「もう無理かも…」不登校の息子との母子登校 親子を救った1冊のノート【後編】

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息子が授業についていけない理由

息子は授業の準備にもつまずきがありました。当時、多くの子がロッカーに教科書やノートを置いて帰る、いわゆる「置き勉」をしていました。けれど息子はロッカーの整理が苦手で、必要な教科書やノートを探すのに時間がかかっていました。

そのため、教科書やノートを取り出して席に戻るころには、すでに授業が始まっていることもありました。逆に、休み時間のうちに次の授業の準備ができている日は、焦ることなく授業に取り組めていたように見えました。

息子の様子を細かく観察し、記録していくことで、「息子が何に困っているのか」「なぜ、うまくいかないのか」が、感覚ではなく事実として見えてくるようになったのです。

母子登校の記録が先生との共有材料になった

母子登校から2ヵ月が経ったころ、担任の先生から面談の打診がありました。

それまでの私は、先生から見た息子の様子を聞くことはあっても、自分の気持ちを伝えたり、何かをお願いしたりすることはできずにいました。

「こんなことを頼んでいいのだろうか」 「モンスターペアレントだと思われないだろうか」

そんな不安が、ずっと頭の中にあったからです。

けれど今回は、これまでとは違いました。手元には、毎日書き溜めてきたノートがありました。そこには、その場の感情だけでなく、「いつ」「どの場面で」「何が起きたのか」が積み重なっています。

私はそのノートを見返しながら、初めて自分の考えや思いを先生に伝えてみようと思いました。

算数は担任の先生のクラスで前の席にしてほしいこと、国語や社会では手を挙げなくても意見を求めてほしいこと、苦手な子とは席やグループを離してほしいこと、そして、朝早く登校して、ロッカーから教科書を机に移す時間をもらいたいこと。

どれも、ただの希望ではありませんでした。「こういう場面で困っている」という具体的な理由と一緒に伝えることができたのです。

先生は、私がノートを見ながら話す内容を、とても興味深そうに聞いてくださいましたが、

「そんな状況だったんですね。気づけていませんでした」

といった返答でした。

毎日30人近い子どもたちを見ている先生にとって、一人ひとりの細かなつまずきまで把握するのは、やはり簡単なことではないのだろうと感じました。

書き溜めてきたノートがあったからこそ、お願いは感情論ではなく、状況に基づいたものとして整理できました。そしてそれは、先生にとっても理解しやすく、私自身にとっても「伝えていいことなんだ」と思える支えになっていたのだと思います。

親が見ていたことを、学校を責める材料としてではなく、先生と共有するための情報として伝えることには意味があるのかもしれない。

この面談で、私は初めてそう思えたのです。

見守られている安心のなかでの息子の変化

先生がとった行動とは?
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