『神隠島After 名探偵夢水清志郎事件ノート』 第1話

『神隠島After 名探偵夢水清志郎事件ノート』 第1話

第Ⅰ部 シン名探偵登場

 教授きょうじゅとなり洋館ようかんしてきてから、3ねんぎた。
「ねぇ、プレゼントようした?」
 真衣まい美衣みいにきく。
 教授きょうじゅおくりょくはない(ほかにも、せいかつりょくとか常識じょうしきとかもない)。ぶん誕生日たんじょうびわすれている。だから、教授きょうじゅしてきた今日きょう──4がつたちたんじょうにしている。
「いつわたしにく? よるはパーティだから、そのときにする?」
「それなんだけど──」
 真衣まい美衣みいが、なんともえないかおつめう。
 そして、二人ふたりはなしいたわたしはワクワクする。てきなプレゼントをおもいついたからだ。

 ギンゴーン!
 玄関げんかんのドアのよこについたチャイムをす。すこしして教授きょうじゅてくる。
「ハッピーバースディ! あとで、真衣まい美衣みいがプレゼントってるからね」
 呆気あっけにとられてる教授きょうじゅのこし、わたしはドアをめる。
 すうふん──。
 ギンゴーン!
 ドアをけた教授きょうじゅしのけ、くつらかしホールにはいり、プレゼント──リボンをつけたてつアレイをゆかく。
教授きょうじゅ、このままだとたきりになるよ。これできたえてよね!」
 そうって、洋館ようかんる。
 ギンゴーン!
 ドアをけた教授きょうじゅに、ラッピングしたスクラップブックをせる。
「これ、プレゼント! 教授きょうじゅいままでかかわったけんき!」
 ひだりわたしたスクラップブックを、うれしそうに教授きょうじゅ
 すうふん──。
 わたしは洋館ようかんのドアをける。
 勝手かってがりこみ、ホールのソファーでころんでる教授きょうじゅにきく。
真衣まい美衣みい、プレゼントってきた?」
てないよ」
うそわないで」
 わたしは、ダンベルとスクラップブックをゆびさす。
 すると教授きょうじゅはソファーにがった。
「たしかにプレゼントはとどいたよ。でも、ってきたのは真衣まいちゃんと美衣みいちゃんじゃない。亜衣あいちゃん──きみだろ?」
「…………」
「きみが、一人ひとりやくで、ぼくをだまそうとした。ちがうかい?」
 わたしはほんまったホールを見回みまわし、したす。
「バレちゃった?」
 うなずく教授きょうじゅ
「きみたちは、そっくりなだ。亜衣あいちゃんが、真衣まいちゃんと美衣みいちゃんのりをしたら見分みわけがつかない」
「…………」
「でも、ぼくは名探偵めいたんてい夢水清ゆめみずきよろう。きみが一人ひとりやくやってるのは、すぐにわかったよ」
 得意とくいげな教授きょうじゅ
 わたしは溜息ためいきをつく。
しんあったんだけどな……。どこでわかったの?」
 すると、教授きょうじゅゆびを1ぽんばした。
「さて──」

真衣まいちゃんのりをするとき、亜衣あいちゃんはくつらかした。やりぎだよ。真衣まいちゃんは、ほしくんってから、“おしとやか”をしきしててくつをきちんとぐようになった」
「…………」
美衣みいちゃんのりをするときは、ひだりきをアピールしようとひだりでプレゼントをわたした。これも、やりぎ。美衣みいちゃんなら、プレゼントをわたすとき、きちんとりょうってわたすよ」
「…………」
亜衣あいちゃんは、ぼくがしてきたときも三にん一役ひとやくだまそうとしたよね。今回こんかいは、そのぎゃく──一人ひとりやくだまそうとした」
 ……おっしゃるとおりです。
 教授きょうじゅが、ソファーに寝転ねころがる。
「で、亜衣あいちゃんからのプレゼントは?」
 この質問しつもんに、わたしはがおかえす。
「もうわたしてるよ」
「え?」
名探偵めいたんていいちばんよろこぶのは、なぞくことでしょ。だから、こうしてけんをプレゼントしたの」
 この“けん”をおもいついたのは、真衣まい美衣みいが、それぞれデートの約束やくそくがあってプレゼントをわたしにいけないってったときだ。だったら、それをようして教授きょうじゅだまそうとしたんだけど……。
「やっぱり教授きょうじゅ名探偵めいたんていね。まだまだわたしじゃ、名探偵めいたんていてきになれないわ」
 ようしてあった本当ほんとうのプレゼント──一さつ大学だいがくノートをす。
「ワトソンやくほうが、わたしにはふさわしいみたい。だから、ハッピーバースディ! 教授きょうじゅ!」
 わたしは『そして五にんがいなくなる』とかれたノートを、教授きょうじゅわたした。

