【連載】受験精が来た! 第1話 第5回 青い鳥文庫小説賞 銀賞受賞作

第1話 作:真田 涼 画:ねぎまぷりん(全6回)

真田 涼

面白くて役立つ中学受験情報が満載の感動作! 第5回 青い鳥文庫銀賞受賞作が期待の新連載!!

真田涼/著  ねぎまぷりん/絵 
登場人物紹介
遠山希望(とおやまのぞみ) 小学六年生の主人公。名門・白金学園白金中学の合格を目指す。
受験精(じゅけんせい) 受験の妖精?本名は駒場開(こまばかい)。希望の受験プロデューサー
桜麗華(さくられいか) 希望の天敵。幼いころから白金学園白金中学の合格を目指している
大平颯太(おおひらそうた) 希望の隣に住んでいる同級生の幼なじみ。
麻田(あさだ)くん 優しくて成績優秀な学校一のイケメン。希望と麗華の憧れの男子

1.中学受験するって決めた!

小説にでてきた中学受験のテクニックや現役東大生のアンケートをもとにした情報をコラム形式で徹底紹介!
 春だ!
 ぽかぽかと暖かくて、あたし──遠山希望(とおやまのぞみ)のいちばん好きな季節。
 満開で桜が咲いている。元気はつらつ、小学六年生の春。
(はー……ホントいい天気。こんな中を歩きたいな……麻田(あさだ)くんと。今はできなくても、中学生になったら、いっしょに──。)
 麻田くんは校内一のイケメン。そのうえ頭も良くて、優しくて……。

 と!? ボールが飛んでくる!
「うわ!」
 よろめきつつ、すかさずパンチングで返す。
「ナイスセーブ、希望!」
 にやにや笑って立っているのは、幼なじみの大平颯太(おおひらそうた)だ。
「いきなり、何すんのよ!」
「いや、おまえが心の声をだだもれにして歩いてるから、ちょっとな。」
「え!? あたし、声に出してた!?」
「ああ、思いっきりな。麻田と桜の下を歩きたーいって。」
「うそ……勝手に立ち聞きしないでよ!」
「いや、あんだけでかい声出してりゃ聞こうとしなくたって、耳に入っちゃうって!」

 颯太とは、家が隣どうし。
 昔は同じ幼稚園に通っていて、いっしょのサッカーチームにも入っていた。
 四年生のときにあたしはチアダンスのほうに集中したくなってやめちゃったけど、颯太は相変わらず続けていて、けっこううまいらしく、ユースからも声がかかっているみたい。
 いつもにぎやかで、なぜかクラスの中でも、こいつのことが好きって子もいる。

「麻田クーン、好き好きぃ♡」
「うるさい、ちび!」
「! 背のことを言うんじゃねえ! ブス!」
「このーーっ!」
 颯太を追いかけて走ろうとした、そのとき。
「ヒマ人はいいわねぇー。」
 げ。向こうにいるのは、天敵の桜麗華(さくられいか)。
 背が高いからただでさえエラそうなのに、きょうは特に見くだした、いやな感じだ。

「ほんと、うらやましいわあ。こっちは、宿題でクタクタなのに。」
 いつもどおりゆるめに髪を巻いて、ぜんぜんクタクタそうに見えないけどね! その意味のない、斜めモデル立ちもやめて! だいたいエラそうに言うけどさ。
「あんた、まだ春休みの宿題、やってないの!? あたし、とっくにやったよ! 漢字の書きとりも、計算ドリルもね!」
「お、おまえも写したのか。写すだけでもけっこう、めんどくせーんだよな!」
「颯太はだまってて! ややこしくなるから。」
とあたしが言うと麗華は、はあーっと三十秒以上ため息をついて(すごい肺活量)、
「あんたたちといっしょにしないで! こっちが言ってるのは、塾の宿題! 学校の宿題なんかやってるヒマないの。毎日講習で、大量の宿題が出てるんだから!」
「学校と塾の両方か。恐ろしい……。」
「学校のほうは、ママが私の字をまねて答えを写しているけどね。」
「それって、ズルじゃん!」
「ママが学校の宿題はやらなくていいから、塾の宿題を優先しなさいって言ってるの!」

