『つまり、それがルッキズム』本文より
三本川:読みやすく工夫されている本だよね。入門書として良いなと思った。読んでみて、心に残ったところはある?
妻:「褒め言葉のトラップ」というコラムに共感した。「褒め言葉が自信になることもあれば、呪いになることもあるのだ」という一文があって、本当にそのとおりだと思った。
私が表情豊かじゃないせいなのだけど、私の外見への褒め言葉として「クール」という言葉を使う人が多くて、それで悲しい思いをしてきた。
『つまり、それがルッキズム』本文より
三本川:「クール」って、人によっては嬉しい褒め言葉かなと思うけど、それが嫌だったんだ?
妻:見た目を褒める意味だけでなくて、「冷たい」「何を考えているかわからない」「近づきにくい」っていう意味も込められていたように思う。
人前で友達と楽しく騒いでいると、「ああ、きっと無理をしているんだな」と決めつけられてしまう。
三本川:そうやって決めつけられていると感じた思い出は、何かある?
妻:中学生のころに友達とはしゃいでいたら、部活の先輩から「クールなのに笑うんだね、意外」と言われたなあ。今でも鮮明に覚えてる。
他の人との輪に入って楽しく過ごしたいのに、外見によって異物として扱われるようで、寂しかった。
たとえ表面上は褒め言葉という形でも、自分の中身を見てもらえていないことに悲しさを感じてしまう。
そういう経験をしていくうちに、だんだん自分の外見が嫌いになっていった。
三本川:「クール」と言っている側は、気軽に褒めていたつもりかもしれない。でも受け取る側からしたら、人間関係から排除されている感覚だったんだね。
妻:そう、排除されていた感覚。さっき話した醜形恐怖症の友人は、私とは対照的で、すごく表情豊かで親しみやすい印象がある。
いろんな人から話しかけられやすくて、初対面の人ともすぐ打ち解けられる人。それがうらやましいと思っていた。
