第Ⅱ部 神隠島After

 あらためまして、いわさきです。
 ちゅうがっこうそつぎょうしきらいだから、4かげつぶりぐらいかな? なのに、十何年なんねんもおにかかってないようなになるのは、それだけいたかったってことかな?
 でも、わたしのことをらないひとがいるのもかなしいじつ。そんなひとたちのために、かる自己じこしょうかいを──。
 わたし、いわさき。このはるから高校こうこう年生ねんせいになった。
 ぞくは、おっとりしてるけどしっかりものかあさんと、「72かんはたらけますか?」のいち郎父ろうとうさん。
 そして、わたしたち。わたしがちょうじょで、じょ真衣まい美衣みいすえ
 性格せいかくちがうけど、外見がいけんはそっくりなわたしたち。さすがに最近さいきん外見がいけんにもちがいがてきたとおもうけど、つうひと見分みわけるのは、まず不可ふかのうだ。
 ぞくがいに、わたしたちを簡単かんたん見分みわけるのが、となり洋館ようかん夢水清ゆめみずきよろう
 というわけで、夢水ゆめみずさんの紹介しょうかいを──。
 しんちょうは、かるく180センチをえている。さらにせてるので、もっとたかえる。ちょうはつをオールバックにして、にはくろのサングラス。そして、くろびろくろけの電信でんしんばしら想像そうぞうしたら、いちばんイメージにうかもしれない。
 そんな夢水ゆめみずさんの職業しょくぎょうは、名探偵めいたんていだ。だいなことだから、もう一度書どかいておく。
 夢水清ゆめみずきよろう名探偵めいたんていだ。
 わたしたちとごした3年間ねんかんだけでも、やまのようにけん解決かいけつしている。ただ残念ざんねんなことに、そのほとんどをわすれている。
 もとは、大学だいがくろんがくおしえていたそうだ。でも、がくちょうとケンカをしたうえに、宿しゅくほんちんめこんでされ、わたしたちのとなりしてきた。
 で、いちいち「夢水ゆめみずさん」(本人ほんにんは「名探偵めいたんていさん」とんでほしいみたいだけど、無視むし)とぶのは面倒めんどうなので、わたしたちは「教授きょうじゅ」とんでいる。
 そして、これからかたられるのは、「神隠島かみかくしま」でこった不思議ふしぎけん
 しまこる神隠かみかくし。その不可思議ふかしぎげんしょうまえにして、わたしたちはちすくむしかなかった。
 ただ一人ひとり神隠かみかくしのなぞいどめたのは、教授きょうじゅ──夢水清ゆめみずきよろうだけ。
 ……ここで、おおくをかたるのはめよう。このさきんでもらえれば、いやでもわかってもらえるから。