 麗華とそっくりの、巻き髪ママなら言いそうだ。
「あんた、さっき麻田くんと来年桜の下を歩きたいなんて、身のほど知らずなこと言ってたけどね。それ、無理だから。ぜったい。」
「何で決めつけんのさ! わかんないじゃん。」
「わかるわ。だって、来年麻田くんは、私と同じ『白白(しろしろ)』に通って、桜並木で肩を並べて歩くんだもの。」
 ゆるやかに首を振って、麗華が髪をかき上げる。
 悔しいけれど、いいにおいがする。
「しろしろ? ああ……あの食べると自分の体が城になっちゃう……?」
「希望、そいつは、ONE PIECEに出てくる悪魔の実だ!」
「レベルが違いすぎて、疲れるわ。白白は、白金学園白金中学(しろがねがくえんしろがねちゅうがく)の略。男女共学の、超人気私立中学よ! 麻田くんも私も、そこが第一志望なの。来年の春は二人ともめでたく合格する予定だから、そうしたら桜並木で肩を並べて歩くのは、わ・た・し・た・ち、よ。」

 びゅうっと、風が通りぬけた。
 桜吹雪が舞いちる。
 え!? 麗華と麻田くんが同じ学校に?
「私、麻田くんと春休み中も、ずーっといっしょだったから。超エリート塾・サファイアの講習でね。……麻田くんはいちばん成績上位のクラスだから、教室は違ったけど。でも予定では、この後私も成績が上がるから、来年の春には私たちはいっしょよ!」
 いっしょよ、いっしょよ、いっしょよ……
 耳の奥で、言葉がずっとリピートしている。
 そ、そんな……!

「おい、希望? 希望さーん……!」
(……はい!?)
「おまえ、魂抜けてたぞ。ま、オレたちも帰ろうぜ……。」
「颯太! 『しろしろ』って、どうやったら行けるの?」
「へ? そりゃあ、中学受験って言ってたから、塾とか行って試験とか受けんじゃね?」
「そうか。塾ね。わかった。あたしも受ける。受験して、白白に行く!」
「ええっ!?」
 四月、満開の桜。
 花吹雪の中で、あたしは中学受験するって、とりあえず決めた!

「ただいま!」
 午後三時。
 家に帰る前に店に顔を出すと、いつものとおり父さんが開店準備の真っ最中だった。
「おう、希望、お帰り! りょうちゃん、お姉ちゃん、帰ってきたよ。」
 お醬油とお味噌が混じった、いいにおいがする。
 うちは、焼き鳥屋。まあまあの人気店だ。
「お帰り、希望。おやつにメロンパンあるよ!」
 うちは調理担当の父とホール担当の母と、そして三歳の弟・りょうちゃん、それにばあばの五人家族。
 お店から歩いて三分のところに、自宅があるんだけど、学校から帰ってきたら、店に一回顔を出すのが決まり。
 うちの店には母さんの趣味と、お客さんが置いていった漫画が大量に置いてある。
「鬼滅の刃」「東京卍リベンジャーズ」「呪術廻戦」「進撃の巨人」といったメジャーなものから「今日から俺は!!」「GTO」……ちょっとなつかしのヤンキーものまで、あたしもヒマなとき、ちょくちょく読んでいる。

 父さんが、母さんに圧をかけられている。
「きょうは平日だけど百十円を五十本、百二十円を百十本、百三十円を四十本、合計二百本行くよ!」
「けっこうきついな!」
 たしかにハードル高いね。
 合計二百本か。
 全部が真ん中の百二十円だったとして、二万四千円。
 で、安いほうの百十円が五十本と、高いほうの百三十円が四十本で、百十円が十本多い。
 だから、十円×十本で百円分、二万四千円から引いて二万三千九百円か……いいじゃん! がんばって、父さん!
 機嫌よく家に帰ったあたしは、ランドセルを放りなげたところで、重要な用事を思いだした。

 そうだ! 白白だ!
 とにかくまずは麻田くんと麗華が行ってる塾を調べなきゃ!
(えっとなんだっけ、宝石みたいな名前の……あった!)
 パソコンで調べると、麗華が言ってた塾のサファイアは、急行が止まる駅の徒歩一分のところにあった。

 ……ということで、とりあえず来ちゃったけど。
 まだ塾が始まる時間には間があるみたいで、建物はしんとしている。
 あたしはいちばん優しそうなお姉さんの電話が終わるのを待って、声をかけた。
「すみません! えっと……入りたいんですけど、ここに!」
「今、何年生かしら? 六年? そう、では入塾テストが来週あるから、おうちの人と相談してWebで申し込んでね。入塾テストは四千円+消費税です。」
 え? 入塾テスト? 塾に通うのに試験があるの?
 おまけに四千円? 高!
 あたしはため息をつきながら家に帰った。

「ただいまぁー。」
 ばあばが、りょうちゃんとテレビを見ながらレンジャーごっこを夢中でしている。
「許さんぞ、レンジャー! おかえり、希望!」
「そっちこそ許さんぞ、レンジャー!」
 あたしは力なく階段を上がり、自分の部屋に入った。
 はああ……。窓を開けて月を見る。
 ぼんやり白い月が、静かな麻田くんの笑顔に見える。
 すると見ているうちに黒い雲がたなびいてきて、月をかくしていく。
(ひひひひひひ……。)
 雲は形を変え、麗華の姿になった。

