2022.04.27

ブックマーク

『赤毛のアン』邦訳誕生70周年 村岡花子訳の魅力をあらためて考える

「いちご水」「輝く湖水」「ふくらんだ袖」でピンとくる「腹心の友」へ

デスク、椅子、本棚……村岡花子が使っていた書斎が当時のままの姿で保存、一般に公開されています。東洋英和女学院の学院資料・村岡花子文庫展示コーナーにて。

『赤毛のアン』の日本語版が紹介されてから2022年は70周年の年にあたります。長年愛されている村岡花子訳を全面的に見直し、改訂をほどこした『赤毛のアン』ができあがり、東洋英和女学院へ移設されている“村岡花子先生の書斎”へお届けしました。

今回の
改訂にあたり、「常に、花子訳の特徴が失われることがないように留意したつもりです」と語る、翻訳者であり村岡花子の孫にあたる村岡美枝さん。花子先生の書斎の展示がある東洋英和の史料室の貴重な資料をまじえながら、ご苦労されたところや花子訳の魅力について教えていただきました。

翻訳家の村岡美枝さん。作家の妹村岡恵理さんと一緒に今回の改訂にあたった。村岡花子の孫にあたる。

日本で初めて、村岡花子の翻訳による『赤毛のアン』(L.M.モンゴメリ 作)が登場して、2022年でちょうど70年になります。このたび、改訂版が刊行となりました。

愛する娘や大切な友人への贈り物になるような、美しいハードカバーの村岡花子訳『赤毛のアン』があったら……と願っていたので、編集部からこの企画のお話をいただいた時、本当に嬉しく思いました。

戦後まもなくの1952年(昭和27年)、はじめて日本語訳となった『赤毛のアン』。村岡花子の貴重な蔵書。(写真協力/東洋英和女学院史料室)

見返しには、「愛するみどりへ 母」の言葉が。村岡花子は、娘のみどりさんや孫に本を贈る際、見返しに言葉を添えてくれたといいます。素敵な習慣です。(写真協力/東洋英和女学院史料室)

かつて講談社には1970年代から90年代初めまで親しまれた、赤紫色と白のカバーの抄訳版『赤毛のアン』(村岡花子 訳 鈴木義治 絵)がありました。それを底本にすることになり、抜けていた箇所の補訳をしました。

また、初訳から約70年という長い年月の間に、私たちの生活様式も変わり、それに伴い使われる言葉も変化しました。若い読者にもわかりやすいように、言葉を補う、言いかえるなど、表現を見直す必要がありました。

その一部をご紹介したいと思います。

(写真左)1970年代から90年代初めまで親しまれた、赤紫色と白のカバーの抄訳版『赤毛のアン』(村岡花子 訳 鈴木義治 絵 講談社)を底本に、今回の改訂版(写真右)は作られました。

「腹心の友」「歓喜の白路」「輝く湖水」

<でも、あそこを、<並木道>なんて呼んじゃいけないわ。そんな名前には意味がないんですもの――ええと――<歓喜の白路>はどうかしら? 詩的で、とてもいい名前じゃない? 場所でも人でも名前が気に入らないときはいつでも、あたしは新しい名前を考えだして、それを使うのよ。」>(第2章「マシュウ・クスバートの驚き」より)*以下、引用はすべて2022年改訂版より

『赤毛のアン』の村岡花子訳といえば、思い出してくださる方も多いキーワードがいくつかあります。

「腹心の友(kindred spirit/a bosom friend)」
「歓喜の白路(the White Way of Delight)」
「輝く湖水(the Lake of Shining Waters)」
「恋人の小径(Lover’s Lane)」……

こういった言葉は、今回もそのまま残しています。

花子の古風で詩的な言葉の感覚と、詩を愛するアンの豊かな言葉の泉とが響き合い生み出された訳語は、長い間、読者の方々に愛され、親しまれてきました。

親子3代にわたり共通の話題にすることができ、さまざまな『赤毛のアン』関連本にも引用されており、大切にしたいと考えております。

<「ほんとうに、メイフラワーなんてない国に住んでいる人がかわいそうだと思うわ。」(第20章「行きすぎた想像力」より)> 

いっぽう、アンが愛してやまない「メイフラワー(Mayflowers)」を、花子は「さんざし」と訳しましたが、今回の新訂版では、原文にそろえ、「メイフラワー」に変更しています。

70年前の日本で、花子は、アンが抱くメイフラワーへの思いを想起できる「さんざし」を訳にあてたのだと思います。ですが、いまはネットで検索もできますね。

ちなみに、北米の「メイフラワー」は、棘のある灌木の「さんざし」ではなく、地を這うようにはえて、白やピンクの星形の花をつける別の植物で、プリンスエドワード島でも、いまでは貴重な花になっているそうです。

