
テレビマガジン創刊55周年記念! 特撮スチールカメラマン、大島康嗣インタビュー
『ウルトラマン』と『仮面ライダー』の撮影現場写真を撮り続けた男が語る! (3/3) 1ページ目に戻る
2026.09.03
『仮面ライダー』チームの一員となるまで
困った私は、休憩中の彼らに気を遣って飲み物を差し入れたり、冷房が効いたハイヤーの中で休んでもらったりと、徐々に信頼関係を築いていったんです。そうしたら中村さんも私のことを“仲間”と認識してくれるようになり、剣友会の若手に「大島ちゃんの特写にだけは、力を貸すように!」と言ってくれたんです。
おかげで、撮影スタッフからは「ジュースのおじさん」という“愛称”で呼ばれ、撮影中にも支障なく写真が撮れるようになりました。
地方ロケではアクシデントも
そうそう、あそこ(三浦海岸)の砂浜で納車直後のオートバイ(にせ新サイクロン号)をロケの合間に撮影していたんだけれど、海水を浴びせて故障させちゃってね。「これは弁償だな!」と思って落ち込んでいたら、内田所長から、「同じ釜の飯を食った仲間なんだから、気にするなよ!」と言ってもらったことは、今でも忘れませんね。
地方だと九州・えびの高原や南紀・白浜でのロケかな? 撮影隊と行動を共にしていたから、かなり細かく写真を撮っていました。梅雨時期に行った白浜ロケは雨で撮影が進まず、やることがないので、殺陣師の高橋(一俊)さんに頼んで仮面ライダー1号や2号、怪人(モスキラス)の特写を撮らせてもらいました。
まぁ、私も「編集部からの期待を背負ってロケに来ているんだから、少しでも良い写真を撮らなくちゃ!」と考えて行動していましたね。
あらためて、当時を振り返って
それに、私の写真で「週刊少年マガジン」や「テレビマガジン」のグラビアを構成してくれた編集部の方々にも本当に感謝しています。
大島康嗣氏プロフィール
1942年(昭和17年)8月1日埼玉県生まれ。写真専門学校を卒業後、1964年(昭和39年)に講談社写真部のカメラマンとなり、「若い女性」や「週刊少女フレンド」と並行しつつ、1965年(昭和40年)から「週刊少年マガジン」グラビア特集の撮影を担当。『丸出だめ夫』や『ウルトラマン』、『ウルトラセブン』などの特撮作品に関わる。
1971年(昭和46年)、『仮面ライダー』の放送中に創刊した「テレビマガジン」を中心とした児童誌の仕事を中心とするようになり、2020年(令和2年)の『仮面ライダーゼロワン』までの54年間にわたって多くのベストスチールをカメラに収めた。
まさに究極の一冊! 『仮面ライダー 究極』2026年9月3日発売!
スチールカメラマンはもちろん、講談社の雑誌・ムック掲載の特撮スチールを撮影し続けてきた大島康嗣カメラマン! 放送順ではなく制作順にページを構成していますので、制作の過程にも思いをはせることができるかもしれません。
仮面ライダーファンには必読の本となっています!
もっと読みたい! 仮面ライダーインタビュー!
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テレビマガジン編集部
日本初の児童向けテレビ情報誌。1971年11月創刊で、仮面ライダーとともに誕生しました。 記事情報と付録の詳細は、YouTubeの『テレビマガジン 公式動画チャンネル』で配信中。講談社発行の幼年・児童・少年・少女向け雑誌の中では、『なかよし』『たのしい幼稚園』『週刊少年マガジン』『別冊フレンド』に次いで歴史が長い雑誌です。 【SNS】 X(旧Twitter):@tele_maga Instagram:@tele_maga
日本初の児童向けテレビ情報誌。1971年11月創刊で、仮面ライダーとともに誕生しました。 記事情報と付録の詳細は、YouTubeの『テレビマガジン 公式動画チャンネル』で配信中。講談社発行の幼年・児童・少年・少女向け雑誌の中では、『なかよし』『たのしい幼稚園』『週刊少年マガジン』『別冊フレンド』に次いで歴史が長い雑誌です。 【SNS】 X(旧Twitter):@tele_maga Instagram:@tele_maga