 ものがたりはじまりは、じょうだんみたいにあつなつの一にちから……。

 ──あつい……。
 わたしは、「もうこれじょう無理むりです。やすませてください」とってるようなハンディファンを、かおちかづける。ふうりょく調ちょうせいレバーをさいきょうげる。体温たいおんえのくうが、ベットリまとわりついてくる。
 なんだか、あたまがボーッとするぐらいあつい……。
 冷静れいせいかんがえる。
 ──体温たいおんよりもたかくうびるのは、ぎゃくあついんじゃないの?
 ひっはたらいてるハンディファンをつめる。「ようやくづいたか?」と、ハンディファンがニヤリとわらったようながした。
「…………」
 わたしは、ハンディファンのスイッチをり、なかのディバッグにほうりこむ。
 くびいたネッククーラーは、とっくのむかしれいうしない、ネックウォーマーに変身へんしんしている。これも、なかのディバッグにほうりこむ。
 これで、手持てもちの武器ぶきは“心頭滅しんとうめっきゃく”だけになった。そう、「心頭滅しんとうめっきゃくすればもまたすずし」なのよ!
 ──でも、“心頭滅しんとうめっきゃく”ってなに
 そんなことをかんがえながらあるいていたら、ますますあたまがボーッとしてきた。ここは“つめたいもの”とか“アイス”とか、あらたな武器ぶきれたいところなのだが……。
 わたしは、動販売どうはんばいとコンビニまえどおりする。
 ──こんなにからだおんあついのに、なんでさいなかさむいのよ!
 そう、わたしの経済けいざい状況じょうきょうは、ごくのブリザードのなかにいる。さむくてふるえがまらない。
 ちゅう学生がくせいときにはかんじなかったが、おかねってスマホのバッテリーざんりょうよりはやくなくなる。がつくと、ブラックアウトじょうたい
 わたしのあい、おづかいのやくわり本代ほんだいえる。のこりは、友達ともだちとのい──。
 しかし、ちゅうがくころぶんちがい、高校生こうこうせいのわたしには「アルバイト」というつよかたがいる。
 さいわい、あと2しゅうかんもすれば夏休なつやすとつにゅう! ちょうバイトで、冬休ふゆやすみまでの本代ほんだい交際こうさいつくることができる。
 ただ、問題もんだいがある。
 わたしは文芸ぶんげい所属しょぞくし、しょうせついている。しょうらいゆめは、しょうせついて生活せいかつしていくことだ。ちがえてほしくない。しょうせつになりたいんじゃない。ぬまでしょうせついてらしたい──これだ!
 ──夏休なつやすみにちょうバイトをれ、しょうせつかんがあるだろうか?
 いまこうとおもっている原稿げんこうふたつ。ひとつは、あきぶんさい文芸ぶんげい部誌ぶしのためのもの。このりは、夏休なつやすけ。もうひとつは、おお出版社しゅっぱんしゃ高校生こうこうせいたいしょうおこなってる『プレ・エンプティブしょう』。こちらのりも、夏休なつやすけ。
 ──原稿げんこうかんけずってバイトする……。これは“本末転倒ほんまつてんとう”というやつじゃないのか?
 かん問題もんだいだけじゃない。
 もっともおおきな問題もんだいは、才能さいのう……。
 高校こうこう文芸ぶんげいはいって、先輩せんぱいたちとのりきりょういたいほどかんじた。圧倒的あっとうてきな「描写力びょうしゃりょく」の、「りょく」と「こと選択せんたくりょく」の、そして「人間にんげんへの洞察どうさつりょく」の──。
 ──わたしが先輩せんぱいになったとき、このめていることができるのだろうか……?
 ここまでかんがえて、さらにおそろしいことにづいてしまう。
 ──このは、年齢ねんれいからてるんじゃない……才能さいのう……。
 わたしのほほを、つめたいあせながれる。あたまって、そのあせばす。
 ──まだだ! まだ、“才能さいのう”をゆうあきらめるのははやすぎる。まだ、わたしにはびしろがある!
 根拠こんきょのない、つよ気持きもちをつ。
 いつのにか駅前えきまえいた。炎天えんてんもと、ティッシュくばりのひと数人すうにんがんばっている。
 わたしのは、そのなか一人ひとり釘付くぎづけになる。
 あたまには、せいっかをおもわせるぐらいつばひろぼうかおには、耳元みみもとまでおおうフェイスカバー。ちょううす冷感れいかんパーカーをこみ、アームカバーで指先ゆびさきまでおおっている。そして、足下あしもとUユーVブイカットのワイドパンツ。それらすべてのいろくろ
 まるで、影法かげぼう立体りったいされたようなひと男性だんせい女性じょせいかもわからない。だけがするどうごき、通行人つうこうにんまわしている。
 わたしは、いこまれるように、そのひとまえかう。わったひとがいると、しょうせつのキャラに使つかえないかとおもちかづいてしまう。わるくせだ。
 影法かげぼうのようなひとは、チラシをっているのだけど、だれにもわたそうとしない。勤労きんろうよくがないのだろうか。
 う。フェイスカバーでおおわれているのに、口元くちもとわらったようにおもえた。
 おともなく影法かげぼうちかづいてくる。そして、みぎばしっていたチラシをわたしてくる。
「どうぞ」
 わたしはかるあたまげ、チラシをる。あるきながらB5サイズのかみる。

