自閉症の男の子が突然絵を描きだして世界的なアーティスト・GAKUになるまで

GAKUが自閉症アーティストになるまで #2 描き始めたきっかけとは? アートディレクター・古田ココさんインタビュー 

神奈川県川崎市にあるアトリエにて。左から、自閉症アーティスト・GAKUと、アートディレクターのCocoさん。  画像提供:アイム

アーティスト・GAKUさんは2001年生まれの22歳。どこにでもいるイマドキな男の子に見える彼ですが、実は世界的なアーティスト。

国内外のギャラリーや商業施設での展示会をはじめ、有名ブランドの『レスポートサック』や『ザ・ボディショップ』『ゴディバ』『ダイアナ』などとのコラボ作品も展開し、世界を股にかけて活躍しています。

GAKUさんは、幼少期に自閉症と診断され、4歳から14歳まで、アメリカ・ロサンゼルスで療育生活を過ごしました。重度知的障害と多動症を持ち、現在は5歳程度の英語と、3歳程度の日本語を交えて会話をします。

そんなGAKUさんが自閉症アーティストになるまで。連載2回目では、帰国後、絵を描き始めるまでの軌跡を、パパ・佐藤典雅さんと、アートディレクターのCocoさんに伺いました。

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日本には通わせたい施設がなかった

9年間のアメリカ生活に区切りをつけ、GAKUさん(以下、がっちゃん)が14歳のときに帰国。帰国後、見学に行った福祉施設はどこも閉鎖的で、暗いイメージしかありませんでした。そこで佐藤典雅さん(以下、典雅さん)は、がっちゃんを通わせたいと思える場所をと、自身で福祉施設を作ることに。

典雅さん:全ての子どもが胸を張って「I am!(アイム!)」と宣言できる世の中にしていきたいという思いを込めて、社名を「株式会社アイム」と名付けました。

発達障害児が通う放課後等デイサービス(以下、放課後デイ)を皮切りに、フリースクール「ノーベル高等学院」(現在は休校中)などを次々に創設。がっちゃんも、もちろんこの施設の生徒となりました。

そして、このフリースクールで、がっちゃん16歳のときに、GAKU誕生のキーパーソン・Coco(ココ)さんに出会います。

アートディレクター・Cocoさん。株式会社アイムの本社にて。  写真:コクリコ

典雅さん:Cocoさんは、全身黒のモード服、真っ赤な髪とマニキュアでうちに面接に来たんですよ。福祉の世界にはなかなかない存在感で、これは面白いなと思いましたね。

Cocoさんはというと、「がっちゃんは、社長の息子で、一番の問題児だと聞いていました」と笑って振り返ります。そう、当時のがっちゃんは、スタッフ全員を困らせ、自分の父親が運営する施設なのに“出禁”を命じられるほどでした。

Cocoさん:私は、がっちゃんを一目見て、「なんてキュートな子なんだろう!」「この子とは気が合いそうだな」と感じて。それで典雅さんに、「がっちゃんの専属スタッフにしてほしい!」と名乗り出たんです。

がっちゃん22歳のお祝いの1枚。  画像提供:アイム

インプットする体験をさせたい!

Cocoさん:障害がある子たちは、車で送迎されて一日施設で過ごすというのが一般的です。でもがっちゃんの人生には、椅子に座って勉強する時間は、いくら積み重ねてもあまり意味はないと思いました。同世代の子と同じように外へ出て、たくさんのものを見て、いろいろな体験をさせてあげたいな、って。

そう思い立ったCocoさんは、がっちゃんを含めたノーベル高等学院の生徒を連れて“遠足”という名目で美術館を巡ることに。

そして転機が訪れます。それは川崎市にある岡本太郎美術館を訪れたときの出来事でした。5分と同じ場所に止まっていられない多動症のがっちゃんが、岡本太郎代表作である「傷ましき腕」の前に立ち止まり、じっと作品を見ていたのです。

Cocoさんからこの話を聞いた典雅さんも、「信じられなかった。がっちゃんが1ヵ所に立ち止まっているなんて、それまで見たことがなかったから」と振り返ります。

そして翌日、奇跡が起こるのです。

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