「わあああっ!?」
「おい……どうした!」
 ガラッと向かいの家の窓が開いて、颯太が顔を出した。
 あたしの部屋と颯太の部屋は真向かいにある。
 距離は二メートルも離れていない。
「何かあったか、希望!?」
「……何でもないよ……。」
「うそだろ! おまえ絶叫してたぞ!」
「マジで? ごめん……。」
「まったく……何にもないんならいいけどさ。」
 窓の向こうの壁に、あたしが昔書いた画用紙が貼ってあるのが見えた。

〝がんばれ、そうた! 自心をもって!!〟
 と書かれている。
「……それ、まだ貼ってあるんだ。」
 この画用紙は小学校二年のときに、あたしが颯太に書いた応援メッセージだ。
「自信」の字がまちがっているのに颯太が気づいて、あたしをからかうために、わざとあたしの部屋から見えるように貼ったものだ。
 ひさしぶりに見たけど、さんざん日に焼けて紙の色が黄色くなっている。
 颯太にバカにされ続けたのが悔しくて、がんばったおかげで漢字は得意になってしまった。
「ま、何でもないならいいや。オレは今からテレビでサッカー見るから。」
 颯太がテレビをつけるとCMが流れた。
「鉄の頭を柔らかくする! 万能研(ばんのうけん)・無料全国模試! 来週開催!!」
「ん!? ……むりょう?」
「どした? 希望?」
 無料……タダだって!?
 これならだれにも迷惑かけない。しかも成績優秀者は、入塾費なし。
 あたしは急いでパソコンがある部屋に行って、万能研に申しこんだ!

 一週間たった。
 きょうは土曜日。ネットに結果がアップされる日だ。家に帰る足が重い。
 一週間前の日曜日、友だちと遊びに行くってうそついて(だって照れくさかったし)受けた万能研のテストは、頭に血が上っているうちに終わった。
 ちなみにあたしは学校の成績は中より気持ち上だ。
 でもそんなあたしが、出だしの算数から大パニック。
 大問一の問三の分数で何回やっても答えが合わなくて、そこから頭に血が上っちゃった。
 国語の物語は女の子が主人公の話でおもしろかったんだけど、説明文?が、見たこともないような文章で、ちんぷんかんぷん。
 理科と社会は学校でも苦手なくらいだから、まったくダメ。わからなすぎて、時間があまっちゃった。

 ああ……。結果は気になるけど見るのがこわいよ!
 家のパソコンをつける。
 お願い! どうかいい成績でありますように!!
 偏差値が出た!
 国語50・算数42・理科35・社会33。総合偏差値40。
 平均より、かなり下! 八千五百人中七千百四十位。
 ちなみに、白白の偏差値は……71!
 終わった。
 あたしの中学受験はこうして始まってもないけど、終わりました(泣)。

2.救世主が来た!?

 ああ……。偏差値71だって。
 何、それ? 71とかありえないし。
 偏差値っていうのは平均の位置にいる人を偏差値50として、人数の分布によって数字が決まってくる。ちなみにネットで調べたら偏差値71っていうのは、五十六人に一人の割合だ。

 晩ご飯を食べて風呂上がり。あたしはテレビでYouTubeを見るのも早々に切りあげて、自分の部屋に戻った。
 ばあばとりょうちゃんは、にぎやかにレンジャーバトルをしている。
(いいね、子どもと老人は悩みがなくて……。)

 はあーーーーーっ……。
 ため息しか出てこない。
 こんなんじゃ白白なんか受かりっこない。
 だいたい塾に通うにもお金がないし。
 椅子にすわって、思いっきり天井に向かって叫ぶ。

「お願い、神様! あたし、麻田くんと同じ白白に行きたい! あんまり努力しないで、しかも無料で行きたいんです! 何とかしてください、神様──!」
 ん?
 うーんと伸びをしてそっくり返ったあたしの視界に、何かが入る。

「?」
「??」
「?? ?? ?? !! !! !!」
 部屋の中なのに、若い男が立ってる。
 年齢は高校生くらい? 背はあたしよりちょっと高いくらい。
 ダッフルコートにリュック、髪はふわっとしたくせ毛。
 色白で、よく見ると、けっこうイケメン……。
「ども。呼ばれたから出てきた。」
「う、うわああああ!」
 あたしは思いっきりひっくり返った。
イラスト ねぎまぷりん
「な、な。誰? いきなり人の部屋に? へ、変質者!?」
「落ちつけ!」
 男が口をふさいできた。
(んー、んー、)口をふさがれて息苦しい……あれ、苦しくない?
 っていうか、この人の手、あたしの体をすり抜けている?
 よく見ると、男の肌は白く、そして透きとおっている。
 この人……普通の人間じゃない!

