美智子さま「子守唄を歌って録音」産後初の外国訪問でご準備されたこと

令和に伝えたい皇室の子育て術Vol.1

編集者・文筆家:高木 香織

2月23日は、天皇陛下(ご幼少のころは浩宮さまといいました)がお生まれになった日です。

それまで皇室では乳母や養育係が養育にあたる慣習でしたが、美智子さまは初めてご自分の手で育てることにされた皇太子妃でした。

今でこそ、ワーキングマザーはめずらしくはありませんが、美智子さまは、今から60年も前に、ご公務と子育てを両立された「働くママ」の先駆者でした。今回は、お仕事と子育てを両立されていた美智子さまがどのように「ご産休」からご復帰されたのかをご紹介します。

ママ業とお仕事を両立させるために、美智子さまはどのような工夫をされたのでしょう。どうやら、現代の「働くママ」にもいかせる子育て術がたくさんありそうです。

寝かしつけのために「3つの子守歌」をテープに録音

昭和37年11月、フィリピン訪問から帰国直後、カバンを預ける間もおしみ、上着もおめしのまま浩宮さま(現・天皇陛下)を抱き上げる美智子さま。  写真/雑誌協会代表撮影
美智子さまの「ご産休」からのご復帰は、どのようなものだったのでしょうか?

それは、浩宮さまが生後7ヵ月になった昭和35年9月のこと。上皇さま(当時は皇太子さま)と美智子さまは、日米修好100年を記念してアメリカを訪問されました。それは、美智子さまにとっては、初めての国際親善のご公務でもありました。

長くママがお家を留守にしたら、赤ちゃんはさみしくて夜眠れなくなってしまうのではないかしら……。美智子さまはそうお思いになったのでしょう。

アメリカへ旅立たれる前に、美智子さまは家で浩宮さまのお守りをする人たちに、

「留守の間、私がテープに吹き込んでおいた子守唄を聞かせてあげてください」

とたのんでいかれたのです。

テープには、3つのお歌がハミングで録音されていました。日本の「ねんねんころりよ」に、シューベルトとモーツァルトの子守歌です。どれも赤ちゃんをやさしく寝かしつけるときにぴったりのお歌です。そのハミングの録音につづいて、「あかとんぼ」と「めえめえこやぎ」のピアノの音色が録音されていました。

7ヵ月といえば、日に日にかわいさが増してくるころ。そんな我が子を置いてのご出張に、美智子さまはどれほど、お留守番をしている浩宮さまのことが、ご心配だったことでしょう。でも、美智子さまの想いはそれだけではありませんでした。
昭和35年4月、浩宮さま(今上天皇)の生後50日をお祝いされる上皇さまと美智子さま。お二人が、初めてのお子さまである浩宮さまをいつくしんでおられるご様子が伝わってきます。  写真/宮内庁提供
美智子さまは、皇室として初めてご自身の手で、お子さまたちをお育てになりました。初の外国訪問の際に、浩宮さまのことを細かく侍従や女官に申し送りされたメモは通称「ナルちゃん憲法」として有名です。  写真/宮内庁提供

「今ごろ私の歌を聞いていると思うと、私自身の気が休まるのです」

昭和37年1月、パキスタン・インドネシア訪問に旅立たれる前に、浩宮さまとすべり台で遊ばれる上皇さまと美智子さま。  写真/宮内庁提供
やがてぶじ旅程が進み、ワシントンで女性記者たちとの会見が行われました。そのとき、一人の記者からテープに吹き込んだ子守歌についての質問が出たのです。女性ばかりの記者会見ならではの質問でした。

「子守歌を録音したのは、私の考えです。それは、浩宮にさみしい思いをさせたくないというだけでなく、私自身をなぐさめるために残してきたのです。『今ごろ私の歌を聞いているだろう』と思うと、私自身、気が休まるのです」と、美智子さまはお答えになりました。

家に残された子どもはさみしいでしょう。けれども、お仕事のために子どもを家に残さなければならない母親はもっとつらいのです。「子どもが寂しがっていないかしら」と思うだけで、心が痛むのです。

そんな働くママの気持ちを素直に打ち明けたお答えに、女性記者たちは深く心を動かされたといいます。

美智子さまがぶじに帰国されたのは、出発してから16日目のこと。赤坂東宮御所の玄関前で車から降りた美智子さまは、看護師に抱かれて出迎えられた浩宮さまのもとにかけよって、ハンドバッグを預ける間もおしそうにコートをおめしのまま浩宮さまを抱っこして、あやされました。働くママとして、つらさと喜びを感じられたご体験だったことでしょう。

赤ちゃんにとって、ママの声は美しい音楽に聞こえるといいます。3つの子守歌を聞きながら、浩宮さまは元気に美智子さまをお迎えしたのでした。

美智子さまの「ご産休」からのご復帰の物語、いかがでしたでしょうか。現代を生きるワーキングマザーたちも、子どもと一緒にいたいという気持ちと、育休からの仕事復帰とのはざまで、悩むことも多いことと思います。そんなワーキングマザーたちにとって、この物語が少しでも、ヒントになれば幸いです。

「令和に伝えたい皇室の子育て術」シリーズ、次回は2023年3月11日ごろ更新予定です。
昭和36年6月、葉山でのご静養の際に、浜辺で長靴を脱いでしまった浩宮さまにやさしく長靴をおはかせになる美智子さま。  写真/雑誌協会代表撮影
昭和36年8月、1歳の浩宮さまと美智子さま。軽井沢への道中、外をよくご覧になろうとして列車の窓から身を乗り出そうとされる浩宮さま。  写真/雑誌協会代表撮影
たかぎ かおり

高木 香織

Kaori Takagi
編集者・文筆業

出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。

出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。