ニース&モナコ取材旅行記 ~オーシャンズ2の冒険~ 第10(最終)回
はやみねかおる先生と担当編集が行く珍道中の旅!
2024.11.06
第10回
2時半に、目が覚める。雨は止んでいて、妙に静か。
ゆっくり時間をかけて、荷造りをする。ビールの空き瓶やフランス語の新聞で、スーツケースは、かなりパンパン。
10時頃、山室さんが部屋に迎えに来てくれる。
ホテルに来て初めてエレベーターに乗り、フロントへ向かう。床が板張りのエレベーターは、「リフト」と呼んだほうがピッタリくる。到着しても、自動でドアは開かない。手で押し開けないといけないことに驚く。
ホテルの人にカードキーを返し、チェックアウト終了! お世話になったお礼を日本語で言い、ホテルを出る。数歩歩いたところで、パスポートの入ったセカンドバッグが背中にないことに気づく!
慌ててホテルに戻る。フロントのところでは、ホテルの人と大柄な男性2人が何事か話している。なんだかややこしい話をしてるようで、なかなか、終わりそうにない。
――こちとら、急いでるんだ! 押しのけてやろうか!
でも、押しのけるのは、体格的にもマナー的にも無理。
もちろん、
「すみません。とても大事な用があるので、先に話をさせてもらってもよろしいですか?」
と、言うだけの語学力はない。
そのとき、すぐ横のエレベーターが、ガタガタする。どうやら、ドアを開けられなくて困ってるようだ。外側からドアを開けてあげると、中から大きなスーツケースを持った女の人が現れた。
ぼくに軽く頭を下げ、フロントに行こうとするが、こっちが先に並んでるんだからね!
すると、ようやく男性2人の話が終わった。
急いでホテルの人に事情を話そうとしたのだが……何度も書くが、ぼくは日本語オンリーの人間。事情を話そうにも、言葉が通じない。
「すみません。部屋に忘れ物をしたので、111号室のルームキーを貸してくれますか?」
すらすらと言ってくれたのは、山室さんだ。笑顔で頷き、ルームキーを出してくれるホテルの人。ぼくは、神速でキーを奪うと、階段を駆け上がる。ホテルのドアを開けると、
「あった!」
ベッドの上に、セカンドバッグが乗っている。心底ホッとする。
もし、パスポートをなくしていたら、洒落にならないレベルのハプニングだ。間違っても、ハプニングが起きて良かった良かったなどといえないだろう。
「本当におさわがせしました。すみませんでした」
ホテルの人に、カードキーを返す。日本語だから意味はわからなかっただろうが、雰囲気は伝わっただろう。
バス停で待ってると、空港行きのバスが来る前に、エレベーターで困っていた女の人がやってきた。
笑顔で挨拶する彼女に、「日本人ですか?」と訊くと、「中国人」という返事。今さら書くまでもないが、ぼくは中国語も話せない。そして、彼女も日本語がわからない。
「きゃんゆぅすぴぃくいんぐりゅっしゅ?」
この質問に、笑顔で「イエス」と答える彼女。ぼくにも、英語でコミュニケーションがとれるということが証明された。しかし、パスポートの忘れ物騒動で、ぼくはかなり疲れている。ここからは、山室さんがコミュニケーションをとってくれた。
山室さんに教えてもらったところによると、彼女は一人旅をしているところで、ニースに2週間滞在していたとのこと。
――2週間! すごいお金持ちだ!
「リッチマン! いや、女の人だから、リッチウーマン!」
ぼくの言葉に、彼女は首を捻る。「リッチ」って、英語じゃなかったのか……。
山室さんが、「自分たちは編集者と作家。ニースへは取材で来た」ということを英語で話している。本当は、「自分たちは、トップブリーダーと山犬」と言ってるのかもしれないが、ぼくには確かめようがない。
空港行きのバスに乗り、ニースの街に別れを告げる。
エレベーターの彼女は、まだフランス国内を旅するのか、国内線ターミナルで降りていった。ぼくと山室さんは、笑顔で手を振る。
ぼくらが降りたのは、国際線ターミナル。
「お土産を買えるのは、ここが最後です」
山室さんに言われる。
「限定品なので、これが最後です」「申し込みは、今日までです」――これと同じで、何が何でもお土産を買わないといけない気になる。
空港のWi-Fiを使い、日本に連絡。
[1時間以内に土産のラストリクエスト]
……返信はなかった。で、勝手に土産を買う。
まず、『コート・ダジュール』と書かれたキーホルダーを2つ(もちろん、横文字で書かれてます)。
どうしてフランスにいるかという問いの答えは、奥さんと「コートダジュールN゚10」のドラマを見たから。それを忘れないためにも、キーホルダーを2人で使おう。
……ドラマが、コート・ダジュールでロケされたかは、永遠の謎だけどね。
あと、ワインとウイスキーとシャンパンの小瓶を買う。すっかり土産も買い終え、ベンチに座り搭乗時間を待つ。
前のベンチには、妙齢のご婦人が4人座っている。聞こえる言葉から、ドイツ人だろう。
4人は、賑やかに話をしながら、足下の袋からワインの小瓶を出しグビグビ飲む。飲み終えると、袋に小瓶を放り込む。そのときのガシャンという音に、こちらはビクッとする。
