ニース&モナコ取材旅行記 ~オーシャンズ2の冒険~ 第10(最終)回

はやみねかおる先生と担当編集が行く珍道中の旅!

第10回

Scene06 10月29日(月曜日) さよならふらんす

2時半に、目が覚める。雨は止んでいて、妙に静か。

ゆっくり時間をかけて、荷造りをする。ビールの空き瓶やフランス語の新聞で、スーツケースは、かなりパンパン。

10時頃、山室さんが部屋に迎えに来てくれる。

ホテルに来て初めてエレベーターに乗り、フロントへ向かう。床が板張りのエレベーターは、「リフト」と呼んだほうがピッタリくる。到着しても、自動でドアは開かない。手で押し開けないといけないことに驚く。

ホテルの人にカードキーを返し、チェックアウト終了! お世話になったお礼を日本語で言い、ホテルを出る。数歩歩いたところで、パスポートの入ったセカンドバッグが背中にないことに気づく!

慌ててホテルに戻る。フロントのところでは、ホテルの人と大柄な男性2人が何事か話している。なんだかややこしい話をしてるようで、なかなか、終わりそうにない。

――こちとら、急いでるんだ! 押しのけてやろうか!

でも、押しのけるのは、体格的にもマナー的にも無理。

もちろん、

「すみません。とても大事な用があるので、先に話をさせてもらってもよろしいですか?」

と、言うだけの語学力はない。

そのとき、すぐ横のエレベーターが、ガタガタする。どうやら、ドアを開けられなくて困ってるようだ。外側からドアを開けてあげると、中から大きなスーツケースを持った女の人が現れた。

ぼくに軽く頭を下げ、フロントに行こうとするが、こっちが先に並んでるんだからね!

すると、ようやく男性2人の話が終わった。

急いでホテルの人に事情を話そうとしたのだが……何度も書くが、ぼくは日本語オンリーの人間。事情を話そうにも、言葉が通じない。

「すみません。部屋に忘れ物をしたので、111号室のルームキーを貸してくれますか?」

すらすらと言ってくれたのは、山室さんだ。笑顔で頷き、ルームキーを出してくれるホテルの人。ぼくは、神速でキーを奪うと、階段を駆け上がる。ホテルのドアを開けると、

「あった!」

ベッドの上に、セカンドバッグが乗っている。心底ホッとする。

もし、パスポートをなくしていたら、洒落にならないレベルのハプニングだ。間違っても、ハプニングが起きて良かった良かったなどといえないだろう。

「本当におさわがせしました。すみませんでした」

ホテルの人に、カードキーを返す。日本語だから意味はわからなかっただろうが、雰囲気は伝わっただろう。

バス停で待ってると、空港行きのバスが来る前に、エレベーターで困っていた女の人がやってきた。

笑顔で挨拶する彼女に、「日本人ですか?」と訊くと、「中国人」という返事。今さら書くまでもないが、ぼくは中国語も話せない。そして、彼女も日本語がわからない。

「きゃんゆぅすぴぃくいんぐりゅっしゅ?」

この質問に、笑顔で「イエス」と答える彼女。ぼくにも、英語でコミュニケーションがとれるということが証明された。しかし、パスポートの忘れ物騒動で、ぼくはかなり疲れている。ここからは、山室さんがコミュニケーションをとってくれた。

山室さんに教えてもらったところによると、彼女は一人旅をしているところで、ニースに2週間滞在していたとのこと。        

――2週間! すごいお金持ちだ!

「リッチマン! いや、女の人だから、リッチウーマン!」

ぼくの言葉に、彼女は首を捻る。「リッチ」って、英語じゃなかったのか……。

山室さんが、「自分たちは編集者と作家。ニースへは取材で来た」ということを英語で話している。本当は、「自分たちは、トップブリーダーと山犬」と言ってるのかもしれないが、ぼくには確かめようがない。

空港行きのバスに乗り、ニースの街に別れを告げる。

エレベーターの彼女は、まだフランス国内を旅するのか、国内線ターミナルで降りていった。ぼくと山室さんは、笑顔で手を振る。 

ぼくらが降りたのは、国際線ターミナル。

さらば、ニース空港

航空チケットを入手。手荷物検査を受け、あとは飛行機に乗り込むだけという段階。

「お土産を買えるのは、ここが最後です」

山室さんに言われる。

「限定品なので、これが最後です」「申し込みは、今日までです」――これと同じで、何が何でもお土産を買わないといけない気になる。

空港のWi-Fiを使い、日本に連絡。

[1時間以内に土産のラストリクエスト]

