「100分de名著」で大反響! 宮崎哲弥さんスペシャルインタビュー後編

『100 万回生きたねこ』と「『100万回生きたねこ』のナゾを解く」について (2/2) 1ページ目に戻る

撮影/市谷明美
すべての画像を見る(全8枚)

絵は言葉にしにくいものを雄弁に伝える

──執筆を通じて『100万回生きたねこ』と向き合い、改めて気づいた作品の魅力とは?

宮崎さん:とにかく、この物語は絵本でなければ成立しなかったという事実を再認識したということです。さっき誤解されることが多いといいましたが、それも絵本ならではなのです。

発達心理学者の鍛治谷静(かじやしずか)さんは「(『100万回生きたねこ』の最後のページには)100万回の生き死にを繰り返したねこであったが『ねこは もう,けっして 生きかえりませんでした』とある。そのページには遠く向こうに人家の見える原っぱに一本の草が伸びている風景が描かれており、読者はなぜねこが生きかえらないのか、ねこのいないページを見つめてひとり黙考せざるを得なくなる。テキストはそれ以上何も語らないからである」〔「100万回生きたねこ(作・絵 佐野洋子):誤読されるテキスト」〕と指摘しています。ここにもし「とらねこは天国で白いねこといつまでもしあわせにくらしました」などという一文があったなら、読者は「とらねこ」はなぜ生き返らなかったのか、を問うことはないでしょう。

描かれた最後の絵の風景には、さわやかさと寂寥感が漂っています。けれどなぜそういう「感じ」を持つのかは、ただちにはわからないのです。なぜ、このラストを一種のハッピーエンドとみきわめてしまうのかもわからない。来世への希望を断てず、存在欲に拘束されたままならば、ハッピーエンディングはあり得ないからです。

絵は実に雄弁なんですよ。テキストにはなりにくいことを、一場の光景だけで実に明確に表現できる。「とらねこ」が解放されたということを、ね。

『『100万回生きたねこ』のナゾを解く』では禅の「十牛図」を引き合いにして説明しましたが、これ以外の読解は論理的にあり得ません。しかしそれがテキストではなく絵によって表現されているため、その正しい理解に読者がなかなか届かないのです。けれど同時に、言葉で十分に言い表すことができなくとも、なんとなくわかる、というのが大勢の気持ちではないかと思われます。それでよいと佐野さんは思っていたような気がします。
──著書を読んだ読者の方からは、どのような反応がありましたか?

宮崎さん:本の中ではほとんど仏教の話をしていないのですが、僧侶の方からの反響が多くありました。人間には、生の有限性(「真の死」と定義)と生の無限性(「輪廻」と定義)という実存のジレンマに苛まれるという根本的な苦しみがある。しかし、それは超えることができるというのが作品の発するメッセージだという私の解釈に、共感していただけたようです。佐野さんは仏教に傾倒していた方ではありませんが、作品が仏教的な心の境地にたどり着いていることにすごいなという思いがあります。

私は子どものころにこの作品に触れて「変な本だな」と思ったわけですが、振り返ってみると、あの時点で言語化はできていなかったものの、感覚的な部分でこの作品の本質に触れていたのだと思います。そして私の生き方や考え方に、何らかの影響を与えてきたのだと。子どもは直感的な把握力があり、また普遍的なものを受け入れやすい。ですから、子どものときにこの作品に触れて、作品が持つ深みを感じる機会があるというのは、人間形成のうえでもとてもいいことだと思います。
撮影/市谷明美
──『100万回生きたねこ』は宮崎さんにとって、どのような作品でしょうか。
宮崎さん:これまで出した本の中で、この『『100万回生きたねこ』のナゾを解く』は、『仏教論争──「縁起」から本質を問う』(ちくま新書)とともに、最も重要な著作だと思っています。
さっきもちょっと述べたように、考えていること以上のことが書けたという思いがある。『100万回生きたねこ』について解題するというのは、長年の夢でしたからね。

──もし佐野さんが生きていらっしゃったら、お話ししてみたいことはありますか?

宮崎さん:先般、NHK Eテレの「100分de名著」でも紹介されたのですが、佐野さんが『100万回生きたねこ』について語っている映像が残っていて、そこで佐野さんは「要するに、このねこはただ1回だけ生きたということなんですね。どんな人も1回しか生きないという非常に平凡なことが大事だということを私はいいたかった。人間はただ1回生きて、もし生きるのであれば、人を愛して死んでいけばそれだけでよいっていう簡単なメッセージだったと思うんですけど」と話しているんですね。「えっ?」という内容でしょう? だけどこれ、『100万回生きたねこ』の真相の一端をわずかに明かしていると思うんです。この発言の意味について、もう少しちゃんと話してみたかった。まあ、不粋ですがね。

ただ、私はすごく尊敬している表現者に実際に会うのはあまり気が進まないのですよ。いろんな意味でね。日本人でいえば、大貫妙子さんとか、坂本龍一さんとかね。会わないほうがよい、会わなくてよかったと思っている。佐野さんもそういう人ですね。
撮影/市谷明美
100万回生きたねこ

100万回生きたねこ

佐野 洋子(作・絵)

発売日:1977/10/20

価格:定価:本体1500円(税別)

『100万回生きたねこ』50周年記念インタビュー

この記事の画像をもっと見る(8枚)

前へ

2/2

次へ

25 件
宮崎 哲弥
みやざき てつや

宮崎 哲弥

Tetsuya Miyazaki
評論家

1962年、福岡県久留米市生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒業。テレビ、ラジオ、書籍、雑誌などで政治哲学、仏教思想、生命倫理、SF批評、サブカルチャー分析を主軸とした評論活動を行っている。著書は『教養としての上級語彙 知的人生のための500語』(新潮社)、『いまこそ「小松左京」を読み直す』(NHK出版新書)、『仏教論争 「縁起」から本質を問う』(ちくま新書)など多数。共著に『ごまかさない仏教 仏・法・僧から問い直す』(新潮社)などがある。2020年に第51回星雲賞(ノンフィクション部門)を受賞。 中央大学非常勤講師、京都産業大学客員教授を経て、相愛大学客員教授。

1962年、福岡県久留米市生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒業。テレビ、ラジオ、書籍、雑誌などで政治哲学、仏教思想、生命倫理、SF批評、サブカルチャー分析を主軸とした評論活動を行っている。著書は『教養としての上級語彙 知的人生のための500語』(新潮社)、『いまこそ「小松左京」を読み直す』(NHK出版新書)、『仏教論争 「縁起」から本質を問う』(ちくま新書)など多数。共著に『ごまかさない仏教 仏・法・僧から問い直す』(新潮社)などがある。2020年に第51回星雲賞(ノンフィクション部門)を受賞。 中央大学非常勤講師、京都産業大学客員教授を経て、相愛大学客員教授。