『100万回生きたねこ』の佐野洋子の幻の絵本をひこ・田中さんが読みときます

戦いは愚かであることを父子のやりとりで楽しく伝える絵本『新装版 ぺこぺこ』

作家:ひこ・田中

小さな息子のリクエストにこたえてお話をしてあげる父親。それは、いつでもだれにでも「ぺこぺこ」しているおうさまのお話でした──。

30年以上も前に、『100万回生きたねこ』の作者・佐野洋子が描いた絵本『ぺこぺこ』は、父子の気やすいやりとりから、戦争の愚かさが伝わるなんともユニークなお話です。ひさしく手に入りにくい状態が続いていましたが、2024年4月、新しいデザインで発売になりました。

「佐野洋子は謎である」という作家のひこ・田中さんに、新しくなった『新装版 ぺこぺこ』を読んでいただきました。

佐野洋子は謎である

佐野洋子さん。多くのエッセイやロングセラー絵本をのこした。
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佐野洋子といえば、やはり『100万回生きたねこ』(講談社 1977)について触れないわけにはいきません。

この作品は、100万回生きて100万回死ぬねこというとてつもない昔話的設定から物語を始めます。

ねこは生死を何度も繰り返しながら、どんな飼い主を得ても満足しません。やがてねこは、のらねこになることで自由を手に入れます。彼は自立するのです。そして、1匹の白いねこを愛するようになり、たくさんの子どもをもうけ、添い遂げ、死んでいきます。

白いねことの出会い以降は、昔話的ではなく、現実的です。つまり、100万回も生き得たねこが、たった1回だけしか死ぬことができなくなるのです。この落差が、唯一無二の愛の感動へと誘う要素になっています。

この赤面するような愛の表現は、いささか意外です。

というのは、たとえば谷川俊太郎がインタビューした『友だちは無駄である』(筑摩書房 1988)という本があります。

この中で佐野は、最初にできたひさえちゃんという友だちのことを「その子何か立居ふるまいがちがうの。四歳か五歳で手のひらそらしたり笑う時おちょぼ口したりするの。それがおとなのまねじゃなくて、かわいい女の子にちゃんとなっているんだけど、私、ひさえちゃん、子どものふりしているって思っていた」と述べています。
『友だちは無駄である』(佐野洋子 ちくま文庫)
子どもが大人の前で子どものふりをすることはよくありますが、それを佐野は幼いころから観察できていたわけです。また、同じ本の中にある「友だちというものは無駄な時をともについやすものなのだ」という言葉も、言われてみれば確かにそうで、まるで友だちとの時間を有意義なものだと思いたがる人をからかっているようです。

このように、世の中の思い込みを見抜く鋭い目を持った佐野が、『100万回生きたねこ』では、なぜかロマンチックな愛を描いてしまう。

ここにはなにか仕掛けがあるに違いない。

いや、実はこちらが佐野の素直な世界観だ。友だちと恋人は別だ。

どうなんでしょう? 謎は解けないままです。

仲の良い親子のやりとりで戦争の愚かさがユニークに伝わる絵本

さて、謎は謎のまま残しておいて、このたび新装版が上梓された『ぺこぺこ』について語っていきたいと思います。

父親が小さい息子に請われて物語を聞かせます。

息子のリクエストは「ぺこぺこしたやつ」。

ぺこぺこには3つの意味がありますが、父親が話すのはだれにもへりくだってぺこぺこと頭を下げるおうさまの物語です。

しかし息子は、そのぺこぺこじゃないと言います。「カンけりしたら、カンがぺこぺこになっただろ、ああいうやつ」だそうです。

父親は「まだ ぺこぺこのつづきがあるのさ」と、気にせず話を続けます。

確かに最後にはぺこぺこのカンが出てくるのですが、いかにもとってつけたエピソードで、そのことが笑いを誘います。
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「おとうさん、おはなしして」
という子どもからの問いかけでお話がはじまります。

『新装版 ぺこぺこ』(作・絵 佐野洋子)より  
どうして父親は息子の要求に従って新しい物語を始めないのでしょうか。それは、ぺこぺこするおうさまの物語を聞いてほしいからだと私は思います。

お妃にも、けらいにもぺこぺこするおうさまの国に、となりのくにから戦争が仕掛けられます。

おうさまは真っ向から戦うのか? 

