『スターライト!』のためし読みを先行公開!
第6回 青い鳥文庫小説賞 大賞作品が、発売前に読めるよ!
2024.05.28
第1章をためし読み
1.夕暮れの追いかけっこ
今年もたいした用事もなくて、毎日だらだら過ごしちゃったなあ……ん?
「そいつをつかまえてくれ!」
前方から、脇に赤いカバンを抱えた全身黒ずくめの怪しい男が猛ダッシュしてきた。
そのうしろからは、大声をあげながらべつの男の人が走ってくる。
前の人よりひとまわり小さいけれど、黒い帽子に黒いマスク。こちらも黒ずくめで怪しい。
……追いかけっこ?
セミが最後の力をふりしぼって鳴いている、残暑きびしい夕方。
両手に買い物袋をぶら下げたわたし─星未央は立ち止まって首をかしげた。
膨大な宿題をようやくやっつけて部屋でゴロゴロしていたら、お母さんに買い物を頼まれちゃって。仕方なく、重い腰を上げておつかいに行ってきたんだけど……。
「つかまえろ!」
声はどんどん近づいてくる。
ええっ? どうしてわたしが⁉
この勢いで突っ込まれたら、つかまえるどころか吹っ飛ばされちゃうよ!
買い物袋の中には、たまごも入ってるし割れたらこまるもん。
だから、黒ずくめの男が向かってきた瞬間、わたしは華麗な身のこなしで─サッとよけた。なにかわかんないことをするより、たまごを取ったんだ。
「サンキュ。」
にやりと笑う黒ずくめの男。そのままわたしの横を駆け抜けていった。
「なに逃がしてんだよ!」
追いかけてきた男の人は、嚙みつくように言うと、黒ずくめの男を追っていく。
そ、そんなこと言ったって無理にきまってるじゃん。
すると、遠くのほうで、道端に座り込んでいるおばあさんが目に入った。
わたしはあわてて駆け寄る。
「大丈夫ですか⁉」
「ひったくりにカバンを取られてしまったわ……。」
おばあさんは、肩を落としながら、黒ずくめの男が去っていったほうをぼんやり見ていた。
え、もしかして。
さっきの人、ひったくり犯だったの⁉
脇に抱えていた赤いカバンは、おばあさんのだったんだ。
「す、すみません……。」
みすみす犯人を見逃しちゃったわたし。
なんだか、とても悪いことをした気分。
「いいのよ、お嬢さんはなにも悪くないんだから。命があっただけよかったと思わないとね……。」
おばあさんはそう言ってくれるけど……。
ぼうぜんとその場に突っ立っていると、追いかけていた男の人が戻ってきた。
この人も怪しい格好だなあと思っていると、
「お前のせいで取り逃がしたじゃん。」
すっごい剣幕でおこられた。
「だ、だって。」
「足でもひっかけて止めろよ。」
「そ、そんなあ……。」
前髪のすきまからわずかにのぞく瞳が、ギロッとわたしをにらむ。
ううっ、こわい。
「やべっ、俺時間ないんだ。なあお前、あっちに交番があるから、被害届代わりに出しといて。」
彼はそう言うと、走っていってしまった。
「ええっ⁉」
取り残されたわたしとおばあさん。
もうっ! いったいなんなの?
でも、このままおばあさんをひとりで放っていけないし。
「じゃあ、行きましょうか。」
おばあさんと一緒に交番まで行ったのだった。
2.ちょっと変わってるわたしの家
色とりどりの衣装を着た七人が、ゆったりとしたダンスナンバーに乗せて、軽やかにステップを刻む。
シンクロした一糸乱れぬ動きは、涙と汗と血のにじむような努力のたまもの。
アップで映し出される笑顔に、心臓をうち抜かれる。
最後はメンバーの投げキッスで、悩殺寸前……!
