ニース&モナコ取材旅行記 ~オーシャンズ2の冒険~ 第3回
はやみねかおる先生と担当編集が行く珍道中の旅!
2024.11.06
第3回
――こんな鉄の塊が、飛ぶのはおかしい!
そんな気持ちを押し殺す。もし、そんなことを口にしてしまったら、
「よく、気づいたね。そのとおり、飛行機が空を飛ぶのはおかしいんだよ」
どこかで誰かがニヤリと笑い、その瞬間、飛行機は落ちてしまうような感じがした。だから、ぼくは自分に言い聞かせる。
――飛行機は飛ぶ!
恐らく、乗客の8割は、ぼくと同じようなことを考えているはずだ。
飛行機に乗ってから、やることを考える。それは、時差ボケの解消! 飛行機で外国へ行くと、不思議な現象が起こる。それが、時差!
たとえば、今回、羽田空港からドイツのミュンヘン空港へ向かった。羽田を飛び立ったのが、10月25日の12時30分。ミュンヘンに着いたのが、腕時計を見ると26日の0時20分。12時間ほど飛行機に乗っていたはずなのに、ミュンヘンの時間は25日の17時20分。5時間ぐらいしか乗ってないことになる。
ありのままに、起こったことを書いている。12時間飛行機に乗っていたと思ったら、いつの間にか7時間も時間が巻き戻っている。何を書いてるかわからないかもしれないと思うが、ぼくも何が起こったのかわからない。
頭が、どうにかなりそうだった。時計の故障とかタイムマシンだとか、そんなチャチなものじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった。――ポルナレフ風に書くと、こんな気持ちだった。
しかし、時差は存在する! 時差についての詳しい説明は、敏腕編集者の山室さんに丸投げして、先へ進もう。
〈解説〉
⇒地球が丸くて自転しているため、日本が太陽のほうを向いている昼は、反対側では夜になります。羽田を出発したときのミュンヘンの時刻が朝の5:30だったので、12時間ほど飛行機に乗って17:20に到着しました。
※時差について詳しく知りたい方は、「時差」「わかりやすく」で検索してみてください!
でも、ドイツでは、まだ夕方の5時。そろそろ夕飯を食べたいなという時間。
体内時計と生活時間が、ずれてしまっている。ここに、時差ボケが生じる!
そして、この時差ボケを何とかしないと、フランスにいる間、フラフラの状態で仕事にならない。
そこで、ぼくは考えた。
ミュンヘンから飛行機を乗り継ぎ、フランスのニース空港に着くのが現地の時間で夜の9時半。ホテルに着くのが10時ぐらいだろう。
ホテルに着いたら、サッと眠れるように、飛行機の中では一睡もしないようにする。そうすれば、翌朝、日の出とともにスッキリ目覚めるはずだ。
この完璧な計画を、ぼくは鋼の精神力で実行する。
今の飛行機は、飛行中に映画や音楽を楽しめるようになっている。
まず、映画のラインナップをチェック。新作映画の中から、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』を選ぶ。
スター・ウォーズのエピソード4が日本公開されたのが、ぼくが中学2年生のとき。
映画館の大スクリーンから飛び出すような超巨大宇宙戦艦を見て以来、スター・ウォーズに夢中になった。
でも、エピソード1が公開され、奥さんと映画館で見たとき「あれ?」と思い……。
ビデオソフトを買って見直しても、なんだかモヤモヤ。
エピソード2は、映画館に行かずレンタルDVD。
そして、エピソード3と、それ以降の続三部作は見ていない。
息子は、エピソード7とエピソード8を映画館で見て、楽しんでいた。でも、中学生のときのぼくに比べたら、熱狂には遠いレベル。
何が言いたいかというと、ぼくのスター・ウォーズ熱は、旧三部作で終わってるということ。
で、飛行機の中で見た『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』――。最後まで見ることができて、なんだかホッとした。
次に、『オーシャンズ8』を見る。
ぼくも山室さんも、ミッションを持ったオーシャンズ。だったら、見るしかない!
以前、『オーシャンズ11」と『オーシャンズ12』を見て、おもしろかったことを覚えている。詳しい内容を覚えていないのは、登場人物が多すぎたためだと思う。
今回の『オーシャンズ8』は、主要キャラが格段に減った。でも、ぼくの記憶力と理解力では、まだまだ多い。
オーシャンズ2ぐらいが、ちょうどいい(あと、『オーシャンズ8』には、致命的なミスがあったような気がするのですが、ネタバレになるのでパス)。
その次に見たのは『パシフィック・リム:アップライジング』。前作もおもしろかったが、今回のもおもしろかった。単純に、巨大ロボットと怪獣がドッタンバッタンと戦うのがいい。
でも、東京と富士山って、あんなに近いのかな……?
バトルもので盛り上がったので、勢いのまま『レディ・プレイヤー1』を見る。
「おれはガンダムで行く!」の台詞に感動する。洋画が続いたので、今度は邦画――『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』を見る。
マンガは読んだことがあるけど、これを実写化したことに拍手!
ただ、途中まで見たところでミュンヘン空港に着いたのが残念……。
ミュンヘンに着くまでに、食事が2回出た。和食と洋食を選べるんだけど、「ぼくは和食で行く!」。
あと、飲み物も、いろいろもらえる。ただ、困ったことに英語なので、よくわからないし通じない(ひょっとすると、英語ではなくドイツ語だったのかもしれないが、今となっては確かめようがない)。
「コーラもらえますか?」
と日本語で言ったら、醬油やコーヒーではなく、コーラが出てきたので良しとしよう。
ミュンヘン空港では、また荷物検査と入国審査。
荷物検査は心配なかったのだけど、問題は入国審査だ。
「目的を訊かれたら、『さいとしぃいんぐ』。滞在日数は、『ふぁいぶでぇず』。この2つを答えたらいいんですよね?」
山室さんに確認したら、OKサインが出た。
で、入国審査の係の前に行き、自信たっぷりに2つを答えた。
得意顔で通り過ぎようとしたら、係の人が3つめの質問。
え?
