
さかなクンと養老先生と発見!震災から2年の能登の海はどう変わった?小学生のダンゴムシ博士が探究
MOVEラボ研究員の小学生ダンゴムシ博士リコがレポート!【第3回】 (2/2) 1ページ目に戻る
2026.10.15
養老先生とさかなクンによるトークセッション
午後の部は養老孟司先生が登場し、さかなクンとの『虫とお魚は地震の後どうしたの?』という題のトークセッションが行われました。
能登半島地震の後、虫と魚はどうなったのかお二人に聞くと、さかなクンは、土地が隆起したことで新たな段差や障壁ができ、魚たちが困っていると答えていました。
一方、養老先生は少し違った見方をされていました。地震で人間の活動は止まったが、虫たちにとっては地震は何億年もの間で何度も経験してきたことだ、と。むしろ、虫にとっては人間の活動で環境が変わることとの方が大きな問題だったのではないかというものでした。

地震に備えるために何をしたらよいのか?
次に、地震に備えるために何をしたらよいのか教えていただきました。
養老先生は、地震への備えには「覚悟」が必要だとおっしゃいました。心の準備ができていることが大事で、何か起こるたびに慌てて驚いていても仕方がないということでした。私はこの言葉を聞いて、何かが起こる可能性を考え、心の準備をしておくことも大切なのだと思いました。さかなクンが「覚悟」を「カクギョ」と言い、会場が和やかな雰囲気になりました。
さかなクン探究隊員による質問タイム!
そして、質問タイムがとられました。
中でも心に残ったのは、「おいしい能登の魚は何ですか」という質問へのお二人の答えでした。
さかなクンは、タラのちり鍋がおいしいとおっしゃいました。ただ魚そのものだけでなく、その季節や一緒に食べる人によっても「うまい!」と感じるのだそうです。
養老先生は、フグが好きだとおっしゃいました。おいしいことはもちろん、昔から「なぜ膨らむのか」が不思議だったそうです。
中でも心に残ったのは、「おいしい能登の魚は何ですか」という質問へのお二人の答えでした。
さかなクンは、タラのちり鍋がおいしいとおっしゃいました。ただ魚そのものだけでなく、その季節や一緒に食べる人によっても「うまい!」と感じるのだそうです。
養老先生は、フグが好きだとおっしゃいました。おいしいことはもちろん、昔から「なぜ膨らむのか」が不思議だったそうです。
一般的には、フグは敵に襲われたとき、食べられないようにしたり威嚇したりするために膨らむという説があります。しかし養老先生は、「フグには毒があるので、ほかの魚と間違えて食べられないよう、膨らんでフグだと教えているのではないか。世のため人のためだ」と独自の考えを話されました。
私も「食べられないように膨らむ」という説明をそのまま信じていましたが、養老先生のように、当たり前だと思っていることにも「本当にそうなのかな?」と疑問を持ち、自分なりに考えてみるのもおもしろいと思いました。
私も「食べられないように膨らむ」という説明をそのまま信じていましたが、養老先生のように、当たり前だと思っていることにも「本当にそうなのかな?」と疑問を持ち、自分なりに考えてみるのもおもしろいと思いました。