「お、お化け! よ、妖怪? 逆に、変態よりヤバいんだけど!」
「ひどいな。呼ばれたから出てきたのに。」
「え?」
「ま、好きなように呼べばいいけど。神様はダメね。あれは菅原道真公(すがわらみちざねこう)だから。」
 男はそのまま、ぐいとあたしに指を突きつける。
「アンタ、受験で合格したいんだって? 見たところ、参考書の類いも一冊もねえし、あんまり賢そうな顔もしていないな。そうかといって、そこまでかわいい顔でもない……ま、顔はどうでもいいんだが、体力がありそうなのが救いか。」
 人がぽかんとしているのをいいことに、言いたい放題。

「あんた、いったい何者なの!?」
「オレの生きていたときの名前は、駒場開(こまばかい)。受験の妖精……長いな、受験精(じゅけんせい)だ。おまえを志望校に合格させてやる。ただし、まったく努力しないのはさすがに無理だ。最小の努力で受からせてやる。いいな。」
「受験精?」
「うん、受験精。」
「だじゃれ?」
「う、うるさーい!」
 気のせいか、色白の受験精?の顔が赤くなる。

「おまえが何とかしてください、って言うから出てきたんじゃないか! だいたい……。」
 そのとき。ガチャっとドアが開いて、ばあばが飛びこんできた。
「希望、助けて! りょうレンジャーが攻めてくる!」
(ヤバい! 受験精を見たら、ばあばが心臓発作を起こすかも!?)
 あわてて後ろを振りむくと、受験精はのんきにニコニコ笑って立っている。
「え!?」
(かくれて! どっか、本棚の脇とか! どこでもいいからかくれて!)
 あわてふためくあたしに向かって受験精は、ピースをすると、しゅっと煙のように消えていった。

(あれは何だったんだろう……?)
 学校から帰ってきたあたしはきのうの不思議な男のことを思い出した。
 きっと寝ぼけてたんだ。それにしても。
 やっぱり行けるんなら行きたいよなあ、麻田くんと同じ学校。
「白白に行きたい。行きたーいっ! なんてね。」
「ほら、やっぱ行きたいんじゃん!」
 ん? 声?
「ったく、白白に行きたいんだろ!」
 ダッフルコート、リュック、くせ毛……で、出た!

「うわあ!」
「おまえが呼んだんだろう!」
 透きとおった体で立っている男。
「じゅ、じゅ、受験精!? 幻じゃなかったの?」
「あ? 人がくつろいでたら、大きな声出しやがって。」
 また心の声がだだもれてしまったみたい。
「まあいいや。二回も呼びだすなんて、おまえの白白に行きたい気持ちはそうとう強いみたいだな。行かせてやるよ、白白。まずは現状分析からだ。」
 受験精は、リュックからスマホを取り出した。
 そして器用にスマホを操ると、あたしの万能研の成績を取り出した。
 じーっと目を通す、受験精。
「うむ……ん? うーん……ああ……はあ……そうか……。」
 険しい表情の受験精。

「ぜんぜんダメ。」
「やっぱり……。」
「と言いたいところだが、そうとも言いきれないかも。」
「え!?」
「まずおまえの四科目偏差値40は、白白の目標偏差値71にくらべると、30ポイント以上差がある。六年のこの時期にこれだけ差があれば、絶望的だ。だが救いは国算に比べて、理社がとくに悪くて足を引っぱっていることだ。国語は平均を取れている。これは大きいぞ。」
 ホントに?

「国語はすべての基本だ。よく中学受験では、算数が決め手と言われている。みんなも算数にはたっぷり時間をさいて、そのあとは理科と社会に時間を回す。国語は、何となく意味が理解できるような気がして、どうしても後回しになりがちだ。」
 たしかにほかの三科目に比べると、ぜんぜんわからないということはないかも。
「おまえのいいところは、けっこうあるぞ。まず漢字がわかっている。」
「え? でも十問中半分も、まちがっているよ?」
 漢字は十問出ていて、そのうち書きの五問中の四問をまちがえている。読みは一問まちがいだ。
「漢字だが書こうとした字は合っている。ただほら、ここは『期待』の『待』の字の右半分の『寺』の部分がきちんとはねていない。」
「あれ? いつもはねてるんだけど? あ、ほらよく見てよ! ここ、はねたつもりなんだけど?」
 受験精はすうーっと深く息を吸うと、
「ふっざけんな──!」
と叫んだ。