<「あの窓に置いてあるゼラニウムの花は、なんていう名前なの?」
「あれは、アップルゼラニウムというのさ。」
「あの、そういうんじゃなくて、おばさんがつけた名前よ。名前、つけないの? なら、あたしがつけてもよくって? あれに――ええと――ボニーがいいわ。あたしがここにいる間だけ、あれをボニーと呼んでいいこと?」>(第4章「グリン・ゲイブルスの朝」より)

アンが「ボニー」と名付けてマリラがあきれた窓辺の花は、「アオイ」「リンゴアオイ」から「ゼラニウム」「アップルゼラニウム」に訂正いたしました。70年前の日本では、「ゼラニウム」といっても読者がイメージできないだろうと考えた訳語なのでしょう。アオイとゼラニウムは葉が似ていますね。

ちょっとおもしろいところでは、「もしバラが、アザミとかキャベツなんていう名前だったら、あんなに素敵だと思われないわ。」と、アンが名前へのこだわりを語るシーンも、「キャベツ」は原文通りの「スカンク・キャベツ」に訂正しました。(スカンク・キャベツってわかりますか。和名ではザゼンソウというものです)

いっぽう、今回、花子訳を残しつつ、ほんの少し工夫をしてみたところもあります。

村岡花子訳「いちご水」の正体は……

<ダイアナは、コップになみなみとつぎ、その美しい赤い色を感心してながめてから、上品にすすった。「これは、すごくおいしいいちご水ね、アン。」(第16章「ティーパーティーの悲劇」より)>

『赤毛のアン』には、服飾やお料理などに関する言葉がよく出てきますが、初訳当時の日本にはまだあまり馴染みのない物も多く、花子訳には、日本にある物でわかりやすく伝えようとした創意が見られます。

たとえば「いちご水」。

この響きに、どれほどの多くの読者が心をときめかしたことでしょう。赤い綺麗な色の甘酸っぱい飲み物を容易に想像できます。

しかし、モンゴメリの原文は「ラズベリー・コーディアル(raspberry cordial)」なのです。今では「ラズベリー」も市場に出回るようになり、みなさんもよくご存じのことでしょう。コーディアルも手に入ります。でも、70年前の日本では、そうではありませんでした。

「きいちご水」「ラズベリー水」「ラズベリー・コーディアル」……いろいろな候補をあてて読んでみましたが、今回の改訂では、長年親しまれた「いちご水」を残しました。

実は「ラズベリー・コーディアル」のことなのだということもわかるように、今回の改訂版はほんの少し仕掛けをしました。気づいてくださったら、うれしいです。

<もし、この中のたったひとつだけでも、パフ・スリーブにしてくださったら、もっともっとありがたかったんだけれど。ふくらんだ袖は、いま、とてもはやっているんですもの。>(第11章「アン日曜学校へ行く」より)

「ふくらんだ袖」も、花子訳のキーワードです。原文では「puffed sleeves」といい、当時大変流行していたものでした。

こちらもほとんどの箇所で「ふくらんだ袖」を残しつつ、「パフ・スリーブ」という用語を利用したところもあります。

また、アンが「想像力を働かせる余地がない」と言って嫌っている「つぎもの」は、今でいう「パッチワーク(patchwork)」です。

「つぎもの」という響きには、アンが針をうっかり指に刺したりしながら、悪戦苦闘している様子が目に浮かぶようでユーモアを感じます。世代の違いにより、同じ物でも、異なる名前で呼ぶことはよくあります。年配のマリラは「つぎもの」のまま、少女のアンには「パッチワーク」と語ってもらうことにしました。

同じように、「外套」は「コート」、「紫水晶」は「アメジスト」、「ふくらし粉」は「ベーキングパウダー」、「お茶道具」は「ティーセット」にしたほうが、現代の若い読者にはわかりやすいのかもしれません。けれどすべてを現代的なカタカナ表記に変えてしまうのはもったいない気がしました。

物語の舞台は100年前のカナダの東端、プリンスエドワード島です。人々は馬車で移動し、ランプの灯で本を読み、井戸水を汲み、食べるものも着るものもほとんどが手作りのスローな生活でした。古風な言葉の持つ素朴な雰囲気が、物語の時代性を表現しているように思います。

話し言葉は、『赤毛のアン』を読む楽しさのひとつ

<だけど、完全に幸福になるわけにはいかないの。なぜって言うと――ほら、これ、何色だと思って?」少女は、やせた肩にたれている、長い編みさげのひとつをねじって、マシュウの目の前にもっていった。(略)「赤じゃないかい?」彼は答えた。>(第2章「マシュウ・クスバートの驚き」より)

