森が水不足で「木が倒れている」雨の多い日本でも広がる乾燥の脅威

林業関係者に聞く「森の手入れ」が減った現状と解決策

作家:浜田 久美子

気候変動により、乾燥が劇的に進んでいる

乾燥が進み水を吸いあげられずに倒れた木/写真提供:佐野森業代表、佐野大介さん

水不足が世界中に広がっています。

国交省が引用しているOECD(経済協力開発機構)の水の将来予測では、2000年から2050年の間に、主に製造業の工業用水で400%アップを筆頭に水需要全体で55%の増加が見込まれています。

人口の増加と経済の発展はともに水需要を跳ね上げる一方なのに対して、気候変動による乾燥の激化や豪雨豪雪の頻出、溶ける氷河など、気候変動は、水の供給を地域ごとにますます不安定にしています。2050年には深刻な水不足に見舞われる河川流域の人口が、39億人(世界人口の40%以上)となる可能性が予想されているのです。

「でも、日本は雨に恵まれて水が豊かだから」。多くの人がそう信じています。

しかし今、日本でも実はひどい乾燥が進んでいます。激烈な雨が増え、水不足よりも水の過剰の方に目が向きがちですが、水不足と水の過剰は、実はコインの表と裏の関係にあります。水が豊かに利用できることと、水による災害が起こりにくくなるメカニズムは根が一つなのです。この記事では、「森の手入れ」によって、水不足と水による災害を共に緩和し、人類の存亡を測る尺度である生物多様性を豊かにする方法を書いていきます。

日本は国土の約7割が森林です。その「森の手入れ」が水の未来を左右しうるのです。

線状降水帯の発生に敏感になっている日本人

春雨、五月雨、霧雨、氷雨……。日本語は雨を表す語彙がとても豊富です。それは雨の多さとその雨を生かし工夫する文化を作ってきたことを意味します。この雨の多さ、湿潤さによって、私たちは「日本は水が豊か」と信じています。しかし、雨や雪の多さが「利用できる水の多さ」とは直結しません。

一つには、降る季節に偏り──梅雨や冬の雪など──があるので、一年を通してまんべんなく降るわけではないこと。そしてもう一つが、日本の地形です。降った雨が川から海へと短時間で流れ出てしまって留まってはいないのです。

そのため、「水を貯める」努力が昔からされてきました。古くは溜め池、そして今はダムです。貯めることができれば、中近東や砂漠地帯のようにそもそも少雨なわけではありませんから、その点では日本は確かに恵まれています。

しかし近年では雨の降り方が極端になり、ひとたび線状降水帯が起きれば何かしらの災害が発生するようになってきています。スマホに全国の情報が頻繁に届くため、私たちはより水の過剰、災害のほうに敏感になっています。

『水はどこからやってくる?』著:浜田久美子/講談社 より引用

実は、山の乾燥が進んでいた!

激しい雨が増えているのに、実はその裏で山(森:日本では山と森がほぼ同義なので山は森のこともさします)には乾燥が進行しているーにわかには信じがたい話です。でも、日々山の木に触れているプロの話を聞くと、人知れず山に起きている事態を真剣に考えざるをえなくなります。

佐野大介(さのだいすけ)さん(佐野森(しん)業代表)に、話をお聞きしました。

佐野さんは、木材生産のための林業とは異なり、依頼された山全体を良好に維持するための手入れをしています。神奈川県の大磯が中心ですが、渋谷のヒルサイドテラスのように住宅や店舗と木々の共生を保つ仕事もあります。

一般の林業の多くが間伐や下刈りなどの仕事を単発で依頼されるのと違い、佐野さんは全体管理を任されているため、毎年同じ山で仕事をします。継続した定点での働き方が木々や山の異変に気づかせました。

「初めは2015年の日誌に出てくるんですが、今年は木が水を切っていると書いているんです。そこが始まりかなと」

「木が水をすわなくなった」と感じたといいます。

常緑樹の厚い落ち葉がおおって雨がしみ込まず、新しい植物が育ちにくい山の地面/写真提供:佐野森業代表、佐野大介さん

木々が自己防衛している

木々は冬には水を揚げず(吸わず)休眠すると言われていますが、暖冬になるにつれて冬でも水を揚げる木が普通になっていたと佐野さんは言います。それが、暖冬は続いているのに冬に水を揚げない木々に「おや?」と思い出してからの変化は加速しました。勢いよく水を揚げるはずの春や夏にも水を揚げない木々が増え始めたのです。

木が水を揚げているかどうかは、管理の主たる仕事となる枝を切ることでわかるそうです。

「木に水がまわっている場合、枝を切るとノコギリに重みや湿感を感じます。ところが、まるで(乾燥)板材を切っているような手応えの軽さ、乾いたおが屑が出る木が増えているんです。クスノキは、以前は切ると水分中の樟脳の匂いが全身に移って、目がしみるほどだったんです。それが今年は切ってもまるで匂いがしないまでになっていました」

木は葉を減らす、葉を小さくする、葉を枯らすなど自己防衛して凌ぐため、枝に水がまわらなくなると佐野さんは考えています。しかし臨界点を超え出したのか、とうとう本体が枯れて倒れる木がこの数年増え出しました。

「水をすわなくなった」という佐野さんの最初の印象は、土の状態を見てからは、「地中に水が少なくなって木が水を揚げられないんだ」と気づいたそうです。地中から水を十分に揚げられない中で酷暑が続き、暑さゆえに葉からの蒸散は激しくなりました。こうして木の水分がさらに抜けていって、持ちこたえられなくなったとき木が倒れていくと佐野さんは感じています。

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