ニース&モナコ取材旅行記 ~オーシャンズ2の冒険~ 第2回
はやみねかおる先生と担当編集が行く珍道中の旅!
2024.11.06
第2回
ぼくは、出不精だ。とにかく、知らない場所に行くのが好きじゃない。観光旅行に行くより、布団の中で夢を見ているほうが向いている人間だ。
どうして、こうも出不精になったのか? 取材旅行記を書いていて、ちらっと考えてみた。
一番の理由は、面倒くさいということだ。
慣れ親しんだ山なら、湧き水の場所もいくつか知ってるし、栗や山芋がある場所もわかっている。しばらくは生活することもできるし、軍隊が山狩りに来ても「ここでは、おれが法律だ!」と戦うことができる。
でも、知らない場所に行くとなると、それなりの準備がいる。この準備をするのが面倒で、嫌いなんだとわかった。しかも、海外となると、近くの公園に遠足に行く数倍の装備が必要になる。
なんといっても、言葉の壁!
フランス語で知ってるのは、「おるぼわある」と「めるしい」。意味は、辞書を調べるのが面倒なのでパス(偉そうに「怪盗クイーン」にフランス語を登場させていますが、書くときには、辞書を調べながら書いてるのが実態です)。
〈解説〉
⇒良い子は知ってると思いますが、「Au revoir(さようなら)」「Merci(ありがとう)」ですね。
英語に関しては、大学1年生のときに取らないといけない英語の単位を4年生になっても取れていなかったことで、使えないのがよくわかる。
――今さら、英語やフランス語を勉強する時間は無いし……。
考えた結果、言葉に関しては、
① 山室さんに頼る。
② 翻訳アプリに頼る。
③ 酔っ払ったら、なんとなく通じる。
この3つで準備完了。
――山室さん、フランス語はわからないと言ってたけど、英語は話せるようだから頼りになる。それに、一人のときは、翻訳アプリを使えばいい。あと、夜になって酒を飲めば、なんとなく言葉が通じるのはドイツで経験済み。
完璧な準備だ! すると、山室さんからメールで連絡があった。
「ニースにいる日本人の方が案内してくれることになりました。ニース大学法学部の学生さんで26歳。『青い鳥文庫小説賞』の最終候補に残られた方です」
ニース大学法学部! 460年ぐらい勉強しても入れないような大学のような気がする(ちなみに、山室さんも法学部です)。
「お名前は?」
「垂水寧太(たるみねいた・仮名)さんです」
ぼくは、心の中の準備ノートに、
④垂水寧太さんに頼る。
を、付け加える。
言葉の壁問題はクリアできたので、次に着替えの準備。まずは、靴下と下着の替え。これだけで、宿泊日分を用意しなければならない。
あとは、服――。シャツ3枚とズボンを2本、用意。それにプラスして、上からコートを羽織ればなんとかなるだろう。これだけで、かなりの荷物だ。心配なのは、気温。10年ほど前に行ったドイツは、やたら寒かったのを思い出す。
――まぁ、寒いのは我慢すればいいか。
荷物が増えるのが嫌なので、防寒をあきらめる(山に入るときは、荷物が増えても、ちゃんと防寒対策をします)。
靴は、いつも履いてる白スニーカー。自転車に乗るとき用に、伸びる靴紐を使ってるのを、普通の靴紐に変える。ここまで用意して、ドイツに行ったときと服装が変わってないことに気づく。すると、山室さんからメールで連絡が入った。
「垂水さんから教えてもらいました。カジノには、ちょっとしたドレスコードがあるそうです。フォーマルっぽく見えるウォーキングシューズなどを用意してください」
「………」
メールを読み終えたぼくは、辞書で「ドレスコード」や「フォーマル」の意味を調べる。よくわからなかったが、ちゃんとした格好をしなければカジノに入れないようだ。