<「そうさな、なんといっても、ちっちゃいのだからな。」弱々しく、マシュウはくりかえした。「それに、大目に見てやらなくてはならないよ。あの子は、しつけというものを一度も受けてこなかったのだからな。」(第14章「アンの告白」より)

<ふくらますんでしょう、よござんす。ご心配にゃおよびませんですよ、マシュウ。最新流行の型に仕立てますからね。」と、リンド夫人はうけあった>(第25章「マシュウとふくらんだ袖」より)

内気で口下手なマシュウの「そうさな」。

上品な言葉づかいに憧れる、おませなアン。

世話好きでお人好しのリンド夫人の「よござんす」など、村岡花子訳の登場人物たちのセリフは、それぞれのキャラクターを際立たせることに成功しているように思えます。

味わいある話し言葉こそ、この物語の醍醐味であり、村岡花子訳の魅力ではないでしょうか。

今ではあまり耳にしない古風な表現もありますが、改訂版でもあえて残しています。

また、「グリン・ゲイブルス」「マシュウ・クスバート」「ジョシー・パイ」など、固有名詞は、原則として、村岡花子訳で定着している表記のままにしました。

*新訳などでは「グリーン・ゲイブルズ」「マシュー・カスバート」「ジョージー・パイ」などの表記が多いようです。

1952年出版の初版本の26章「物語クラブ結成」のシーン。紙がまだ貴重だったため、字は細かいが、驚くべきことに訳文は現在のものとほぼ同じであることがわかる。(写真協力/東洋英和女学院史料室)

詩や古典の引用が多いのも『赤毛のアン』の魅力

『赤毛のアン』には、詩の引用や題名がよく出てきますが、物語の流れを止めないよう、今回も註はあえてつけませんでした。グリン・ゲイブルスに来る前のアンは学校へも満足に通えていませんでしたが、文学的な知識が豊富で、それも物語の魅力のひとつになっています。興味のある方は調べてみてくださったらおもしろいことでしょう。

今回、一連の作業を通じて、翻訳の難しさをあらためて感じました。

言葉の背景には、その国の人々の歴史や文化や生活があります。それを異なる歴史や文化を持つ国の言葉に移し替えなければなりません。

時代が隔たっていることもあります。異なる言語を持つ二つの国とその人々への深い理解と愛情が不可欠です。そしてその作業には完璧というものはないのかもしれません。

どんな状況でも、幾つになっても、アンの清らかで快活な魂に触れると、心洗われ、力を与えられます。1908年原作誕生から114年、世界中で読み継がれているという事実が、L.M.モンゴメリによるこの物語が名作であることの証しなのだと思います。

改訂版『赤毛のアン』が、村岡花子訳を長年読んでくださっている方々にも、初めてアンに出会う方々にも、大切にしていただける一冊となりますように、と願っております。

――村岡美枝

もっと村岡花子について知りたい方へ

学院資料・村岡花子文庫展示コーナー

東洋英和の卒業生であり翻訳家、児童文学作家であった村岡花子の書斎を再現し、 著作や蔵書、執筆原稿など、ファンなら心おどる資料が無料公開されています。

村岡花子の書斎の様子が再現され、夭折した愛息、道雄の名を冠した「道雄文庫ライブラリー(地域の子どもたちのための児童図書館)」のコーナーでは関連書籍の展示もあり、大充実。

入場料:無料
場所: 東洋英和女学院 本部・大学院棟1階
    東京都港区六本木5-14-40
    TEL:03-3583-3166 
    E-Mail:archive@toyoeiwa.ac.jp
公開時間: 日曜日・祝日・長期休暇以外の9:00~20:00(土曜日は~19:00)
*お手洗いはご利用いただけません。
*団体でのご見学の場合は、予めお知らせください。

村岡花子訳で楽しむ『赤毛のアン』

『赤毛のアン』
作:ルーシー・モード・モンゴメリ 訳:村岡 花子  装画:北澤 平祐

2022年は村岡花子が日本に赤毛のアンを紹介して70周年。それを記念して出版された改訂版です。原題は『グリン・ゲイブルスのアン』という意味ですが、『赤毛のアン』というタイトルにしたのも村岡花子です。

むらおか はなこ

村岡 花子

Hanako Muraoka
作家・翻訳家

(1893~1968) 山梨県甲府市生まれ。東洋英和女学校高等科卒業。1927年はじめての訳書『王子と乞食』(作:マーク・トウェイン)...

児童文学カテゴリーのランキング
人気記事・連載ランキング