テレビマガジン創刊55周年記念! 特撮スチールカメラマン、大島康嗣インタビュー

『ウルトラマン』と『仮面ライダー』の撮影現場写真を撮り続けた男が語る! (2/3) 1ページ目に戻る

テレビマガジン編集部

そして、『ウルトラセブン』へ

『ウルトラセブン』での思い出は、本編撮影でお世話になった森次(浩司、現・森次晃嗣/モロボシ・ダン役)さんかな?

私は普段、特撮番組で人間(ドラマの主人公)はあまり撮らないんだけれど、何故か彼(ダン)のスチールは押さえているんだよね。基地(ウルトラ警備隊の作戦室)の中ではもちろん、TBSの敷地内で行われた撮影会、美セン(東京美術センター)の外、神戸ロケ(第14話、第15話)など、意外と多く残っているでしょう? 彼が(スチール撮影に)協力的だったこともあるし、かっこいいからたくさん撮ったんだね。

これは、だいぶ後になってからの話なんですが、ある日、東映の制作スタッフから「森次さんが『仮面ライダーブレイド』に出演することになり、大島さんに会いたがっているから、撮影にきてくれませんか?」と連絡が来て、次の日、神奈川県の造船所ロケの現場で彼と再会したんです。森次さんは「大島ちゃん、久しぶりだねぇ。元気だった?」と、喜んでくれてね。36年振りに彼(天王路博史役)のスチールを撮りました。

『仮面ライダー』の想い出

本のゲラ(印刷見本)を見ながら飛び出す大島カメラマンの想い出話が、尽きることはない PHOTO/講談社
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『ウルトラセブン』が終わった後は、大伴(昌司)さんから指名されて「週刊少年マガジン」のグラビア撮影を中心に活動していたんだけれど、あるとき、「週刊ぼくらマガジン」編集部の富井(道宏)さんから「講談社で原作漫画を掲載する『仮面ライダー』の撮影を担当してくれませんか?」と頼まれ、受けることにしたんです。

でも、最初は何を撮っていいのかわからなくてね(笑)。とりあえず、仮面ライダーと怪人の単体、絡み、オートバイ(サイクロン号)の走りなんかを中心に撮影しました。そんなとき、藤岡 弘(現・藤岡 弘、/本郷 猛役)さんと出会ったんです。

彼は主役の人物だけじゃなく、仮面ライダー(のスーツアクター)も演じていたから、現場で一緒にいる時間も長いでしょう。だから、話しているうちにだんだんと打ち解けていきました。当時の彼は、いつも危険と隣り合わせのような撮影をしていて大変そうでした。体力的にもきつかったと思いますよ。

特に大阪・エキスポランド(現・EXPO CITY)での撮影時は、ジェットコースターの一番高い場所でアクションをしたり、オートバイで長い石段を駆け上がったりと、いろいろなことにチャレンジしていましたね。

「テレビマガジン」創刊!

テレビマガジン創刊号(1971年12月号) PHOTO/講談社
その後、会社からの指示で『仮面ライダー』の撮影(第9話以降)には行かなかったんだけれど、3ヵ月後くらいだったかな? 田中さんから「今度、『仮面ライダー』を中心にした新雑誌を創刊するので、また、撮影に行ってくれない?」と頼まれたんです。

それで、(実質的な)編集長となった彼と東映生田スタジオに行って、所長の内田(有作)さんに話をしたら、「今は地方ロケに行っているから、帰ってきたら参加してもいいよ!」と許可をもらえました。ロケから帰ってくるまでの間は、講談社が撮っていなかった仮面ライダー2号や怪人の写真を生田スタジオで押さえていたんです。

『仮面ライダー』の人気が上昇して「たのしい幼稚園」も本誌で特集を組んだり、絵本を発売するようになり、「たのしい幼稚園」副編集長になっていた富井さんから「ライダーや怪人の写真を大きく引き伸ばしたいから、6×6(ロクロク。大判のポジフィルム)で撮ってくれ!」と頼まれたんです。

35ミリならともかく6×6で同じポーズの写真をいろいろな編集部のために撮るのは、(カメラ用の)マガジンに入るフィルムの枚数には制限があるもので、「どうしたものかな?」と考え、写真部に72枚分のフィルムが入るマガジンを手に入れてもらいました。このことによって特写で同じキャラクターのポーズを各6枚ずつ撮影できるようになり、関係する編集部に写真が行き渡るようになりました。
ロケの日々は終わらない!
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