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【中学受験】まさかの「出願ミス」体験 親の失敗と挽回策を大公開
完走済み保護者に聞く 今だから語れる中受親のホントの本音 『中学受験伴走力』#2 (2/3) 1ページ目に戻る
2026.08.27
教育ジャーナリスト:佐野 倫子
「この子には、他に合う道がある」と信じた母の誤算
──まず、中学受験を考えたきっかけから教えてください。
Bさん:息子は小学校受験をして、私立小学校へ入学しました。なんとか第3志望に合格をいただき、そのまま内部進学していくものだと思っていたんです。
でも、小学校へ入って数年すると、少しずつ性格が見えてきました。この子は、コツコツ積み上げるタイプではない。好きなことには夢中になるけれど、興味がないと本当にやらないのです。
そんな姿を見ているうちに、「この子は内申を積み重ねて進路を決めるタイプではないかもしれない」と思うようになりました。
──お子さんが通っていた小学校は大学まで内部進学ができますが、外部大学受験を見据えて、小学校低学年で、そこまで考えていたということですか?
Bさん:そうですね。その小学校には魅力はたくさんありました。でも、このまま同じ環境にいるより、一度外へ出て、自分で進路を選ぶ経験をしたほうが、この子には合っているんじゃないかと思ったんです。
親としては勇気がいる決断でしたけれど、中学受験を選ぶことにしました。
そこで3年生のときに住んでいる公立の小学校に転校しました。子育てで一番大きな決断でしたね。
「親なら、子どもをもっといい方向へ導ける」と思っていた
──受験勉強が始まってからは、どんな伴走をされていましたか。
Bさん:かなり熱心だったと思います。私は専業主婦で、子育ても「できることは全部やろう」というタイプでした。幼いころから習い事もたくさん経験させましたし、勉強の計画もものすごく真剣に考えていました。
そもそも私は自分で計画的に勉強をするタイプだったので、「私だったらこう勉強する」「私だったらこう進める」そんなふうに、自分の経験を重ねながら伴走していました。
ちなみに息子への未就学児前からの習い事、小学校受験の塾代、中学受験の塾代や課金などすべて含めると高級外車1台分ぐらいは使ってきたと思います。
具体的には、未就学児は勉強以外の習い事と小学受験対策塾へ。低学年は公文や算数専門塾、小2からは大手塾の算数単科、新4年生からは大手塾に通いました。
そのほかに、小3から算数の家庭教師、6年生ではオンデマンドで解説が見られる教材と、社会のオンライン家庭教師もつけていました。また、私のメンタル維持のために、伴走の相談相手の先生も別でお願いしていました。
──それは……! 大変な量をこなされてきましたね……!? 私の出会った方で過去イチかもしれません!
Bさん:息子は小さいころから基本的に毎日、習い事や塾に通わせていました。もちろん全部子どものためと思っていました。少しでも可能性を広げてあげたい、後悔させたくない……。そんな思いばかりでした。
でも今振り返ると間違いなく、オーバーワークだった。息子は少しずつ疲労がたまっていっていたのだと思います。
──息子さんの成績は、5年生の時点で四谷大塚偏差値65をキープしていたと言いますが、そのあと「大ブレーキ」がかかってしまったとのこと。予兆はありましたか?
Bさん:ありました(涙)。私立小に通っていたころは、地元に友達がいなかったので、放課後は塾や習い事にいくのが当たり前でしたが、公立小に通うと、放課後に近所のおともだちと遊ぶ楽しさを知ってしまい……。
それまでの反動でしょうか、糸が切れたように勉強しなくなってしまったんです。
そして5年生の夏に息子は反抗期に突入。宿題やテスト勉強を全くしなくなってしまいました。塾にはかろうじて通っていましたが、「遊びたい」「なんで自分ばっかり勉強するんだ」と。
それでも、算数を先取りで勉強をしていたので、それが偏差値をけん引してくれて、6年生のはじめまでは四谷大塚偏差値60を保っていました。でも6年生の夏前、それが急落して一気に50を切るような状況になってしまったのです。
──それはさぞ心配されたことと思います。ご本人はどのように捉えていらっしゃいましたか?
Bさん:息子にもプライドがあり、50を切った偏差値を受け入れられないようでした。でも勉強は相変わらず身が入らなくて。
それまで先生に「開成だ」「渋幕だ」と言われていたので悔しい気持ちもありましたが、とにかく現状の偏差値で可能性のある学校を見つけよう! と、6年夏ぐらいから必死でいろんな学校を見に行きました。
その中のひとつに息子を連れていったところ、広々として設備が素晴らしい共学校を気に入ってくれて、ほんの少し風向きが変わってきたんです。
──目標が見えて、姿勢に変化があったということですよね! よかったです!
Bさん:いや、それがさらに波乱がありまして(笑)。その学校の模試を9月に受けたところ、まったくかすりもしない点数で。それを見てさすがにこの時期に20%未満、とくに苦手の国語が最下位に近い点数で、テストの相性がよくなく諦めました。
そこからまた学校をたくさん見に行って、過去問を解き、ようやく第1志望が定まったのが11月。第1志望にした学校のテストの相性はよかったので、これなら合格するだろうと、内心私は少しほっとしていました。
そこからは少し勉強にも身が入ってきて、「ああ、ようやく歯車がかみ合った!」と思ったのですが……。


































