
父が6歳の息子に贈ったのは「愛と祈り」だった〔1万人ものユダヤ人の子どもを救った「いのちの列車」の実話にもとづく物語〕
幼い一人息子に送ったポストカードに込められた思い
2025.09.26
ライター:中村 真人
ポストカードとともに残った、父が子に捧げた愛情
まだ読み書きもあまりできない6歳の息子のために、マックスはかわいいイラストの描かれたポストカードを送る。最初に宛てたのは、ハインツがイギリスに到着した翌日だった(この少し後、ハインツはこの手紙に書かれたウィニーおばさんの勧めで、ヘンリーへと名前を変えることになる)。

1939年2月3日 ベルリンにて
愛するハイニへ
ロンドンからの電報を受け取り、きみが無事にウィニーおばさんたちのところに到着したと聞いてほっとしたよ。
汽車の旅はどうだった?
おばあちゃん、ニュピ、ルルおじさん、ヨルダンおばさんからよろしくって。
そして、パパからは1000個のキスを送ります。
キンダートランスポートで助けられた1万人の子どもには、それぞれのストーリーがあった。何歳でイギリスに渡ったか、また受け入れ先がどうだったかによって子どもの置かれた状況は異なった。ひどい場合は、受け入れ先の家族で使用人のように扱われたり、ほったらかしにされたりという例もあったという。
ヘンリーさんの場合、6歳という年齢でイギリスに渡ったため、英語の習得が速かった一方、ドイツ語を忘れるスピードも加速した。7歳の誕生日にベルリンの父親が息子に電話をしたとき、ヘンリーさんはすでにドイツ語でコミュニケーションができなくなっていた。マックスが大きなショックを受けたのは想像に難くないが、彼はここから英語に切り替えて、子への愛情のこもったポストカードを送り続けたのである。
ヘンリーさんが幸運だったのは、里親となったモリス&ウィニー・フォーナー夫妻があたたかい人間性の持ち主だったことだ。夫妻は、ヘンリーさんのもとに頻繁に届く父からのポストカードをすべてアルバムに保存してくれていた。結果的に最後となるポストカードに示されているように、父が子にささげる愛情と希望、祈りが普遍的な形として残った。

1939年8月31日 ベルリンにて
きみが元気で幸せでいるってきいて、パパはほんとうにうれしい。
戦争にならないことを願っています。
でも、もしも、戦争が起きてしまったら、神さまが、きみとモリスおじさんとウィニーおばさんを祝福してくださいますように。
おじさんとおばさんへありがとうと伝えて。
そして、きみにはたくさんの、たくさんのキスを送ります。
きみのパパより
1942年末、父のマックスは、ベルリンからの「死の列車」でアウシュヴィッツに送られ、ガス室の犠牲となった。
戦後80年のいま、触れてほしい物語
私がヘンリーさんのことを知ったのは、2013年にヤド・ヴァシェム(エルサレムの国立ホロコースト記念館)が出版した『小さな男の子へのポストカード』のドイツ語版を通してだった。
ご縁に恵まれ2019年にはエルサレムのヘンリーさん宅を訪れ、貴重な話を伺うことができた。メールでのやり取りはその後も続き、この6月末、ヘンリーさんの物語が『おとうさんのポストカード』(作:那須田淳、監修:中村真人/講談社)として刊行されることになった。
戦後80年の今年は、ウクライナやガザなど、戦争で人が死ぬニュースに日常的に接する世の中になってしまった。だからこそ、あの世界大戦の時代、親と子の普遍的な絆を刻印したヘンリーさんのポストカードにぜひ触れていただきたい。
\ヘンリーさんのその後のエピソード/
『おとうさんのポストカード』

【書名】おとうさんのポストカード
【著者名】作:那須田淳 監修:中村真人
【発売日】2025年6月27日
【定価】1760円(税込)
【ISBN】978-4065399095
【内容】
第二次世界大戦直前、1万人のユダヤ人を救った「いのちの列車」に乗って、お父さんと別れた少年とお父さんの家族愛を描いたおはなし。1939年2月、ベルリンに住む6歳のヘンリーは、ヒットラー政権のユダヤ人迫害から逃れるため、お父さんと離れてイギリスで暮らすことになりました。ベルリンではユダヤ人と差別され、イギリスではドイツ人と差別されて傷つくヘンリー。心の支えになったのは、ベルリンから届く、おとうさんのポストカードでした。おとうさんが、ヘンリーを思いやって選んだポストカードは、とてもかわいらしくヘンリーの心をなぐさめてくれます。お父さんが息子を思いやる気持ちが伝わる……愛にあふれた物語。本当にあったお話にもとづいた戦後80周年記念企画。
刊行記念トークイベント開催!
『おとうさんのポストカード』刊行を記念して、本書の著者・那須田淳さんによるトークイベントが2025年10月3日(金)に開催されます。本イベントは、ブックハウスカフェ店舗での開催に加えて、オンラインでもご参加いただけます!
当日は、ドイツにおける子どもの本の現況やいま起きている戦争などについてお話しいただきます。トークイベント後には、サイン会も実施されますので、ぜひこの機会にご参加ください!
詳細・お申し込み方法は、下記リンクをご覧ください。
\ヘンリーさんのその後のエピソード(2回目)はこちら/
中村 真人
1975年横須賀市生まれ。10代のころからベルリン・フィルに憧れ、早稲田大学在学中は交響楽団に所属。2000年にベルリンに移住し、現在はフリーライターとしてクラシック音楽や歴史、戦争と記憶の継承などについて執筆している。著作に『明子のピアノ 被爆をこえて奏で継ぐ』(岩波ブックレット)、『ベルリンガイドブック』(地球の歩き方)など。これまで雑誌「世界」(岩波書店)にキンダートランスポート、アウシュヴィッツの焼却炉などのテーマで寄稿。(写真:Shinji Minegishi)
1975年横須賀市生まれ。10代のころからベルリン・フィルに憧れ、早稲田大学在学中は交響楽団に所属。2000年にベルリンに移住し、現在はフリーライターとしてクラシック音楽や歴史、戦争と記憶の継承などについて執筆している。著作に『明子のピアノ 被爆をこえて奏で継ぐ』(岩波ブックレット)、『ベルリンガイドブック』(地球の歩き方)など。これまで雑誌「世界」(岩波書店)にキンダートランスポート、アウシュヴィッツの焼却炉などのテーマで寄稿。(写真:Shinji Minegishi)