【アルバイトしゅう
ディリュージョンしゃでは、ぎょう拡大かくだいともない「へんしゅうアシスタント」をしゅういたします。
当社とうしゃものがたりかい現実げんじつげんするぎょう展開てんかいしており、今回こんかいはクリエイティブげん最前線さいぜんせん編集者へんしゅうしゃをサポートしていただくじつスタッフのしゅうです。
交通こうつう全額ぜんがくきゅういたします。効率的こうりつてきかつ正確せいかくぎょう遂行すいこうできる、よくあるかたからのごおうをおちしております。
■アルバイトしゅう要項ようこうへんしゅうアシスタント)
しゅうぎょう
株式会社かぶしきがいしゃディリュージョン
ぎょう内容ないようものがたりかい現実げんじつ、およびクリエイティブコンテンツのへんしゅうかん
しょく内容ないよう
へんしゅうぎょうじょ原稿げんこう校正こうせい校閲こうえつ、プロットのデータせいりょう作成さくせい
進行管しんこうかんのサポート、およびずいする事務じむぎょう
きん
神隠島かみかくしま
げんまでの交通手段こうつうしゅだんは、採用確定さいようかくていべっ案内あんないいたします。
きんかん
しゅうかんたんプロジェクト)
しゅう人数にんずう
じゃっ干名かんめい
待遇たいぐう特典とくてん
交通こうつう全額ぜんがくきゅう
島内滞在とうないたいざいちゅう生活せいかつきゅうしょく宿しゅくはくなどはすべて会社かいしゃたんいたします)
ぶんしょう作成さくせいじゅつこうじょう
 (プロのへんしゅう校正こうせいスキル、ろんてきぶんしょう構成こうせいりょくじつとおしてにつきます)
おう方法ほうほう
おうはメール、またはおでんにてけております。
【メールでのごおう
件名けんめいに「アルバイトおう」、本文ほんぶんめい連絡先れんらくさき簡単かんたん経歴けいれきめいうえあててにメールにてごそうください。
・メールアドレス:recruit@delusion-inc.co.jp
【おでんでのごおう
番号ばんごうまでちょくせつでんいただき、「へんしゅうアシスタントしゅうけんで」とおつたえください。
でん番号ばんごう:050-31d4-82a9(採用担当さいようたんとうじんあて平日へいじつ 10:00~18:00)
定員ていいんたっだいしゅうらせていただきます。あらかじめご了承りょうしょうください。

 ──ディリュージョンしゃ
 わたしのは、【アルバイトしゅう】のしたかれた「ディリュージョンしゃ」の文字もじくぎけになる。
 ──あの・・ディリュージョンしゃからのバイトしゅう……。
「プロのへんしゅう校正こうせいスキル、ろんてきぶんしょう構成こうせいりょくじつとおしてにつきます」というぶんしょうひかってる!
 ──ぶんしょうりょくにつくだけじゃなく、おかねまではいる! まるで、わたしのために神様かみさまようしてくれたアルバイトじゃないか!
 かみ感謝かんしゃしようと、はいかえる。しかし、そこにはもう影法かげぼうはいなかった。
 まるで、なつ陽炎かげろうのように、えていた。
 このとき、わたしはづくべきだった。かみにも、いろんな種類しゅるいがある。しにがみも、そのひとつであることに……。

