CM制作者であり絵本の文を担当した高崎卓馬さん、絵を描いた黒井健さんのおふたりにお話をうかがいました。
黒くぬりつぶしたたくさんの画用紙から……
クラスメイトも先生も、家族も理由がわからず見守るばかりですが、あるとき「はっ」と気づいた人たちが画用紙を並べ始め……。
やさしい結末に心を動かされる絵本『まっくろ』。この絵本がテレビCMから生まれたというのは本当ですか?
高崎卓馬:はい。
元になっているのは2002年に放送されたACジャパン(当時、公共広告機構)の『IMAGINATION/WHALE』という1分半のCMです。
企画したのは僕が20代の終わり頃でした。
高崎:その頃、海外のCMのあまりの面白さにショックを受けて。日本のCMとは根本からちがう感じがしたんです。
「ロジカルに作られている」というのがその理由でした。
海外の映像の作り方のほうが圧倒的に自分に向いていると思ってそれから必死に学びました。
そのときの学びがあってこのACジャパンの広告は生まれました。
アジア太平洋広告祭のグランプリやカンヌ国際広告賞銀賞、クリオ賞銅賞、ニューヨークADC賞銀賞、One Show銀賞など、世界で多数の広告賞を受賞したこのCMを、20年経って絵本として刊行することになったのは、どのような経緯があったのでしょうか。
黒井健:「絵本にしたい」と申し出たのは私からです。
2002年当時、イギリスのロンドンに留学中だった息子から「すごいCMを見たよ。お父さんが絵本にしてみたら」とメールが来たんですよ。
受賞ニュースを見たのか、滅多に連絡をよこさない息子がわざわざそんなことを言ってきたのに驚きました。
実際に見ると、私も「わぁ」と心を動かされて……。
映像はサスペンスのようなシリアスな雰囲気ですけど、「これはちょっとユーモラスにして、絵本にしたら面白いのでは」と思いました。
高崎:CMは短命なものなので、絵本になって物語が残るというのはとてもうれしく思いました。
でもとてもCM的な作り方をした映像なのでどういう風に絵本になるのか、すぐにはイメージはできませんでした。
黒井:初対面で「ちょっとユーモラスにしたい」と伝えたとき、高崎さんは戸惑った顔をされていましたね。
それで「あの少年は、僕です」と仰った。
「えっ」と思って、高崎さんの心に沿わないものは描けないから、正直、私も、本当に絵本にしていいのだろうかと戸惑いました。
高崎:ユーモラスという言葉を僕が受け取りきれなかったんですね。
CM自体はむしろユーモラスとは逆で、大人たちの無自覚さを刺すようなシリアスさが重要だと思っていたから意外で。
高崎:できあがった絵本を見たとき、ああ、ユーモラスってこういうことだったのかと。この絵には誰も責めないやわらかさがあるんです。黒井さんの包容力がそうさせているのかもしれません。
真っ黒だけどやわらかい
黒井:主人公の男の子の絵柄がなかなか決まらなくて、近所の小学校を取材させてもらいました。
入学してまもなくの5月、1年生の図工の授業を見せてほしいとお願いして、2つのクラスを行ったり来たりしながら見学したのですが、その中にひとり、うれしそうにこっちを見ている男の子がいて「この子にしよう」と思いました。
外から来た私のようなお客さんへの好奇心がにじむ表情を「いいな」と思ったのです。
映像の、薄いモノトーンの仕上がりも好きだったので、最初は白い紙に描いていたのですが、思うような黒にならない。
高崎さんのテキストに「まっくろだけどやわらかい」という言葉があって「やわらかい黒ってどんなだろう」と悩みました。
白よりも、黄ボール紙やグレイの紙のほうが、黒をのせたとき印象がやわらかい。
クレパスで塗ったようにきれいに見える組み合わせを探して、画材を片っ端から試しました。
最終的に原画はガラス・陶器・木材などに描ける水性色鉛筆で描いています。
冒頭の教室シーンは黄ボール紙、途中でグレイの用紙に黄色を着彩したもの、男の子が描き重ねる場面はグレイへと、世界の移り変わりを、背景色のグラデーションで表現しています。
黒井:大事にしたのは、絵本というメディアならではのファンタジーの入口と出口です。
最初のページで、先生が黒板に「みんなのこころにうかんだことをかいてみましょう」と書いて、お話が始まります。
そして、男の子が黒く画用紙を塗り始め、周囲の人はそれを見守りつづける……。
読者が登場人物と一緒にファンタジーに入っていき、気持ちよく終わることができる出口を探りながら作りました。
高崎さんの映像に内在したデリケートさを損ないたくなかったからこそ、男の子の表情も、周囲の人たちの表情もとても描くのは難しかったです。
高崎:一心に絵を描く子を止めずに、見守る距離感がいいですよね。みんな心配そうにしているけれど、決してあの子を否定していないんですよね。
黒井:教室には、黒い絵に関心を見せず自分の絵に集中している子もいますし、最初から興味津々で、画用紙を並べるときは率先して手伝う女の子もいますよね。
他の子たちのいろいろな反応を描くのが楽しかったですよ。
黒井:ずっと絵を描く姿を、斜め横や背中側から描いてきて、最後にこの子の笑顔が見たくなったのです(笑)。
達成感でいっぱいの表情を、正面から描きたくなりました。
――「この世界にぼくを連れてきてくれてありがとう」とクジラが言うのは、CMとはちがう絵本ならではの結末ですね。
高崎:2013年に黒井さんの絵コンテをふまえてテキストを書き下ろしたとき、子どもが読むものの着地点として浮かんだのが「この世界にぼくを連れてきてくれてありがとう」だったと思います。
ただ、確かにこれは僕が書いたテキストだけど、黒井さんとの初対面のときに、この言葉にたどりつくような何かを言われた記憶があるんですよね。
黒井さんに「こっちだよ」と導かれるままに、つれてこられた感じがしています(笑)。