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「じゃあ、たたきあげの刑事の勘や経験を学んだ人工知能が、そのうち犯罪捜査の指揮をとるかもしれんわけだ。」
「もちろん可能です。」
と、あっさり答える倉木博士。
(中略)
「じゃあ、その人工知能も苦しむでしょうな。われわれは、ときとして、やむにやまえぬ事情から犯罪を行った人間を、つかまえなければならない。そんなときは、つらいものです。人工知能も、そんなことで、なやんだりするんでしょうな。」
「それはありません。」
倉木博士が警部に即答する。
「人工知能と感情は、また別の問題です。わたしは、人工知能に感情は必要ないと思います。そのようなものは、本来の人工知能の役目に無用ですから。それに、かりに感情のようなものがあらわれたとしても、それは人間のような感情ではありません。しょせん、プログラムにすぎないのです。」
機械のように冷静な言葉が、つぎつぎと倉木博士の口からこぼれだす。
「感情は不必要です。感情はミスを生みます。それに、わたしが開発しようとする人工知能に、ミスはゆるされません。──そうですね、黒田さん。」
(『怪盗クイーンからの予告状』より抜粋)
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RDは、もとは軍事用に開発された世界最高の人工知能。クイーンによって盗み出され、飛行船トルバドゥールの管理システムとなった。人工眼や6本指のマニピュレーターを駆使して家事全般をこなし、クイーンとジョーカーをサポートする。人間の姿は、RDが仮想空間で作り出したアバター。
赤間 「人工知能に感情は不要」と言い切った倉木博士がつくったRDは、無事(?)クイーンによって盗まれて、その後は怪盗団の一員として活躍します。が、トルバドゥールにのったRDは、人間らしい感情や思考回路を持っているかのような言動をしているんですよね……。圧倒的な速度と精度で膨大な情報を処理し、必要な情報を的確に伝えることで、世界一の怪盗を鮮やかにサポートするRDの姿は、子ども心によく響きました。「人工知能ってかっこいい!」という。
その後なんやかんやあって、気づけば自然言語処理という人工知能研究の一部といえる分野に足を踏み入れることになるのですが、そのときふと頭をよぎったのが、幼少期に憧れたあの“歌って踊れる人工知能”つまり、RDでした。
はやみね 自分の作品を読んでくれた子の中から、人工知能を研究をされるすごい方が生まれたということがうれしいですし、誇らしいという気持ちがありますね。
それと同時に、そういう人生を選ぶときの参考になったというのが、自分が書いたものでええんやろかという、怖さもあります。でも「RD」のことを真面目に研究してくれる人と出会えて、本当にうれしいですね。ありがとうございます。
クイーン(左)と倉木博士(右)。 『怪盗クイーンからの予告状』挿絵
──はやみね先生がRDを生み出したきっかけは、なんでしたか?
はやみね 先ほど、赤間先生がRDで印象に残っていたシーンをあげてくださいましたが、その後に続く文章でRDは、最新防衛システムのために開発されたシステムだと書いてあります。それは、RDを最初に登場させたときに、「軍事的にどう使うか」という視点から考えたからです。
みなさんは「トロッコ問題」をご存じでしょうか?
人間の「倫理観」を問う思考実験のひとつで、暴走したトロッコから命を救うために、レバーを引くか引かないかどちらを選択するかという「モラルジレンマにおちいったときに、なにを優先すべきか」を考えるための問題です。レバーを引くと、5人は助かり1人が犠牲になります。逆にレバーを引かずなにもしないでいると、5人が犠牲になって1人は助かります。
その問題と同じようA地点とB地点両方を同時に攻撃され、どちらかを犠牲にしなければいけないという場合、人間だと判断に感情が入ってしまうけれど、人工知能なら、感情なしにそれを判断するだろうという視点で、RDを生み出しました。
そのくだりは、『怪盗クイーンからの予告状』の中で、RDを防御システムに使うとしたら、具体的にどう使うのか、岩崎三姉妹&レーチと、RDの開発を倉木博士に依頼した政府側の人間・黒田剛の会話として書いています。
でも自分は本当に人工知能がどういうものか、今でもよくわかっていないんです。だからRDがいわゆる「感情」を持っているのかどうか、今も執筆しながら迷っています。
第3次AIブームの今、取り組む意義のあるプロジェクト
──赤い夢学園が真っ先に赤間先生に相談したのが、「ユーザーがRDと会話できるAIシステムの開発」でした。内容を聞いたときに、どのような関わり方ができるかと考えましたか?