「いいか、中学入試における漢字は、見せびらかし、だ。はねたつもり、はらったつもり、点打ったつもりは、厳禁だ。そうだな、フィギュアスケートで審査員に見せていると思え。見て見て! あたし、はねてますよ! ほら今あたし、パシッと点をうちましたよ、だからここ、ポイント入れてくださいねっ、とな!」
 軽やかにくるくると回転しながら受験精が絶叫する。

 でもたしかに言われてみると、『賃借』の『賃』の貝の部分もかすれて一本なんだか二本なんだかはっきりしない気もする……。
「読みのほうだが、この問題は、作問者が百点を取らせないために誰も読めないようなむずかしい字を出している。だから漢字は十点満点ではなく、九点満点だ。」

 受験精のチェックは、まだ続く。
「あとおまえ、意外にむずかしい言葉を知っているな。おとなの言葉づかいに慣れている。これも強みだ。」
 たしかに家が店をやっているから、店の常連のおじちゃんたちやばあばともよく話している。
「おまえ、本は読むか?」
「えっ? 本はまあぜんぜん読まないことはないけど、どっちかというと漫画を読んでるかな。店にいっぱい漫画があるから、あそこにあるやつはだいたい読んだよ……。」

「何! 漫画!?」
 漫画じゃダメだよね? 漫画なんかやめて、どんどん本を読めって言うよね……。
「いいぞ! あそこにある何百冊という漫画を読んでるんだ! だから言葉を知っているのか。今の少年誌は、『鬼滅の刃』『東京卍リベンジャーズ』をはじめ、おとなが読んでも読みごたえがあるからな……。」
 たしかに。うちの両親も読んでいる。
「ま、きょうからは小説も読め。小説には、状況設定やキャラを自分で自由に想像できるおもしろさがある。そうか、あの大量の漫画を読んでるのか。こいつはポイント高いな。」
 何だか調子がくるう。今のところ、あんまり怒られてない。
 って言うか、むしろちょっとほめられてる?

「国語の文章は二つ出題されているな。物語文と説明文か。おっ、物語の記述はちゃんと字数が書けているじゃん。八十字以内で書きなさい、に対してきちんと文字量が書けている。中身以前に、ボリュームが書けているだけでも、十分すごいぞ。物語は内容もけっこう理解できてる。説明文はさっぱりだな。」
「そう! そうなんだよ。物語文は中学生の女の子が主人公の文章だから、けっこうしっくりきて読みやすかったんだ。説明文は何だかぜんぜんおもしろくなくてさ。」
「女の子が主人公だから、しっくりね。うーん、まあいいや。国語だけで、話が終わっちゃうな。ほかの科目のチェックに移るか。算数はどうだ?」

 う。算数は偏差値42なんだけど……。
 ちょっととまどうあたしの様子を、いいからいいから、と受験精は流して問題を見る。
「問三の分数の計算で頭に血が上ったみたいだな。ああ、ここは問題がきちんと読めていないな。図形のまわりの長さを聞かれているのに、面積を出している。ここは単位換算をまちがっているな。列車の駅のホームの長さを聞かれているけど、ホームの長さが四千五百メートルって、おかしいと思わなかったか? 四・五キロメートルあるぞ? 隣の駅まで届くだろ?」
「た、たしかに……。」
「まあ、このあたりもいずれコツを教えてやる。それより、これはおもしろいな。」
 受験精は、解答用紙のはしのあたしの計算に注目した。
「この270÷0.5のところ、おまえいきなり540って書いてる。筆算はしてないな。」
「え? ああ、だって÷0.5って、÷2の逆でしょ? つまり×2ってことだから二倍にすればいいからさ……。」
 受験精の目が輝いた。

「そういや、おまえの店、焼き鳥屋だよな? 串の売り上げとか計算したことあるか?」
「え? あるよ。」
 あたしはこの間やってた、百二十円の串を基準にして計算するやつを受験精に話してみた。
 受験精はふん、ふん、とうなずくと言った。
「おまえ、アホだけどけっこうセンスあるかもしれない。直感的に数字の感覚をつかむことができている。読み書きそろばんができてるぞ!」
「何それ?」
「江戸時代に寺子屋……江戸時代の塾だな、そこで子どもたちに教えていたやつだ。あ、ちなみにこの寺子屋の子は小屋って書くなよ。社会の記述でまちがえポイントになるから、今頭にたたきこめ。大事なのは、一回一回出会った瞬間に『覚えよう』と強く意識することだ。積みかさねていけばそれだけで、グッと違いが出てくる。」

 受験精は続ける。
「受験は読み書きそろばんが基本なんだ。読み書きは国語だけじゃない。ほかの三科目もまず問題のねらいを読んで、きちんと自分の言葉で書けることが求められている。またそろばん=計算も算数だけでなく、理科や社会でも、データを読むために必要だ。おまえ、ひょっとするとほんとうに何とかなるかもしれないな。」
 えっ、何とかなる!?
 驚くあたしにかまわず、受験精は分析を続けた。
「理科と社会はどうだ? ははは、こいつはしょうがないな。」
というと、解答用紙を見せた。

