学校で1日を過ごすために考えついたこと
母子登校を始めて、1ヵ月ほどが過ぎたころのことです。息子は思うように学校に馴染めず、なかなか次の段階へ進みませんでした。私は少しずつ疲れを感じ始めていました。
息子はそのうちひとりで登校できるようになる。どこかで、そう期待していたのだと思います。けれど現実は、思っていたほど簡単ではありませんでした。
とはいえ、ここで母子登校をやめるわけにもいきません。せっかく始めたのだから、何かしら変化が見えるまでは続けるしかない。そんな思いで、毎朝学校へ向かっていました。
相変わらず、息子は教室に入れないまま、教室の外に置かれた机で過ごしていました。私はその隣に立ち、授業中や休み時間の様子を見守るだけ。仕事のことが気になっても、学校にいる子どもたちの手前、スマートフォンを取り出すこともできませんでした。
息子に付き添う1日は、想像以上に長く感じられました。学校で何もせずに過ごすこと自体が、私にとって大きなストレスになっていたのです。
そこで私は、せめてこの時間を無駄にしないために、息子の様子や、そのとき自分が感じたことをノートに書き留めておこうと思いつきました。
観察から見えてきた息子の困りごと
ノートに息子の様子を書き留めるようになって、息子の困りごとに対して違う見方ができるようになっていきました。
息子が「わからない」と言うのが苦手なこと。友だちの輪に入りたくても、素直に「入れて」と言えないこと。困ったときに、先生ではなく私に助けを求めてしまうこと。
そうしたことは、そばで見ていれば何となくわかっていました。
けれど、ただ見ているだけのときは、私の中で苛立ちや焦りが先に立っていました。「どうして言えないの」「先生に聞けばいいのに」「また私に頼るの」と思ってしまうことがあったのです。
しかしノートに書くようになってからは、その場で起きた出来事と、息子の困りごと、そして私自身の感情を少し切り分けて見られるようになっていきました。
息子は何に困っているのか。私はなぜこんなに苛立つのか。学校での息子の姿を記録していくうちに、ぼんやり感じていたことが、少しずつ言葉になっていったのです。
「なんとなく」ではなく事実として見えてきた息子のつまずき
ノートに書き留めることで、自分の中が整理されていくことに気づいた私は、さらに細かく息子の様子を観察するようになりました。
朝の時間、1時間目、2時間目、中休み、3時間目、4時間目、給食、掃除、昼休み、5時間目、6時間目。時間割に沿って時間帯を区切り、教科とその時間に起きたことを書き込んでいったのです。
すると、息子の様子や行動には、一定の傾向があることが見えてきました。
たとえば、算数の時間。算数はレベル別の少人数クラスでしたが、算数が苦手な息子は、できるだけ後ろの席に座ろうとしていました。とくに担任の先生以外が担当する日は、表情が沈み、塞ぎ込んでしまう様子もありました。
一方で、比較的好きだった国語や社会では、授業中に手を挙げたい気持ちがありながら、自信がなくて踏み出せずにいる様子が見えてきました。
友だち関係にも、少しずつ変化がありました。中休みや昼休みに、自分から声をかけて友だちと遊べる日も出てきたのです。ただ、遊べる日には、ある共通点がありました。
特定の友だちがそのグループにいないときだけ、息子は自分から入っていけていたのです。そこで初めて、息子には苦手に感じている子がいて、その子がいると声をかけられなくなるのだとわかりました。



































