京で過ごす。父は南満州鉄道勤務だった。日本に引き上げたのちは、山梨県、静岡県で少女時代を送った。武蔵野美術大学入学の直前に父を亡くす。大学卒業後は白木屋デパート宣伝部に勤めた。結婚後ベルリンへの単身留学を経て、1971年33歳のときはじめての絵本『やぎさんのひっこし』(文・森比左志/こぐま社)を刊行する──。
詳しい経歴とその後の活動は、こちらをご覧ください。
『100万回生きたねこ』
『おじさんのかさ』
『新版 わたし クリスマスツリー』
『空とぶライオン』
『新装版 ぺこぺこ』