「白いね。知らないことは書けないもんな。」
 そう、そうなんだよ。理科と社会はまず知らないことばかりで、ちんぷんかんぷんだった。
「まあ基本的には学校で習った範囲から出ているんだが、おまえきれいに忘れてるみたいだ。試験中ヒマだったろ。気のせいか、答案の字も薄くなってるな。魂が抜けた感じだ。」
 死んだ人に言われちゃった……けどそのとおり。
「ねえ受験精さん、こんなんでだいじょうぶなのかな?」
「ダメでしょ。」
 だよね。

「今のままでは、ね。ただ希望はある。まず理社に関しておまえは、できるできない以前に覚えてないこと、知らないことが多すぎる。でも勘違いや、誤解して覚えていることも逆に言うと、ない。この答案用紙と同様、限りなく真っ白に近い状態だ。だからすることはシンプルだ。覚える。読んで書いて知識をつける。それだけだ。」
「えっ、でも覚えるったって、あたし暗記とかそんなにやったことないし……。」
 受験精はとつぜん飛びあがった。

「では問題です! 『鬼滅の刃』で、主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)が最初にやったトレーニングは!?」
「へ? あの……大岩を切る……。」
「『東京卍リベンジャーズ』第二巻十一話、マイキーが東卍(トーマン)のメンバー全員に放った言葉は?」
「パーの親友(ダチ)やられてんのに、〝愛美愛主(メビウス)〟に日和(ひよ)ってる奴いる?」
「覚えてるじゃん。」
「いや、でもそれは……。」
「何回読んでそれを覚えたの?」
「一回しか読んでないけど。」
「すごいじゃん! じゃ理社もその感じで。」
「いや、でもそれは感動したからさ。」
「だったら理社も感動すればいい! たとえば社会! おまえが暮らしている日本は、地域によってさまざまな料理や暮らしがあるだろ。それって何でだと思う?」

 受験精は、スマホ画面に出した日本地図を指さした。
「炭治郎やマイキーと同じだよ! 自分たちの状況を変えたいと思って、みんなが努力してきたからだ。雪が深くたって、雨が少なくたって、『やられてんのに、日和ってる奴いる?』って、あきらめないでがんばってきたからだろう?」
 あきらめない?
「理科だってそうだよ! 葉っぱが毎年秋になると落ちるのは、冬になると太陽が出てる時間が少なくなるから、葉っぱを落として水分がなくなるのを防いでいるんだ。それってすごくないか?」
 植物もいろいろ考えてるんだ。たしかにちょっと感動的かも?

「まあ初回にしては、けっこういい話をしちゃったな。オレもあの世とこの世の間でずっとヒマで退屈していたからさ。あれ、もうこんな時間か。」
 いつの間にか時計は二十二時を指している。
「実践的な話はまた今度ゆっくりするとするか。そんじゃ。」
「あ、ありがとう。きょうの話おもしろかった。忘れないようにしなきゃ。」
 立ちさろうとしていた受験精の動きが、ぴたっと止まった。
「……。忘れないようにか。たしかに何か印象的にまとめておいたほうがいいね。時間もそこまであるわけじゃないし。受験の法則……決まり……そうだ、社会でも習うし、受験の憲法にするか。名づけて『受憲法(じゅけんぽう)』!」
 また、だじゃれ……。

「第一条! 受験の基本は読み書きそろばん。正しく読み、きちんと計算がいちばん大事!」
「第二条! 中学入試の漢字は、フィギュアスケート。はね、はらい、点、を審査員に見せびらかすつもりで書く!」
「第三条! 言葉を豊かにするために、漫画でも小説でもいい。自分の年齢より上向けのものをどんどん読もう。」
「第四条! 理社で感動しよう。今の自分の生活につながっている。」
 そう言うと、シュッと煙のように消えていった。
受験精が消えてから数日がたった。
 もうすぐゴールデンウィーク。
 なのに、「何とかなるかもしれないな。」って、言ったきりあれから受験精は出てこない。

「あーあ、受験精って、意外にいいかげんな人なのかなあ? いや、いいかげんな精? すっかり放置プレイじゃん……。」
とブーたれていると……。
「ああ!? だれがいいかげんだと?」
 出た! 受験精。