奥さんに相談したら、授賞式やパーティのときに着る服を出してくれた。黒シャツ1枚と黒ジャケット1着、黒ズボン1本、そして革靴とベルトが荷物に加わる。服関係だけで、スーツケースの半分が埋まってしまった。
他の荷物は、仕事用のノート2冊。ペン2本。耳かきに爪切り、爪楊枝数本。スマホの充電ケーブルに変圧器とコンセントのコネクタ。歯ブラシなどの洗面用具。電気カミソリ、仕事用の眼鏡と読書用の眼鏡などなど――。
すぐに使うものは、黒いセカンドバッグに入れた。ヒマラヤ登頂できそうなぐらいの装備を見て、ぼくは満足の笑みを浮かべる。
すると、また山室さんからメールが入った。
「垂水さんから連絡がありました。ニースは日差しがきついのでサングラスがあったほうがいいようです。あと、雨が降りそうなので、折りたたみ傘があれば便利です」
メールには、垂水さんが取材で行く場所の下見までしてくれてることが書かれていた。ぼくは、荷物の中に、垂水さんへのお土産――レトルトカレー4袋と地元のお茶、伸縮式孫の手を入れる。
サングラスは、自転車用のものがあるので、それをスーツケースに入れる。奥さんに折りたたみ傘を出してくれるように言うと、子供たちが使っていて無いと言われた。慌てて、Amazonで注文する。
――あと、持っていくものは……。
部屋を見回し、解説原稿を頼まれている文庫本を、セカンドバッグに入れる。完璧な荷造りに満足していると、机の上に置かれたパスポートが目にとまる。
「………」
ぼくは、神速の動きで、パスポートをセカンドバッグに入れた。ふぅ……。
今回の旅の目的は、二つ。
一つは、もちろん、『怪盗クイーン フランス編』の取材。フランスの空気を感じることで、作品にリアリティを持たせるのがメイン。
もう一つが、ハプニング。
前回のドイツ旅行で、チェコに行く予定が、なぜかドイツのホフという地方都市に行ってしまったことがあった。日は暮れるし、電車の運行も終わってしまう。さぁ、どうしよう……? という状況。
ぼくは野宿の準備をしようかと思っていたのだが、一緒にいた編集者さんがタクシーの運転手さんと交渉し、チェコまで深夜の国境突破! なんとかかんとか、チェコに着くことができた。
講談社としては、こういうハプニングが起こるのを、また期待しているのだ。
――つまり、『はじめてのおつかい』のようなものをやれと?
頭の中では、「ドレミファだいじょーぶ」が響き渡る。
――でも、敏腕編集者の山室さんとニース大学の垂水さんがついてるんだしな……。いくら、ぼくがバカやっても、ハプニングは起こりっこないな。
ぼくは、のほほんと笑い、旅支度を終える。
「おうちに帰るまでが遠足です」という金言がある。つまり、旅というのは、無事に帰ってくるまでが大切なのだ(行きっぱなしなら、それは旅ではなく、家出です……)。
ぼくも山室さんも、無事に帰ってくるというミッションを達成するため、オーシャンズになった。(オーシャンズについては『オーシャンズ11』や『オーシャンズ12』を、ご覧ください。雰囲気はつかんでもらえると思います)
Scene01 10月24日(水曜日) まだ日本にいるのです
朝――。
家を出たぼくは、大きなスーツケースをゴロゴロ引きずり、高速バスに乗る。名古屋駅まで、約2時間。そこから新幹線で1時間少々。品川駅に降りて、駅前のホテルに荷物を預ける。
今日は、まだ飛行機に乗らない。『都会のトム&ソーヤ』の打ち合わせがあるのだ。
14時、ホテルのロビーに現れたのは、美人編集者の磯村さん。そういえば、辣腕編集者の塩見さんから磯村さんに担当が代わり、磯村さんとは初めての打ち合わせではないだろうか?