「は〜、かっこよかったあ。」
テレビがCMに切り替わると、わたしは絨毯の上にぺたんと座り込んだ。
もう、放心状態。魂を吸い取られちゃったみたいに。
今日は、わたしが大ファンの七人組アイドル『GREAT BEAR』が、歌番組に出ていたんだ。グループ名の由来は「おおぐま座」。
じつはおおぐま座には北斗七星が含まれている。その七つの星がメンバーを表しているそう。世界にも通用する大きなグループになるようにと願いも込めて、そんなグループ名になったのだ。
デビューしたばかりなのに、どの音楽チャートでも一位を独占して、来月から始まるコンサートツアーのチケットも即完売。
今、飛ぶ鳥を落とす勢いで人気急上昇のグループ。
わたしは、リーダーの雅くん推し。
みんなステキだけど、雅くんは特別なの。
やさしくてたよりになって、いつもメンバーのことを気にかけているところも、すごく尊敬できるんだ。そして雅くんは、わたしの初恋の人……。
「未央っ、明日から新しいコたちが来るんだから、ちゃんと片付けておきなさい!」
応援グッズをそのへんに散らかしているわたしに、お母さんのカミナリがおちた。
「はあい。」
わたしはしぶしぶ返事をして、うちわやペンライトをかき集めた。
はぁ……。
明日からのことを思うと、ちょっと気が重い。
出しっぱなしの雅くんグッズを片付けながら、夢みたいだった半年前を思い出した。
─この家に、雅くんが住んでいたなんて。
そう、わたしのお父さんは、雅くんの所属するアイドル事務所『スターライト』の社長なんだ。
スターライトは、デビューしているグループのほかにも、アイドルの練習生として何組ものグループがいる。
事務所は、家から徒歩五分くらいのところにあって、デビューが近くなったら、男女かかわらずメンバー全員で共同生活をさせるのがお父さんの方針。
その場所がなんと、社長の家……つまりこの家なの!
三階建てのL字型の我が家。その半分は、アイドルの子たちの専用の住まいとなっている。レッスン棟と呼ばれ、歌やダンスのレッスン室に、キッチンやお風呂もある。
平均年齢18歳のGREAT BEARのメンバーも、歴代の先輩がやってきたとおり、ここで共同生活をしてたんだ。
昼間は学校に行ったりレッスンをしたり、お仕事したり。
夜はこの家に帰ってきて、みんなで自炊しながら生活していた。
お父さんが言うには、グループは家族なんだって。
共同生活をしながら絆をさらに深められるかどうかが、デビュー前の最終審査みたい。
そして、GREAT BEARも晴れてデビューしたんだ。それが半年前の話。
しばらくはだれも来ないと思っていたのに、練習生の中で今一番人気の『RAT』っていうグループの男の子三人が、明日からここで共同生活するって聞かされたときはびっくりした。
アイドルの子が来るのは、慣れてるといえば慣れてるんだけど。
問題なのは。その三人、なんとわたしと同じ中学一年生なの!
しかも、彼らは二学期からわたしの通う「天風学園」に転入してくるんだって。
RATのメンバーは、ナルシストだったりクールだったり、かなり個性的ってうわさがあるんだよね(そこがステキ! ってファンの子たちは言ってるみたいだけど)。
そんな同級生の男の子たちと一緒に住むなんて、今から頭が痛いんだ……。
3.アイドルがやって来た!
「未央、みんなを紹介するから来なさい。」
お父さんに呼ばれてリビングに行ったら。
わぁ……。
テレビや雑誌では見たことがあったけど、ホンモノを目の前にして息をのむ。
まるで同級生とは思えないくらいの美形ぞろいなんだもん!
明日の始業式、学校中が大パニックになるだろうなあ。
「よ、よろしくお願いします……。」
わたしがぺこりと頭を下げると、三人はそれぞれ自己紹介をしてくれた。
少しクセのある髪は、人懐っこそうな雰囲気にとても合っている。口調もハキハキしていて、すごく爽やか。
明るく元気で親しみやすいから、同世代はもちろん、幅広い年代の人から人気がある。
「俺は蒼井(あおい)尊(たける)。よろしくね、未央ちゃん」
落ち着きのある声で挨拶してきたのは、サラサラの髪に、白くてすべすべお肌な男の子。女子のわたしの肩身が狭くなるくらいキレイでびっくり。
大きな瞳はビー玉みたいに澄んでいて、吸い込まれちゃいそう。大人っぽくて色気があって、同い年にはとても見えない。
自分が大好きで、ナルシスト王子ってファンからは呼ばれているみたいだけど、真相はどうなんだろう?
「……よろしく。」
最後にボソッと口を開いたのは、藤澤(ふじさわ)琉生(るい)くんだ。
うわっ。
うわさに聞いてたとおり、クールで愛想がない。
涼しげな目元が、さらに冷たさを感じさせる。
テレビや雑誌でもいつもポーカーフェイスだから、そういうキャラで売り出す事務所の戦略かと思ったんだけど、この感じを見ると素なのかも。
これでよくアイドルができるなあ。アイドルって、夢を売るお仕事でしょ?
