娘に必要だったのは“人を信じ直す時間”だった
娘は少しずつ高校進学に気持ちを向けるようになりました。最初から前向きだったわけではありません。勉強の遅れもあり、同年代の子たちと同じ教室で試験を受けることにも不安がありました。
それでも、「このままずっと家にいるのは嫌だ」「高校ではもう一度やり直したい」という気持ちが、娘の中に少しずつ芽生えていったのだと思います。
私たちは、出席日数や内申だけで判断されにくい学校、娘の状態を理解してくれる学校を探しながら、進学先を一緒に考えました。地元で同年代の子たちと顔を合わせることへの不安は残っていたため、娘は知り合いに会う可能性の低い隣町の塾に通うことにしました。
最初は緊張していましたが、「ここには自分のことを知っている人がいない」という安心感もあったようです。少しずつ勉強のペースを取り戻し、わからないところを一つずつ埋めるように、机に向かう時間を増やしていきました。
受験までの道のりは決して簡単ではありませんでしたが、「高校からは環境を変えたい」という思いが、娘を少しずつ前に進ませてくれました。
そして現在、娘は元気に高校へ通っています。もちろん、今でも人間関係で悩むことはあります。それでも以前のように、「どうせ自分はダメなんだ」と自分を全否定することは少なくなりました。
振り返ってみると、娘の不登校の原因は、「学校が嫌い」といった単純なものではありませんでした。幼いころから繰り返された仲間外れによって、人を信じることそのものが怖くなっていたのだと思います。
親はどうしても、「勉強の遅れ」や「進路」を考え、早く学校へ戻そうと焦ってしまいます。でも、心が傷つき、閉じてしまっている状態では、どんなに背中を押しても、子どもはすぐには歩き出せない。
娘に必要だったのは、勉強を取り戻す時間よりも、もう一度「人を信じても大丈夫なんだ」と実感できる時間だったのかもしれません。
裏表のない子どもたちに受け入れられ、「おねえちゃんが来てくれてうれしい」とまっすぐに言ってもらうこと。その小さな積み重ねが、娘の心を少しずつほぐしてくれました。
不登校の理由は、親の目に見えるものだけとは限りません。でも、その傷を癒やす出会いや場所が、きっとどこかにある。私はそう感じています。
文/構成・橘サチ
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