「私、女の子だったんだね」と妹がつぶやいた日
大人になってから母に当時のことを尋ねると、母も「気づいていたよ」と話してくれました。妹が小学校に上がり、制服のスカートを穿くことになった日、鏡の前に立った妹が、ぽつりとこうつぶやいたのだそうです。
「私、女の子だったんだね」
その言葉を聞いて、母はただ「そうだよ」と答えるしかなかったといいます。母は、妹の中に揺らぎのようなものがあることに気づきながらも、どう接すればいいのかわからず、戸惑っていたのです。
小学校に入学してから、妹は少しずつ、自分が女の子であることを受け止めていったように思います。服装や趣味は相変わらず「男の子っぽいもの」を好むこともありましたが、自分のことを「ぼく」と呼んだり、トイレで立って用を足そうとしたりすることは、いつの間にかなくなっていきました。
今、母となった妹はこう振り返ります。
「子どものころから髪も短かったし、好きなものも周りの女の子と違ったから、私は男の子なのかもしれないと思ってたんだ」
見た目や好きなものを手がかりに自分を理解しようとしていた、幼い日の複雑な胸の内が、その言葉には詰まっていました。
「私」という認識は揺れながら定まっていくもの
妹の性自認をめぐって、私たち家族が戸惑ってきたのは事実です。ただ、「解決すべき問題」と捉えずに見守ってきたことは、結果的によかったのではないかと今は思っています。
幼い子どもは、好きなものや周囲の影響を受けながら、自分の性別を少しずつ受け止めていくのかもしれません。
親が「うちの子、もしかしたら他の子と違うかも」と感じたとき、「男の子か女の子か」という答えを急いで求めたくなることもあるでしょう。けれど、幼い時期に子どもが抱いている感覚は、常に揺れ動いています。
その感覚を乱暴に否定せず、成長を見守ることのほうが、無理に答えをはっきりさせるより大切なのではないでしょうか。あくまで一つの経験談ですが、今の私はそんな思いで自分の子どもたちに向き合っています。
文/構成・橘サチ


































