森が水不足で「木が倒れている」雨の多い日本でも広がる乾燥の脅威

林業関係者に聞く「森の手入れ」が減った現状と解決策

作家:浜田 久美子

落ち葉の下の土でさえ、乾いている

「山には落ち葉が積もっているので、そこをめくると一年中土は湿っていたものなんです。ところが、今は落ち葉の下の土でさえ乾いているんです」

この背景は今の気候だけが原因ではないと佐野さんは感じています。山と私たち社会の変化も深く絡んで起きていると指摘します。

「神奈川県の大磯一帯は常緑樹が優勢な土地ですが、薪や炭を使っていた時代は落葉樹中心の山でした。それが戦後使われなくなると、自然に常緑樹が増えていきそれが今の大木です。大木は地下から吸い上げた水の蒸散量が多くなります。同時に、常緑の厚い葉で覆われると森が暗くなって落葉樹が枯れていっています。林内に光が届かないと新しい芽が育ちにくいのです。さらに、土壌が雨で流され出しているので木々が芽生えることさえできなくなって、山の様子がどんどん単調になってきているのです

常緑の落ち葉は分解が遅く、雨をはじいて土にしみ込みません。昨今のように雨が大量に降っても、落ち葉表面を流れ去る、場所によっては土を削ってしまう──。こうして悪循環が加速してきたそうです。

「森の手入れ」が絶対に必要!

大木だけ、それも偏った樹種だけが山で育つのは、実はバランスがわるいのです。

「林内に光を入れるためには大木を伐って若返りは絶対に必要なんです。でも、この状態では慎重にバランスを取らないと危険が増します。次の世代が育っていないからです。専門的に言えば、高木ばかりで中低木がない状態。そして暗くて草も生えていないところがたくさんあります。その状態で大木を伐ると、空いた大きな空間から大量の雨が降りそそぎます。より強く土砂を削って押し流してしまいます」

今ある大木を切れば片づく話ではありませんでした。

高温化し雨の激化が進む中にあって、一体どうしたらこの状態を改善できるのでしょうか? 佐野さんが今管理している山に試みているのは、土壌をふかふかにするための手立てです。

「どんどん進む乾燥にどうしたらいいだろう……、と苦しんだんですが、結局、土だなと行き着きました」

雨は降るのですから、雨を受け止め、削り流す状態ではなく、地下にしみ込む土壌こそが必要だ、と佐野さんは思い至ります。その状態ができれば草木が育つ可能性も広がる、と考えたのです。

杜の手入れができていない「原因」は、複雑にからみあっている

この佐野さんの話を聞いて、拙著『水はどこからやってくる?』で紹介しているサントリーの天然水の森づくりの試行錯誤となんとぴたりと重なることか、と思いました。当初、「人工林の間伐をすれば山は健全になる」と思って始めた天然水の森事業は、期待に反して植物を増やすどころか強い雨がより土を削り去ってしまう事態にぶつかったのです。

「草木におおわれていない土がむきだしの林床(りんしょう)(森の地面部分)だと、雨は衝撃となって土をけずってしまうだけでなく、そのような不安定な土の状態では、草木はなかなか育たないという悪循環におちいります。人工林の間伐をしさえすれば草木が生えるわけではなかったのです」『水はどこからやってくる?』69ぺージより引用

佐野さんの山と天然水の森事業の森、ともに直面した現象の背景には、日常的な森の利用をしなくなった現代社会が生んだ変化が大きく関係していました。人工林でも里山でも遠目には緑豊かに見えるのに、放置されて大木化した木々と後継者の育たない単調化、鹿を初めとした野生動物たちの跋扈、竹の侵略、減る一方の農林業に就く人たち……。いくつもの知られざる社会の変化が原因だったのです。

『水はどこからやってくる?』著:浜田久美子/講談社 より引用

「ふかふかの土」が水をためこんでくれる!

次々に遭遇する森を巡る状況が一筋縄ではいかないものばかりであるものの、天然水の森事業を前に進ませたのは、水は飲料会社としてのサントリーの生命線だったからです。手をこまねいていては水の危機=会社の危機です。腹を括って進み出します。そもそも、どうして森は水を育むのか? という基本に立ち戻ってそのメガニズムを解き明かしていく部分は、誰もに知ってもらいたいです。

土の中にいる小動物や虫や微生物たちはみんな、森に落ちた葉っぱに枝、虫や動物などの死がい、フンなどを食べて分解する役目を持っています。そして分解されたものが土となります。分解するときに出すねばねばする物質が、砂や粘土をくっつけて、小さな団子状にします。団子と団子の間はスポンジのようにすきまがあきます。しかもスポンジと同じようにふかふかした感触をしています。雨がこういう土に降ると、このすきまにまずはたくわえられ、さらに下に落ちていきます。『水はどこからやってくる?』71ぺージより引用