「どう? いいじょうけんだとおもわない?」
 駅前えきまえでバイトのチラシをもらったよる、わたしたち三まいは、久々ひさびさ教授きょうじゅ洋館ようかんった。
 かべくした本棚ほんだなゆかには、はいりきらなかったほんやまつくっている。そのあいだすわってる真衣まい美衣みいに、もらったチラシをせる。
 のぞきこむようにしてぶんしょうんでいた二人ふたりは、かお見合みあわせてった。
「いいんじゃない!」
 よし、これでまった。
 でも──。
二人ふたりとも、学校がっこうのほうはいいの?」
だいじょうりくじょうのほうは主練しゅれんだし、どうとでもなるわ」
 真衣まいこたえる。
「わたし、元々もともとバイトするつもりだったし──。ちょうどいい」
 これは、美衣みい
 つぎ、わたしはチラシにかれたきん務地むちゆびさす。
「ここ見て。『神隠島かみかくしま』って、おぼえない?」
 わたしのことに、二人ふたりがハッとする。
 このはる──教授きょうじゅゆくめいになるときがあった。そのとき、洋館ようかんのテーブルに写真しゃしんのこされていた。うみうえからしまった写真しゃしんうらには『神隠島かみかくしま』とかれていた。
 もどってきた教授きょうじゅに、わたしたちはきいた。
神隠島かみかくしまってたの?」
 うなずく教授きょうじゅに、さらにきく。
なにけんがあって、解決かいけつしにったの?」
「う~ん、ちょっとね……」
 このかたつうひとなら誤魔化ごまかしてるんだろうけど、教授きょうじゅあいはそうとはかぎらない。じゅんすいわすれてる能性のうせいのほうがたかい。
 なにもわからないまま、今日きょう、『神隠島かみかくしま』という文字もじ再会さいかいした。
本当ほんとうなにをしにったんだろうね?」
 美衣みいのつぶやき。わたしたち3にんは、ソファーでねむっている教授きょうじゅる。
 わたしたちが高校こうこう進学しんがくし、なかなか3にん洋館ようかんることもできなくなった。でも、ちゃんとえさべてるのかはだつやはいいし、はなかわいていない。
 教授きょうじゅじょうしきはない。しょく則正そくただしく、あさきてよるにはる──こういうつう生活習慣せいかつしゅうかんっていない。
 きてるあいだは、ソファーにころんですいしょうせつむ。ねむくなったらる。しょくをするのはわすれて、きてるあいだほんむ。梅雨つゆどきにはカビがえて、くろびろ緑色みどりいろになったりする。
 生活せいかつりょくはないけど生命せいめいりょくにはあふれてるので、こんな生活せいかつをしていてもぬことはない。
 真衣まいている教授きょうじゅかってきく。
教授きょうじゅ神隠島かみかくしまなにしにったの?」
「…………」
 反応はんのうなし。ねむったままだ。
 こん美衣みい
教授きょうじゅきて! ごはんだよ!」
「…………」
 反応はんのうなし。ちゃんとえさをもらってるから、ことだけじゃきないようだ。
 真衣まい美衣みいせんけ、しん登場とうじょう。わたしはまえからってきたぼういとむすび、そのさきにカレーパンをくくりつけた。
 そのカレーパンを、教授きょうじゅ鼻先はなさきっていく。ぼうに、全神経ぜんしんけい集中しゅうちゅうする。教授きょうじゅ口元くちもとが、ピクッとうごく。
 いまだ!
 カレーパンをねらって教授きょうじゅねる! そのしゅんかん、わたしはぼういてカレーパンをまもった。
 もののがした教授きょうじゅが、ソファーのうえがる。
 教授きょうじゅ寝起ねおきがわるい。下手へたこそうとすると、おおけがする羽目はめになる。
 カレーパンをまもったわたしは、教授きょうじゅかってう。
「おはよ、教授きょうじゅ。いろいろはなしがあるんだけど、いい?」
 教授きょうじゅせんが、わたしたち三まいえて、カレーパンをとらえる。
「……カレーパン」
 つぶやく教授きょうじゅ。どうやら、カレーパンをあたえないと、まともなはなしはできないようだ。

