三本川:よく外見を褒められる人が、そのことに悩んでいる。これって意外に思えるけど、『つまり、それがルッキズム』でもまさにそういう事例が紹介されていたね。
外見を褒めることが場合によっては悪いことになるというのは、多くの人にとって衝撃的だと思う。
正直、僕も驚いた。実は僕も加害者側の発言をしてしまっていたかもしれなくて、反省しながらこの本を読んだ。
妻:これまでにどんなことを言ってしまったの?
三本川:例えば会社の同僚が髪型を変えて出勤してきたときに、それを褒めたりとか……。
妻:それはうれしいんじゃないかな!
あ、でも言い方や関係性にもよるね。「似合いますね」ならともかく、「顔が小さく見えますね」なんかだったりしたら……。
三本川:そこまで無遠慮なことは言っていないけど、外見に言及することで不快な思いをさせてしまうリスクをちゃんと念頭に置いていなかったことは反省だなあ。
これを言ったらダメという正解はないけど、想像を働かせて配慮していかないといけない。
今、僕たちはネットで活動していて、夫婦で動画や写真をネットに出すことがあるよね。そういうとき、外見に関するコメントが書き込まれることがあるけれど、それについてはどう思う?
妻:覚悟の上でやり始めたことだし、相手に必ずしも悪気はないだろうとわかっている。
でも複雑な気持ちでいる。容姿に対する言葉の裏には、この人はこういう人だというレッテル貼りがあることが多いと思う。
さっき話した「クール」のように。イメージを押し付けられて、この人はこういう人だろうと期待をされている、と思う。肩身の狭さを感じる。
たとえそれが褒め言葉だとしても、そもそも「ものさしをあてられている」ということに対してググッ……ってなる。居心地が良くない。
