……返信はなかった。で、勝手に土産を買う。

まず、『コート・ダジュール』と書かれたキーホルダーを2つ(もちろん、横文字で書かれてます)。

どうしてフランスにいるかという問いの答えは、奥さんと「コートダジュールN゚10」のドラマを見たから。それを忘れないためにも、キーホルダーを2人で使おう。

……ドラマが、コート・ダジュールでロケされたかは、永遠の謎だけどね。

あと、ワインとウイスキーとシャンパンの小瓶を買う。すっかり土産も買い終え、ベンチに座り搭乗時間を待つ。

前のベンチには、妙齢のご婦人が4人座っている。聞こえる言葉から、ドイツ人だろう。

4人は、賑やかに話をしながら、足下の袋からワインの小瓶を出しグビグビ飲む。飲み終えると、袋に小瓶を放り込む。そのときのガシャンという音に、こちらはビクッとする。

そしてまた、新しい瓶を開ける。この繰り返し。よく、「ワインは水みたいなもの」というのを聞くが、4人の飲み方を見てると、「あんなに大量に水を飲めないぞ」と思う。

ぼくは、心の中で、4人に「オーシャンズ4」という言葉をプレゼントする。


一方、オーシャンズ2についての、一人反省会。

まず、フランス編の取材については、完璧だった。何より、新しい探偵卿のキャラもできた(ストーリーは、まだだけど……)。

作品にリアリティが出るかどうかは、ぼくの技術もあるので、何とも言えない。でも、どこかで“フランスに行ったから書けた”という部分は出るだろう。

次に、ハプニング。

これについては、今朝もパスポートを忘れそうになったりした。旅の間、何度もハプニング寸前まで行ったことがあるような気がする。それがハプニングにならなかったのは、敏腕編集者にしてトップブリーダーの山室さんがフォローしてくれたからだろう。

もし、真剣にハプニングを希望するのなら、ぼくを一人で海外に送り出せばいい。起こしたくなくても、国際問題クラスのハプニングが起きる自信がある、哀しいことに。

だから、ぼくは山の中で大人しくしているのが一番いい。それが、世界平和につながるのだ。これから、家でゴロゴロしてるのを非難されたら、「世界平和のために、仕方なくやってるんだ」と言い訳するようにしよう。

そして、最大の目的――無事に帰る(これが最大の目的であって、ハプニングを起こすのが目的ではない)。この点は、飛行機が落ちない限り、大丈夫だろう。

甘い考えだったかもしれない……。

ぼくは、時差ボケが起きないように、帰りの飛行機と新幹線は、全て寝ると決めていた。(この結論を出すまでに、いくつもの数式を書き、「ホーキング博士が生きていたら、すぐに答えを教えてもらったのに……」と今は亡きホーキング博士を悼み、最終的には「世の中に寝るほど楽はなかりけり」という、おばあちゃんの口癖を思い出す必要があった)

で、シートベルトを締めると同時に寝たのだが、乗客の悲鳴で目を覚ます。

確かに、ミュンヘン行きの飛行機に乗るとき、海からの風が強かった。軽量級のぼくは、飛ばされそうなほど強い風だった。

――この風の中、飛行機は揺れるだろうな。

そう思っていたのだが、予想以上に揺れたみたいだ(というか、自由落下……)。腰から下が、スッと軽くなる感じ。

乗客は騒いでるが、ぼくには、時差ボケを起こさないことのほうが大事だ。再び寝ていたら、また、乗客の叫び声。斜め後ろの女性は、泣き出している。

飛行機は、落ちるときは落ちる。それは、どれだけ自分が頑張っても、どうしようもないこと。でも、時差ボケを起こさないようにするのは、自分の努力の範囲で可能だ。

だから、ぼくは、必死で寝た。

飛行機は、落ちることなくミュンヘン空港に着いた。

ここから羽田行きの飛行機に乗り換えるには、50分しかない。入国か出国かわからない検査を終え、広い空港内を走る。

「15時30分発羽田行きLufthansa(ルフトハンザ)機、まもなく搭乗手続きを終了します」

空港内に、アナウンスが流れる。日本語なので、意味がよくわかる。(書かなくてもわかると思いますが、「15時30分発羽田行きLufthansa機」は、ぼくらが乗る飛行機です)

ぼくと山室さん、そして、どこの誰かは知らない人の3人が乗ったら、すぐに「ベルト着用」のサインが出た。

ぎりぎりセーフ!

羽田までは、ひたすら夢の中。いつの間にか飛行機は日本に着いていて、時計は10月30日の午前10時55分。自分の体内時計に訊いてみると、午前11時ぐらい。つまり、体調は万全。

残ったユーロを日本円に換える。係の人と、普通に日本語で会話できるのがうれしい。

そこから、ぼくは新幹線に乗るため品川へ。山室さんはご自宅へ――。つまり、オーシャンズ2の解散の時だ。

ぼくは、言葉にできない感謝の気持ちを、頭を下げることで表す。本当に、ありがとうございました。 

帰りの新幹線から撮った富士山

家に着いたぼくは、旅行中に、溜まった洗濯物を、すぐに洗う。体重を測ると、3.5キロ減っていた。連日、長距離を歩いたためだろう。

家族のみんなは、お土産を喜んでくれたようだ。(グミは、不評だったけれど……)

机の上には、フランスに行ってる間に届いた郵便物が固めておいてあった。  その中には、『指さしフランス語会話』もある。

「………」

本を手に取る。

――持っていっても、たぶん使わなかっただろうな。                

本を見て会話するより、そのときに持ってる会話力で話すほうが、楽しい気がする。そして、もっと楽しむには、やっぱりちゃんと勉強したほうがいいようにも思う。

少しばかりの向上心が芽生えたところで、『指さしフランス語会話』を本棚に片付け、このニース&モナコ取材旅行記を終えることにしよう。
29日のヘルスケア
 ウォーキング+ランニングの距離    5.3km
 歩数    9320歩

30日のヘルスケア
 ウォーキング+ランニングの距離    1.6km
 歩数    2989歩
そして今は、一日に1kmも移動せず、1000歩ぐらいしか歩かない日々……。



〈Fin〉
※この連載は、2018年の「ニース&モナコ取材旅行記」を再構成したものです。

はやみね かおる

小説家

1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。

1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。