そしてまた、新しい瓶を開ける。この繰り返し。よく、「ワインは水みたいなもの」というのを聞くが、4人の飲み方を見てると、「あんなに大量に水を飲めないぞ」と思う。
ぼくは、心の中で、4人に「オーシャンズ4」という言葉をプレゼントする。
まず、フランス編の取材については、完璧だった。何より、新しい探偵卿のキャラもできた(ストーリーは、まだだけど……)。
作品にリアリティが出るかどうかは、ぼくの技術もあるので、何とも言えない。でも、どこかで“フランスに行ったから書けた”という部分は出るだろう。
次に、ハプニング。
これについては、今朝もパスポートを忘れそうになったりした。旅の間、何度もハプニング寸前まで行ったことがあるような気がする。それがハプニングにならなかったのは、敏腕編集者にしてトップブリーダーの山室さんがフォローしてくれたからだろう。
もし、真剣にハプニングを希望するのなら、ぼくを一人で海外に送り出せばいい。起こしたくなくても、国際問題クラスのハプニングが起きる自信がある、哀しいことに。
だから、ぼくは山の中で大人しくしているのが一番いい。それが、世界平和につながるのだ。これから、家でゴロゴロしてるのを非難されたら、「世界平和のために、仕方なくやってるんだ」と言い訳するようにしよう。
そして、最大の目的――無事に帰る(これが最大の目的であって、ハプニングを起こすのが目的ではない)。この点は、飛行機が落ちない限り、大丈夫だろう。
甘い考えだったかもしれない……。
ぼくは、時差ボケが起きないように、帰りの飛行機と新幹線は、全て寝ると決めていた。(この結論を出すまでに、いくつもの数式を書き、「ホーキング博士が生きていたら、すぐに答えを教えてもらったのに……」と今は亡きホーキング博士を悼み、最終的には「世の中に寝るほど楽はなかりけり」という、おばあちゃんの口癖を思い出す必要があった)
で、シートベルトを締めると同時に寝たのだが、乗客の悲鳴で目を覚ます。
確かに、ミュンヘン行きの飛行機に乗るとき、海からの風が強かった。軽量級のぼくは、飛ばされそうなほど強い風だった。
――この風の中、飛行機は揺れるだろうな。
そう思っていたのだが、予想以上に揺れたみたいだ(というか、自由落下……)。腰から下が、スッと軽くなる感じ。
乗客は騒いでるが、ぼくには、時差ボケを起こさないことのほうが大事だ。再び寝ていたら、また、乗客の叫び声。斜め後ろの女性は、泣き出している。
飛行機は、落ちるときは落ちる。それは、どれだけ自分が頑張っても、どうしようもないこと。でも、時差ボケを起こさないようにするのは、自分の努力の範囲で可能だ。
だから、ぼくは、必死で寝た。
飛行機は、落ちることなくミュンヘン空港に着いた。
ここから羽田行きの飛行機に乗り換えるには、50分しかない。入国か出国かわからない検査を終え、広い空港内を走る。
「15時30分発羽田行きLufthansa(ルフトハンザ)機、まもなく搭乗手続きを終了します」
空港内に、アナウンスが流れる。日本語なので、意味がよくわかる。(書かなくてもわかると思いますが、「15時30分発羽田行きLufthansa機」は、ぼくらが乗る飛行機です)
ぼくと山室さん、そして、どこの誰かは知らない人の3人が乗ったら、すぐに「ベルト着用」のサインが出た。
ぎりぎりセーフ!
羽田までは、ひたすら夢の中。いつの間にか飛行機は日本に着いていて、時計は10月30日の午前10時55分。自分の体内時計に訊いてみると、午前11時ぐらい。つまり、体調は万全。
残ったユーロを日本円に換える。係の人と、普通に日本語で会話できるのがうれしい。
そこから、ぼくは新幹線に乗るため品川へ。山室さんはご自宅へ――。つまり、オーシャンズ2の解散の時だ。
ぼくは、言葉にできない感謝の気持ちを、頭を下げることで表す。本当に、ありがとうございました。
家族のみんなは、お土産を喜んでくれたようだ。(グミは、不評だったけれど……)
机の上には、フランスに行ってる間に届いた郵便物が固めておいてあった。 その中には、『指さしフランス語会話』もある。
「………」
本を手に取る。
――持っていっても、たぶん使わなかっただろうな。
本を見て会話するより、そのときに持ってる会話力で話すほうが、楽しい気がする。そして、もっと楽しむには、やっぱりちゃんと勉強したほうがいいようにも思う。
少しばかりの向上心が芽生えたところで、『指さしフランス語会話』を本棚に片付け、このニース&モナコ取材旅行記を終えることにしよう。
29日のヘルスケア
ウォーキング+ランニングの距離 5.3km
歩数 9320歩
30日のヘルスケア
ウォーキング+ランニングの距離 1.6km
歩数 2989歩
〈Fin〉
はやみね かおる
1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。
1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。