最後に、山や海を守るためには何ができるのか、お二人の考えを聞かせていただきました。
さかなクンは、「わからない」と思ったら、まず聞いて、考えて、知ることが大事だとおっしゃいました。そして、私たちがこれ以上環境を壊してはならないという気持ちを持つことが大切なのだそうです。
養老先生は、思い込みをせず、周りをよく見ること、そして体力も大事だとおっしゃいました。
この「思い込みをせず、周りをよく見る」という話は、養老先生が話されていた「多様性」についての話にもつながっているように感じました。
養老先生は、多様性は言葉にしてしまうと、それだけでは本当の「多様性」にはならないとおっしゃいました。言葉から入るのと、実際のものを見てイメージから入るのとでは違い、虫の世界でも魚の世界でも一匹一匹に個体差があること、そして、それを実際に体験することで、初めて本当の意味で「多様性」という言葉が使えるのだと話されました。
この話を聞いて、以前、養老先生の昆虫標本を見たときのことを思い出しました。同じ種類の虫が、何十匹、何百匹もいるのではないかと思うほどずらりと並んでいて、その光景は圧巻でした。私はそれを見たとき、とても感動しました。今思うと「同じ種類」という一つの言葉だけでは表せない違いが、目の前にたくさん並び、多様さを感じられたからなのかもしれません。
養老先生のお話は、私には少し難しく、聞いただけですぐにすべてを理解できたわけではありません。でも、こういうことを言っているのかな?と、聞いた言葉を思い返しながら、いろいろと自分なりに考えました。
私は、言葉をたくさん覚えて語彙力が上がれば、今まで説明できなかったことも、よりくわしく伝えられると思っています。けれど、どれだけたくさんの言葉を知っていても、やはり言葉は言葉です。目の前にあるものや、自分が見たり感じたりしたことのすべてを、言葉だけで説明するのは難しいと思います。
この話を考えているうちに、以前、鎌倉の建長寺にある養老先生の「虫塚」を見に行ったときのことを思い出しました。虫塚は、人間によって命を奪われてきたたくさんの虫たちを供養し、そのことを忘れないためにつくられたものです。
私は虫塚に刻まれた文章の中でも、「塚にしたのは、すべてを言葉にすることはできないからです」という言葉が強く心に残っています。
私は、虫塚に込められた考えと、今回聞いた「多様性を言葉だけで分かったことにしない」という話は、少し似ていると感じました。
最後にさかなクンから養老先生へ、虫の名前がついた魚(ゲンゴロウブナ・カマキリ・チョウチョウウオ・ハチなど)のイラストを渡して、トークセッションは終わりました。
さかなクンは、「わからない」と思ったら、まず聞いて、考えて、知ることが大事だとおっしゃいました。そして、私たちがこれ以上環境を壊してはならないという気持ちを持つことが大切なのだそうです。
養老先生は、思い込みをせず、周りをよく見ること、そして体力も大事だとおっしゃいました。
この「思い込みをせず、周りをよく見る」という話は、養老先生が話されていた「多様性」についての話にもつながっているように感じました。
養老先生は、多様性は言葉にしてしまうと、それだけでは本当の「多様性」にはならないとおっしゃいました。言葉から入るのと、実際のものを見てイメージから入るのとでは違い、虫の世界でも魚の世界でも一匹一匹に個体差があること、そして、それを実際に体験することで、初めて本当の意味で「多様性」という言葉が使えるのだと話されました。
この話を聞いて、以前、養老先生の昆虫標本を見たときのことを思い出しました。同じ種類の虫が、何十匹、何百匹もいるのではないかと思うほどずらりと並んでいて、その光景は圧巻でした。私はそれを見たとき、とても感動しました。今思うと「同じ種類」という一つの言葉だけでは表せない違いが、目の前にたくさん並び、多様さを感じられたからなのかもしれません。
養老先生のお話は、私には少し難しく、聞いただけですぐにすべてを理解できたわけではありません。でも、こういうことを言っているのかな?と、聞いた言葉を思い返しながら、いろいろと自分なりに考えました。
私は、言葉をたくさん覚えて語彙力が上がれば、今まで説明できなかったことも、よりくわしく伝えられると思っています。けれど、どれだけたくさんの言葉を知っていても、やはり言葉は言葉です。目の前にあるものや、自分が見たり感じたりしたことのすべてを、言葉だけで説明するのは難しいと思います。
この話を考えているうちに、以前、鎌倉の建長寺にある養老先生の「虫塚」を見に行ったときのことを思い出しました。虫塚は、人間によって命を奪われてきたたくさんの虫たちを供養し、そのことを忘れないためにつくられたものです。
私は虫塚に刻まれた文章の中でも、「塚にしたのは、すべてを言葉にすることはできないからです」という言葉が強く心に残っています。
私は、虫塚に込められた考えと、今回聞いた「多様性を言葉だけで分かったことにしない」という話は、少し似ていると感じました。
最後にさかなクンから養老先生へ、虫の名前がついた魚(ゲンゴロウブナ・カマキリ・チョウチョウウオ・ハチなど)のイラストを渡して、トークセッションは終わりました。
虫と魚のコラボイラストが良すぎて私も欲しかったです!
今回は、養老先生も加わった、とても貴重な探究隊でした。
今回は、養老先生も加わった、とても貴重な探究隊でした。

特に心に残ったのは、能登の自然やカワヤツメの話、そして自分の目で見て、自分で考えることの大切さです。今回のお話を聞いて、今まで自分が見たり体験したりしてきたことと、いろいろな点がつながったように感じました。
いつか実際に能登へ行って、自分の目でその自然や里海を見てみたいです。そして、能登のおいしい魚も食べてみたいと思いました。
いつか実際に能登へ行って、自分の目でその自然や里海を見てみたいです。そして、能登のおいしい魚も食べてみたいと思いました。