「こっちはいろいろおまえのためにスカウト活動をしていたんだよ! ったく、人の気も知らないで。」
「スカウト活動?」
「ああ。まあ楽しみに待っててくれよ。ところでおまえ、実際の白白を見たことないだろう。見にいこうぜ。あしたから文化祭が始まるんだ。」
「えっ、いっしょに!? だってほかの人に受験精さんの姿が見えたらまずいんじゃない?」
 そう言うと受験精は、チッチッと人差し指を振った。

「おまえ以外の人間には、オレの姿は見えないよ。」
「そうなの? だからこの間ばあばが部屋に飛びこんできたときも、平気だったんだ。」
「それからさんづけはいらないよ。そうだな、精、でいい。」
 次の日。学校はお休みで五月晴れ。
 あたしは受験精──精と電車に乗って白白に向かった。

「せっかくだから、実際に通うことを想像しながら行くぞ。ドアツードアの時間を計っとけ。」
 家を出た時間を記録して白白に向かう。
 最寄り駅に着くと、もう学校へ向かう坂道は、白白の生徒さんとか、その家族、あとはあたしと同じような受験生の親子連れなどでいっぱいだった。
 校門をくぐると桜並木が続いている。
「想像しろよ。受かったらここを毎日歩くんだぞ。」
(受かったら麻田くんとここを……。)

「おい。おまえ、目がハートになってる……。ま、いいや。白白は勉強だけでなく、行事も盛んな学校なんだ。」
 たしかにネットで見た学校案内にも書いてあったけど、やっぱり実物を見ると思ったよりも大がかりだ。
 とりあえず楽しめ、オレはだまってるから、と言って、精は静かになった。
 生徒さんたちが声をかけてくれる。
「いらっしゃーい、体育館で、演劇部の公演やってまーす!」
「物理部のサイエンス教室、始まるよ!」
「クイズ研究会の『白白の果てまでイッテQ』参加しませんか?」

 おもしろそうな展示がいっぱいある。
 歴史研究会の「日本の城めぐり」、かわいらしい人形劇部、漫研の同人誌コーナー、百人一首同好会の競技かるた体験、スケート部はなぜかお化け屋敷を出している。
 体育館ではバスケ部やバレー部の招待試合、校庭でも野球部やサッカー部が、ストラックアウトやキャッチボール教室なんかをやっている。
 楽しみながらいくつかの展示やイベントを見ていると、精がささやいた。

「どのくらいほんとうに『生徒主体』でやってるか、見ておけよ。よくそう言いながら、実際にはけっこう先生の手が入っている管理型の学校があるからな。仕切りが多少グダグダしていたり、展示がちょっとパッとしなかったりしても、実はそのほうがほんとうの『生徒主体』とも言えるんだ。」
 言われてみると、意外に手作りで素朴な展示もある。
 地学部のジオラマとか少し端がこわれているし、奇術部も小道具がすっ飛んでいっちゃったりしている。
 でもその分、ほんとうに生徒さんたちが中心でやってるみたい。

「運動部系は上下関係が厳しいか見ておけよ。あと文化部はお金がかかりすぎてないか、がポイントだ。たまに生物部で見たこともないような珍しい魚がいっぱいいたり、演劇部でもプロ顔負けの豪華な衣装をそろえていたりする学校がある。否定はしないけど、自分にその学校が合うか、まあその人次第だね。」
 水泳部の生徒さんがビラを配っていたけど、下級生の子が先輩と仲良く配っていた。敬語も使ってなかったし、上下関係はそんなに厳しくないみたい。
 生物部も捕まえてきたメダカのオスメス見分け大会だったし、意外と庶民的みたいだ。

「廊下や食堂での生徒と先生との会話から、生徒と教師の距離感も見ておくんだ。文化祭はあくまでもよそ行きのイベントだからこれがふだんの学校生活ってわけじゃないけど、それでもその学校の空気が出てくるからな。楽しみながらしっかりその学校がほんとうに自分に合うか、自分がそこにいる姿をイメージしろ。」
 女子サッカー部でボールを蹴っているかもしれない自分。
 料理研究会のカフェでワッフルを作って食べている、いや、売っている自分。
 校門のアーチづくりでペンキをぬっている自分。
 すごくそこに身を置きたくなっている自分がいた。

「それにしても、白白の文化祭が春でラッキーだったな。六年生だと秋の時期は模試で忙しいから、文化祭にはなかなか行けなくなっちゃうんだ。ほんとうは五年生までに行っておいたほうがいい。」
 しっかり白白を見よう。
 あ、ホールで「白白名物! ダンスショー」をやってる。
 あたし、小二からチアダンスを習ってるから、ぜったい見たいと思ってたんだけど……チケットがないと座って見られないみたい。
 残念。後ろからがんばって立ち見するしかないか……ん?
 何か妙に空気が重くて悪寒がするぞ、五月なのに?
 この感じはやっぱり……ほら、出た!
 いつにもまして巻き髪ばっちりの、桜麗華&そのママがいた。