「RATの名前の由来は、それぞれの名前のイニシャルからとってるんだ。ルイのR、アヤトのA、タケルのT。」
お父さんは、満足そうに笑う。
へぇー。そういう理由だったんだ。はじめて知った。
「三人とも勉強でもすごく優秀なんだぞ? 未央は勉強がいまいちだからなあ。同級生だし、勉強を見てもらうといい。」
お父さんはそう言うと、ガハハと笑った。
「お、お父さんっ⁉」
なに余計なこと言ってんの!
「いいよ。俺が勉強見てあげる。」
タケルくんはふふっとほほえみ、
「みんなでテスト勉強とかしたら楽しくなりそうだもんな!」
アヤトくんは目を輝かせた。
あわてるわたしとは反対に、ふたりはノリノリ。
初対面なのに恥ずかしいじゃん。わたしは、ぷうと頰をふくらませた。
「三人はまだ中学生だから、食事は基本一緒にとることになる。未央もにぎやかになってうれしいだろう?」
えっ、うそ。わたしは、驚いて顔を上げてお父さんを見る。
今までのメンバーは、みんなレッスン棟のキッチンで自炊してた。
だから、ひとつ屋根の下で暮らしていても、ほとんど家の中で接することはなかった。
けどけどっ、今回は一緒にご飯まで食べるの⁉ 聞いてないし!
「社長、ありがとうございます。」
「やった! 俺、自炊するのかと思ってヒヤヒヤしてたんだ〜。」
タケルくんとアヤトくんは、ほっとしたように胸をなでおろした。
「なんだか楽しくなりそうだなあ。」
お父さんはのんきに言うと、どこかへ行ってしまった。
楽しくなんてないよ〜。
それに、すごーい不穏な空気がただよってるんだもん。
さっきからずっとだまってる人……ルイくん。
おそるおそる、ルイくんを見ると。わたしを見て、眉をひそめていた。
「お前……。」
な、なにっ? 思わず身構えると、
「思い出した。お前、ひったくりを取り逃がしたヤツだろ。」
そう言って、にらみつけてきた。
ひったくり……? それって、昨日の……。
「うそっ、あれあなただったの⁉」
ビックリして、声が裏返っちゃう。
黒ずくめでマスクをしていて犯人に負けてないくらい怪しかった人が、ルイくんだったとは!
あの格好、芸能人ってバレないように変装してたのかな?
それならあの怪しい風貌にも納得。
わたしはひとりうなずいた。
事務所も近いし、この辺をうろうろしててもおかしくないけど、世間ってせまいなあ。
「え、なになに? どうしたの?」
目を白黒させるアヤトくんに、ルイくんは平然と言った。
「昨日話しただろ、ひったくりに遭遇したって。取り逃がしたの、コイツのせい。」
「ええっ? わたしのせいなの?」
「そうだろ。お前があそこで止めてたらよかったんだよ。」
「ちょっ……!」
開いた口がふさがらないって、このことだ。
あの場面でつかまえられるの、柔道選手くらいじゃない⁉
「な、なによっ。自分だって取り逃がしたくせに。人のせいにしないでよ。」
「なんだと?」
にらみ合うわたしたち。今にも顔と顔がくっつきそう。
「まあまあ、ふたりとも落ち着きなって。」
仲裁に入ってきたのはタケルくん。
おだやかに、ルイくんの肩に手をのせた。イメージどおり、余裕があって大人だ。
「「ふんっ。」」
わたしとルイくんは、顔を離してお互いにそっぽを向いた。
ルイくんは、愛想がないだけじゃなくて性格まで問題ありそう。
こんなんで、デビューできるのかな。見ものだよ。
「ふたりとも、同い年なんだし仲良くしようよ〜。」
アヤトくんも笑いながらそう言ったけど、そんなの絶対にムリ。
「お前、社長の娘のくせに、全然オーラとかないのな。」
ピリピリした空気が、ルイくんの一言でさらに悪化する。
「はあっ⁉ それは関係ないでしょ⁉」
いちいち失礼すぎない?
今までこの家で生活していたアイドルたちは、みんなわたしのことをかわいがってくれたのに、なんなのこの差は‼ ルイくんがどうしてデビュー候補生なのか、早くも謎。
「俺、お前みたいなやつキライ。」
ルイくんは、心底いやそうな顔でボソッと言うと、レッスン棟へ行ってしまった。
な、なんて失礼なっ!
面と向かって人に嫌いって言われたのはじめて。
─お互いさまよっ!
その背中に向かって、わたしは心の声を投げつけた。
未央は、さわやかなアヤト、ナルシスト王子のタケル、クールで愛想がないルイの3人と一緒に生活することに。
そんな中、3人にとって大切なコンサートの前にとある事件がーーー!