「ねぇ、教授きょうじゅ神隠島かみかくしまなにしにったの?」
 2個目こめのカレーパンをレーダーたんするようにさがしている教授きょうじゅに、わたしたちはきいた。
神隠島かみかくしま?」
 ……どうやら、神隠島かみかくしまたいわすれているようだ。
 わたしたちは、かお見合みあわせる。
 ──これじょう、きいても無駄むだ
 ──そうみたいだね。
 ──べつにいいじゃん。教授きょうじゅ神隠島かみかくしまのことわすれてても。
 こういうとき、三まいというのは便べんだ。こえさなくても、だいたいかんがえてることがつうじる。
 わたしは、教授きょうじゅにチラシをせる。
「ねぇ、教授きょうじゅもバイトしない?」
交通こうつうも、バイトかんちゅうしょくだいも、ぜん部出ぶでるんだよ」
「それに、バイトさきの『神隠島かみかくしま』は、教授きょうじゅってるところでしょ?」
「カツカレェしま? ……まだべたことないなぁ」
 わたしのあたまなかで、うみかぶ神隠島かみかくしま巨大きょだいなおたまでカレーがけられる。ご丁寧ていねいに、巨大きょだいなカツもっている。
「アルバイトねぇ……」
 教授きょうじゅがチラシをなかむ。
「ふ~ん、ディリュージョンしゃのアルバイトなんだ」
 さすが、ほんだけはたくさんんでる教授きょうじゅ。ディリュージョンしゃのことは知ってるんだ。
「どういう会社かいしゃなの?」
 くびをひねる真衣まい美衣みいに、わたしが説明せつめいする。
ものがたり現実げんじつかい完璧かんぺき体験たいけんできるあたらしいエンターテインメント『メタブック』をていきょうする会社かいしゃよ。ほんきには、とっても有名ゆうめい会社かいしゃね」
 ほんきではない真衣まい美衣みいは、またくびをひねる。
「メタブックって、なに?」
現実げんじつかい体験たいけんするものがたりのこと。たとえば『シャーロック・ホームズの冒険ぼうけん』をメタブックにしたら、現実げんじつかいでホームズになりきることができるの?」
ようえんでやった“ごっこあそび”みたいなもの?」
 わたしの説明せつめいに、美衣みいがつぶやいた。
「う~ん、“ごっこあそび”を、いいとしした大人おとなたちがしんじられないぐらいの大金たいきんをかけてちょうおおがかりに真剣しんけんたのしくやるっていったら……ちかいかな?」
 すると、真衣まい美衣みいもうなずいてくれた。よかった。つたわったようだ。
 わたしは、教授きょうじゅからチラシをかえす。
しゅう内容ないようからかんがえて、ディリュージョンしゃ神隠島かみかくしまたいにしたメタブックのらいがあった。出版しゅっぱんされてるほんをメタブックにするより、完全かんぜんオリジナルのメタブックをつくるほうがむずかしいのは、想像そうぞうできるでしょ? まず、メタブックのたいになる神隠島かみかくしま取材しゅざいをしなければならないからね」
「ごっこあそびに、そこまでするの?」
 あきれたような、真衣まいこえ
 ──あやまれ! ディリュージョンしゃすべての関係者かんけいしゃ頼者らいしゃにあやまれ!
 ……け、わたし。ほんまない人間にんげんには、メタブックのすごさがわからないのは当然とうぜんなんだ。
 しんきゅうして、つづける。
「メタブックをつくひとのことを“エディター”、ストーリーの内容ないようひとを“ライター”ってぶんだけど、ライターさんはつうしょうせつよりはるかにのうりょく必要ひつようとされてるの。たとえば『かい雑踏ざっとうのなかにきながら、わたしむね去来きょらいするのは、ただそこれない寂寞せきばくじょうであった』なんていてあるほんも、現実げんじつかい体感たいかんできるように、メタブックにえないといけないのよ」
「…………」
 わたしは、こぶしにぎりしめる。
「このバイトをとおして、わたしはぶんぶんしょうりょくみがきをかける! そして、すごいしょうせつげるのよ!」
 やったるでぇ! といういきおいのわたしに、真衣まい美衣みいがおびえたけてくる。
〈To Be Continued〉

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