違います。おうさまは「たいちょうにむかって〈いつものように ぺこぺこたたかうのだ〉」と命じるのです。

もちろん、お城だってぺこぺこします。

それだから、敵の撃った弾はみんな頭上を通り越していってしまいちっとも当たりません。おうさまの兵士が撃った弾などは、敵の手前で落ちてしまいます。
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王様の兵士たちは、いつものように、ぺこぺこたたかいます。敵にけして弾があたらない王様の戦争を佐野洋子は自在な線で描いています。

『新装版 ぺこぺこ』(作・絵 佐野洋子)より
とうとう弾を使い果たしてしまって戦闘は中止になります。

おうさまは、となりのくにのおうさまのところへ行って、〈ごくろうさんでした。おつかれでしたね〉と言い和平します。

そのときも、となりのくにのおうさまはいばっていますが、こちらのおうさまはぺこぺこ。

息子のリクエストの「ぺこぺこしたやつ」に応える形で父親は、戦争の愚かさを伝えるのです。

この絵本はぺこぺこのおうさまの物語だけでも成立しないわけではありませんが、いささか皮肉を含んだ寓話めいてしまいます。

そこで佐野は、親が子どもに語るという枠組みの中にそれを入れることで、ほのぼのとした温かみを持った仲の良い親子のやりとりによって、誰にも読みやすい絵本に仕立てたのです。

表情豊かで切れ味の良い絵も楽しんでください。

ひこ・田中

1953年、大阪府生まれ。同志社大学文学部卒業。1991年、『お引越し』で第1回椋鳩十児童文学賞を受賞。同作は相米慎二監督により映画化された。1997年、『ごめん』で第44回産経児童出版文化賞JR賞を受賞。同作は冨樫森監督により映画化された。2017年、「なりたて中学生」シリーズ(講談社)で第57回日本児童文学者協会賞を、2024年、『あした、弁当を作る。』(講談社)で第64回日本児童文学者協会賞を受賞。著書に、「レッツ」シリーズ、『ハルとカナ』『ぼくは本を読んでいる。』(以上、講談社)、「モールランド・ストーリー」シリーズ(福音館書店)、『大人のための児童文学講座』(徳間書店)、『ふしぎなふしぎな子どもの物語 なぜ成長を描かなくなったのか?』(光文社新書)など多数。『児童文学書評』主宰。

佐野洋子の幻の絵本を新たなデザインで復刊

『新装版 ぺこぺこ』 作・絵 佐野洋子

1993年に文化出版局から発売された絵本『ぺこぺこ』。

ひさしく手に入れにくい状態でしたが、戦わないユニークな王様のお話を今また読みたい!という声にこたえて、復刻いたしました。

のこされた原画を新しくスキャンしなおし、人気の装丁家・名久井直子さんの手により、銅版画の魅力をたっぷり味わえるデザインになりました。

愛を描いた物語『100万回生きたねこ』

『100万回生きたねこ』(作・絵:佐野洋子)

100万年も しなない ねこが いました。
100万回も しんで, 100万回も 生きたのです。
りっぱな とらねこでした。
100万人の 人が, そのねこを かわいがり,  100万人の 人が,  そのねこが しんだとき なきました。
ねこは,  1回も なきませんでした。

読むたびにちがう気持ちになる、りっぱなとらねこの、ふしぎな物語。
©︎JIROCHO, Inc.
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ひこ たなか

ひこ・田中

Hiko Takanaka
作家

1953年、大阪府生まれ。同志社大学文学部卒業。1990年、『お引越し』で第1回椋鳩十児童文学賞を受賞。同作は相米慎二監督により映画化された。1997年、『ごめん』で第44回産経児童出版文化賞JR賞を受賞。同作は冨樫森監督により映画化された。2017年、「なりたて中学生」シリーズ(講談社)で第57回日本児童文学者協会賞を受賞。ほかの著書に、『サンタちゃん』『ぼくは本を読んでいる。』(ともに講談社)、「モールランド・ストーリー」シリーズ(福音館書店)、『大人のための児童文学講座』(徳間書店)、『ふしぎなふしぎな子どもの物語 なぜ成長を描かなくなったのか?』(光文社新書)など。『児童文学書評』主宰

1953年、大阪府生まれ。同志社大学文学部卒業。1990年、『お引越し』で第1回椋鳩十児童文学賞を受賞。同作は相米慎二監督により映画化された。1997年、『ごめん』で第44回産経児童出版文化賞JR賞を受賞。同作は冨樫森監督により映画化された。2017年、「なりたて中学生」シリーズ(講談社)で第57回日本児童文学者協会賞を受賞。ほかの著書に、『サンタちゃん』『ぼくは本を読んでいる。』(ともに講談社)、「モールランド・ストーリー」シリーズ(福音館書店)、『大人のための児童文学講座』(徳間書店)、『ふしぎなふしぎな子どもの物語 なぜ成長を描かなくなったのか?』(光文社新書)など。『児童文学書評』主宰