頭の中で響く「ドレミファだいじょーぶ」のボリュームを落とし、打ち合わせを始める。打ち合わせの内容を、どこまで書いていいのかわからないけど、とにかくテンションの上がる話が続く。
それはもう、「夢を見てるのでは?」「ひょっとして、今日は4月1日?」と思ってしまうぐらい、いい話ばかりだった。これで、元気に出国できると思う反面、「この話がボツになったら……」という不安もあった。
――ボツになったら、立ち直れないな……。
そのときは引退しようと思いながらも、こんないい気分でフランスに行けるのは、とっても幸せだ。磯村さん、ありがとうございます。そして、よろしくお願いします。
24日のヘルスケア
ウォーキング+ランニングの距離 11.7㎞
歩数 1万8710歩
(ちなみに、23日は、
ウォーキング+ランニングの距離 1.5km
歩数 2757歩 )
翌日は、とてもいい天気。ゆっくり寝てるつもりが、いつもどおり5時に目が覚める(年齢のせいか、朝が早くて……)。することもないので、持ってきた文庫本を読んで時間を潰す。でも、やっぱり落ち着かない。
8時半まで我慢して、チェックアウト。大きなスーツケースを引きずりながら品川駅へ。飛行機のマークがついてる乗り場に行き、来た電車に乗る。
東京というところは、時刻表を調べなくても、すぐに電車が来るから便利だ。1本乗り遅れても、数分待てば次の電車が来る。ぼくの住んでる山では、1本乗り遅れたら、1時間か2時間待つのが当たり前だ。最悪、電車が来ないときもある。
羽田空港の国際線ターミナルに着いたのは、9時ごろ。山室さんとの待ち合わせ時間は10時半。
――この間に、待ち合わせ場所を確認しておこう。
確か、山室さんのメールに、待ち合わせ場所は「国際線ターミナルの3階、時計塔前の『富士』」と書かれていた。このときのぼくは、時計塔の近くにある『富士』という和風の店を見つければいいんだと考えていた。
エスカレーターで3階に行くと、すぐ大きな時計が目についた。近くに和風の店はあるけど、『富士』という名前ではない。
つまり、ここは待ち合わせ場所ではない。
――オーシャンズになった今、こんなフェイントに引っかかるわけがない。
ぼくは時計を無視し、たくさんの人であふれる3階フロアを歩く。染めたのではない金色の髪の人、ぼくより黒い肌の人、フランス人形みたいな女の子が走り回り、赤ん坊が泣いている。
――外国人でも、赤ん坊の泣き声は、あんまり違わないんだ。
そんなことを思いながら、フロアを見回す。視界の右と左に、時計塔が一つずつ。その近くに、『富士』という店は無い。
――……。
ぼくは、心の中で自分に言い聞かせる。
――まだ、あわてるような時間じゃない。
わざとゆっくりした足取りで、まずは右の時計塔に向かう。そこにあったのは、「時計塔」と呼ぶ以外には、名前の見つからないもの。
周りを見る。いくつかベンチがあるだけで、「富士」という店は無い。次に、左の時計塔に向かう。そこにあったのは――(以下、3行ほど省略)。
――さて、困った。
「時計塔は、2つあった」
わかったような言葉を呟いても、さっぱり現状が理解できない。おまけに、『富士』は無い。
――この謎は、深い……。
とりあえず、時計塔の近くのベンチに座り、深呼吸。続いて、背中のセカンドバッグから文庫本を取り出し、開く。数ページ読んだら、おもしろくてやめられない。一度読んであるんだけど、そんなの関係なかった。時間の経つのも忘れてしまう――。
というわけで、気がついたら待ち合わせ時間の10分前。ぼくは、文庫本をセカンドバッグに片付け、また深呼吸。謎は解けていない。時間は迫る。
こんなときに、打つ手は一つだ。ぼくは、重いスーツケースをゴロゴロ引きずり移動し、案内所のお姉さんに笑顔で話しかける。
「すみません、時計塔の近くの『富士』という店で待ち合わせを――」
ぼくの関西弁を聞いて、お姉さんは瞬時にわかったのだろう。
「『富士』は、こちらの時計塔です」
お姉さんは、左側の時計を手で示す。その言葉を聞いて、ぼくは理解した。
――2つの時計塔には、それぞれ名前がついている。そして、左側の時計塔の名前が、『富士』。つまり、『富士』は店ではなく時計塔の名前だったのだ!
謎が解けたぼくは、さわやかな笑顔をお姉さんに送り、お礼を言う。お姉さんは、田舎から出てきた無知な山犬には慣れてますという笑顔を、返してくれる。ぼくは、左側の時計塔に行き、ベンチに座る。なぜか、敗北感で、文庫本を開く気にもなれない。
そうこうしているうちに、山室さんの登場! 彼は、自分が登場するまでに、熱い謎解きがあったのに気づいてるのだろうか?
その後、円をユーロに両替。どうして、毎日毎日、ユーロの値段が変わるのかなどというややこしい説明は山室さんに任せ、ぼくは5万円という久々に見る大金を全てユーロに換えた。
〈解説〉
⇒政治や経済の状況など「いろいろな要因」(←ここ大切)で、日々変動しています。この日は、1ユーロ=約135円で両替しました。
そして、手荷物検査。全てをクリアし、搭乗口へ。
「時間があるので、何か飲みましょう」
空港に現れてから、手荷物検査やチケット購入など、全てを軽やかにクリアした山室さんが、爽やかに言った。待ち合わせ場所を見つけるまでに、すでにドロドロの敗北感を味わっていたぼくは、無言で頷く。
でも、コーラを奢ってもらい、元気になりましたとさ。
はやみね かおる
1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。
1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。