想定外の出来事に、パニックを起こしかける。係の人は、答えられないぼくに、同じ質問を繰り返す。
耳を澄ませると、どうやら「いかなる方法で、おまえはここにやってきたのか?」と言ってるような気がした(後で、山室さんに確認したら、違ってました)。
いかなる方法も何も、飛行場なんだから、飛行機に決まってる。そう思って「えあぷれん」と答えたら、係の人は、おかしな顔をして質問を繰り返す。
こういうときは、素直に答えるのが一番だと思い、ぼくは正直に言った。
「何を言ってるのか、わかりません」
もちろん、日本語で――。
そうすると、係の人は「OK」と、パスポートに判子を押してくれた。
――いいのか! こんないい加減な答えの奴に、入国を認めて!
そうは思ったけど、ややこしいことを言って足止めされたくない。
ぼくは笑顔でパスポートを受け取り、「すわんきゅ」の捨て台詞を残し入国する。
さっきまでの飛行機と違い、映画のサービスはない。機内での食事も、小さなサンドイッチが一つ。サンドイッチの種類は2種類あり、ぼくは「チキン」を選んだ。
ちなみに、機内で出された食事の中で、パンのようなものは全てナプキンで包んでセカンドバッグに入れている。いざというときのための保存食料だ。
飛行機は落ちたら死ぬのだから、“いざというとき”が来るとは思えないが、それでも小さいときからの癖は抜けない。
そして、“いざというとき”は来ることもなく、無事にニースの空港に到着。すでに、日は暮れている。人工の光に照らされた空港の建物と、周りの木々。目に入る看板の文字に、漢字や平仮名はない。
――どうやら、本当にフランスに着いたようだ……。
大きく深呼吸すると、少し油の匂いのする空気が、肺の中に入ってきた。同じく長旅を終えたスーツケースを受け取り、空港の外へ。
山室さんが、ホテル方面のバスを、英語かフランス語で訊いている。出番のないぼくは、背後でおとなしくしている。
「98番のバスです」
ぼくに告げると、颯爽とバスターミナルに向かう山室さん。ぼくは、カサカサと、そのあとにつく。バスは、夜の街を疾走する。
いや、正確に書くと、『暴走』とか『爆走』が正しいような気がする。体感速度で、70~80キロのスピードが出ている。ときどき、100キロを超えてるようにも感じる。道路は2車線あるんだけど、そんなに道幅はない。そこを、このスピード……。
――フランスに、制限速度は無いのか?
道を見ても、制限速度を表す標識は見当たらない。というか、フランスにいる間、制限速度の標識は一度しか見たことがなかった。あと、日本のものに比べると、信号機が小さい。よく見てないと、見落としてしまうような、控えめの信号だ。
ぼくは、座席にシートベルトを探す。……ない。バス停はあるが、お客がいないと、減速せず通り過ぎる。お客がいても、乗るそぶりを見せないと、容赦なく通り過ぎる。
――これが、フランスの交通事情……。
ぼくは、なんだかワクワクしてきた。
ホテルにチェックインしたのは、午後10時。日本では、26日の午前5時。いつもなら、起きて活動を始める時間だが、ほどよい眠気が押し寄せてきている。
ホテルのフロント係の人と山室さんは、軽やかにフランス語か英語で会話。ぼくは、邪魔にならないよう、後ろで控えている。
「はやみねさん、ここにサインを――」
山室さんに渡してもらったチェックインの書類に、ローマ字で名前を書く。これで無事に、チェックイン終了。山室さんが108号室。ぼくが、111号室。1階ではなく、部屋は2階。
赤い階段と廊下を進む。赤いドアに『111』と書かれた金のプレートがついている。別れ際、山室さんが日本から持ってきたカップヌードルをくれた。
「日本食が恋しいかと思って――」
さすが、講談社の敏腕編集者! それだけでなく、このような異国の地で、何が起こるかわからないのに、他人に食料を与えることのできる腹の太さ。
山室さんは、漢だ!(“男”ではなく、こっちの“漢”ね)
しかし、宴を始める前に、やることは多い。
まず、部屋のチェック。日本のホテルより、広い部屋。タオルもバスタオルも、一回り大きい。あと、石けんやシャンプー、リンス、歯ブラシセットなどもセットされている。
かなり豪華なホテルだ。
テレビのリモコンには、Panasonicの電池が入っていた。こんな異国の地で日本製品に会うと、なんとなくホッとする。
階下からは、賑やかな声が聞こえてくる。あとで山室さんに教えてもらったのだが、1階にサラサのバーがあるようだ。サラサについては、聞かなかったので教えてもらえなかった。今になっても、サラサの正体はわからない。
〈解説〉
⇒「サラサ」ではなく「サルサ」です。キューバの民族音楽を起源とするダンス音楽。情熱的でノリのいいリズムが特徴。
明日からの活動に備え、パン類とカップヌードルを詰め込む。そして、バスタブに湯をため、ゆっくり入浴。階下から聞こえる賑やかな声に耳を澄ませているうちに、ぼくは眠ってしまっていた。
25日のヘルスケア
ウォーキング+ランニングの距離 1.8km
歩数 3111歩
ようやくニースに到着……。取材はこれからですよ。まだまだ序の口「オーシャンズ2の冒険」、つづきもお楽しみに!!
はやみね かおる
1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。
1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。