「何が『出た!』よ! 人を妖怪みたいに。あんたこそさっきから一人でぶつぶつ言ってて、変な子がいるな、と思ってこっちは見てたのよ!」
 精との会話が声に出ていたみたい。
 気をつけなきゃ。ま、あたしはふだんから心の声がだだもれみたいだけど。そうだ、白白にはこいつも来る可能性があるんだった……。

 麗華ママは意外に優しくて(麗華そっくりなんて言っちゃってごめん!)自分のチケットをゆずってくれた。
 だからあたしは麗華と二人で座って前のほうでダンスを見ることができた。
 白白のダンスはめちゃくちゃカッコよかった!
 あたしが習っているチアダンスもけっこうみんなで動きがそろっていていいな、って思ってたけど、迫力がぜんぜん違う。
 男子もいっしょにチームで踊っていて、コンビネーションのキレが半端ない。
 K‐POPっていうジャンルがこんなに、激しくて熱いものだって知らなかった。

 みんなで動きをそろえるのもいいけど、一人一人のダンサーの個性が出ていて、人によってぜんぜん表現が違う。
 となりで麗華も夢中で身を乗りだして見ている。目がキラキラしてほっぺが赤くなっている。
 白白は中学と高校がいっしょになっているから、後半からは高校生のお姉さんダンサーたちが登場してきた。
 ひときわ大きな歓声の中、大きくいきいきと踊る美しい動きに、あたしの心はすっかり奪われてしまった。
 あたしも……やってみたい。
 白白のダンス部に入ったら、こんなふうに踊れるのかな? 一生けんめいこの人たちと練習したら、このステージに立ったりできるのかな……?

 ダンスの後も、いくつか麗華といっしょに展示を見た。
 書道部では二人で生徒さんが書いてくれた『受験のお守り』をもらった。
 あたしはお守りを大事にしわにならないように、文化祭のパンフレットにはさみこんだ。
 このお守りは大切にとっておこう。
 そしてまた来年、この学校に通えてこの人たちに会ったら、ありがとうございましたって御礼を言おう。
 言えたら……いいな。

 麗華と書道室を後にすると、麗華ママが声をかけてきてくれた。
「私と麗華はこの後学校のそばのカフェでお茶をしてから帰るんだけど、良かったら希望ちゃんもいっしょにどう?」
「え?」
 あたしは思わずチラッと精の顔を見ると、精はすました顔でうんうん、とうなずいている。麗華も白白の文化祭の余韻にひたっているのか、上機嫌で、
「やった! ママ予約してくれたの? あそこのあぶりチーズケーキ、超おいしいんだよ!」
とあたしがいっしょに行ってもOKみたいだったので、お言葉に甘えて行くことにした。

 大きな木のドアを開けると中は明るい陽の差しこむ、かわいらしい感じのお店だった。
 麗華おすすめのケーキを注文すると、店員さんが目の前でチーズケーキをいきなりバーナーであぶりはじめたから、びっくりした。
「え? こ、焦げちゃうよ!」
 目の前でチーズケーキが雪崩のようにとろけていく。
「この焦げ目がいいんじゃん。」

 そう言われて食べたケーキの、おいしいことと言ったら!
 一口食べてあたしもトロトロにとけていきそう……なくらい、おいしかった。世の中にはこんなにおいしいものがあるんだ。
 白白には、白白のまわりには、あたしのまだ知らない素敵なものがいっぱいある。
 楽しい世界が広がっている気がする。
 あたしと同じようにチーズケーキを食べてとろけている麗華にあたしは言った。
「麗華、あたし決めた。あたしやっぱり白白に行く! 白白を受験して合格して、ダンス部に入って、またこのケーキ、ぜったい食べる!」
 ブホッ、と麗華がせき込む。

「は、はあ? あんた、何言ってんの? 白白の偏差値は71だよ!? 超人気で幼稚園のときから勉強してる私だって、入れるかどうかわかんないのに、何言っちゃってんの?」
「……そうだね。たしかに、麗華の言うとおりだけど、でも、それでももう白白の良さを知っちゃったから、やめられない。あたし、受ける。来年までまだ時間があるし、あたし、白白に行く!」
 木のぬくもりのあふれる心地よいカフェの店内で、あたしは再び、そして今度は心の底から強く白白に行くことを宣言した!

【つづく】
さなだ りょう

真田 涼

小説家・臨床心理士・公認心理師

小説家、臨床心理士・公認心理師 公認心理師協会 理事 RinDa臨床心理士ルーム 代表 長男長女2児の親 HP:https://rindashinri.wixsite.com/mysite Instagram : https://instagram.com/rinda_shinri

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