『水はどこからやってくる?』著:浜田久美子/講談社 より引用

森の状態はさまざま違っても、森の土がふかふかになって雨を受け止め、吸収することで地下に水をより導き、同時に洪水や土砂災害を防ぐことにつながっているのです。

生き物が豊かに育つ森へ

ふかふかの土にするためには、昆虫や鳥や菌類たちが活躍する状態を作ることが最善の策でした。まさに生態系の豊かさが、ふかふかの森の土の源だったのです。そして多様な生き物たちのためには多様な植物が必要で、それは森を多層、つまり大きく高い木だけでなく、中低木や草などが入り混じる状態がさらに最適であることがわかっていきます。

「愛鳥活動で鳥を守っているつもりが、私たちが生きる環境を鳥が守ってくれていたんだなと。そしてそれは鳥だけでなく、すべての生き物に言えることでした」とサントリーの山田さんは言います。だから多様な生き物たちが生きられる状態をより細かく観察して、それに合わせた手入れをすることが、ふかふかの土にするもっとも効率的で効果的というのが、現在の天然水の森づくりの姿勢になっています。『水はどこからやってくる?』184ぺージより引用

壁を乗り越え、地道に実践を続けた結果は、土を豊かにする森の生き物たちの役割の偉大さ、究極、生き物の豊かな森を目指すことが最善の鍵となることに辿りつきます。

『水はどこからやってくる?』は、サントリーの20年にわたる天然水の森事業の奮闘を、小学5年生から読めるようにわかりやすい言葉で専門的な内容が理解できるように書きました。「水育ガイドブック」として、今こそ多くの方に読んでいただきたい一冊です。子供達の未来が豊かな水と共にあることを願っています。

『水はどこからやってくる?』著:浜田久美子/講談社

『水はどこからやってくる? 水を育てる菌と土と森』(浜田久美子)/講談社

森の土が水を安全にきれいにして、生き物を豊かにし、土砂災害など災害を起こしにくくするメカニズムを、多数のイラストや図版で解説する「水育」ガイドブック。20年以上にわたって「水のための森づくり」を試行錯誤してきたサントリーへの取材をもとに、水のサイクルや日本のいまの森の姿に迫ります。
この本を読むと、生命に欠かせない「きれいな水」を永遠にリサイクルするためには「森の手入れ」が欠かせないことがわかります。森や水に関する調べ学習や、自由研究の参考書に、ぜひご活用ください!

※「水育」はサントリーホールディングス株式会社の登録商標です。この本はサントリー「水育」の公式ガイドブックではありません。

●目次
序章 きれいな水をつくってたくわえる「森の土」
1章 日本は森に助けられてきた 
2章 飲み物をつくる会社、森づくりを本業に
3章 森づくりもいろいろだった 
4章 どうして森は水を育むの?  
5章 森に入れない!? 
6章 二つの手ごわい敵〈前編・シカの巻〉 
7章 二つの手ごわい敵〈後編・竹の巻〉 
8章 豊かに見える森の中で起きていること 
9章 自然の姿に近づけたい 
10章 わかりはじめた地下世界
終章 水の未来に向かって

36 件
はまだ くみこ

浜田 久美子

Kumiko Hamada
作家

東京生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。横浜国立大学大学院中退。 精神科カウンセラーを経て、木と森の幅広い力と魅力に出合い作家に転身。森との接点が失われた時代に、もう一度森と人がより良い関係をつくるために挑む人々を取材している。2000年から長野県伊那市と東京三鷹の二ヵ所に暮らす二住生活中。『森をつくる人々』『木の家三昧』(コモンズ)、『スウェーデン森と暮らす』『森がくれる心とからだ』(全国林業改良普及協会)、『森の力 育む、癒す、地域をつくる』(岩波新書)、『スイス式森の人の育て方 生態系を守るプロになる職業教育システム』(亜紀書房)、『スイス林業と日本の森林』(築地書館)、『水はどこからやってくる?』(講談社)など著書多数。

東京生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。横浜国立大学大学院中退。 精神科カウンセラーを経て、木と森の幅広い力と魅力に出合い作家に転身。森との接点が失われた時代に、もう一度森と人がより良い関係をつくるために挑む人々を取材している。2000年から長野県伊那市と東京三鷹の二ヵ所に暮らす二住生活中。『森をつくる人々』『木の家三昧』(コモンズ)、『スウェーデン森と暮らす』『森がくれる心とからだ』(全国林業改良普及協会)、『森の力 育む、癒す、地域をつくる』(岩波新書)、『スイス式森の人の育て方 生態系を守るプロになる職業教育システム』(亜紀書房)、『スイス林業と日本の森林』(築地書館)、『水はどこからやってくる?』(講談社)など著書多数。