加藤晶子の絵本『てがみぼうやのゆくところ』制作日記
第35回 講談社絵本新人賞受賞からデビューまで 第2回「やぎ問題?!」
2022.05.31
昨年は、私にとって忘れられない年となりましたが、うれしいこともかなしいこともいっしょに分かち合える大切な人や友人がいるということは、本当にありがたいことだと改めて感じた1年でもありました。
生きていると本当にいろいろなことがありますが、その支えの一助に「絵本」という存在があれば良いなと思います。
毎年、幼児図書出版部の年賀状をその年の受賞者が担当することになっています。
「てがみぼうや」のお披露目ということで、ここはがんばりどころです。そのイラストの依頼は、当初、2色で表現するとのことでした。(2色というのは当然、4色より安く印刷できるということです。)
普段2色で描いたことがないので、これはちょっとした課題でした。
担当編集者の(N)さん曰く、「今後、帯のイラストなど、2色で描くという機会もあるかもしれないので、この機会に挑戦してみましょう!」とのこと。
う~ん、1色は迷わず、「てがみぼうやカラー」の黄色で決まり。もう1色がセピアかオリーブか……。
ところが原稿を手渡す前日の夜に(N)さんから電話。
「今回、価格が変わらず4色で印刷できることになりました!」印刷屋さんのご好意でなんと4色で印刷できることに!
2色の原稿でも4色分解の印刷だと断然きれいにしあがるとのこと。もちろん色を足してもOK。全体を4色に書き直す時間はありませんが、せっかくなので、その晩、「てがみぼうや」の切手に赤をさしました。ちょこっと赤が入るだけで、絵がしまります。
てがみぼうやもチークを入れてもらったようで、喜んでおります。
しかも私、午年なんです~。自分の干支で記念となる年賀状を手がけられるなんてうれしいことです。
この年賀状の絵には、てがみぼうやのように、いろんなことがあっても前を向いて歩いて行こう! 行かなくちゃ! そんな想いもこもっています。
■10月4日ー2回目打合せ 講談社にて
前回の制作日記にも書きましたが、打ち合わせして直した箇所を絵コンテに落としこみ、持参したわけですが、描いているとやはり新たな問題点に遭遇。
解決せぬままの箇所がいくつもあり、今日の打ち合わせはもう3分くらいで終わってしまうのでは……と思いながら始まった打ち合わせでしたが、(N)さんとお話ししていると物事がきちんと整理され、こんがらがった紐がスルスルとほどけるように問題点も解決されていきました。
(N)さんのお言葉を借りると、「あっちを考えたり、こっちを考えたり、まるで粘土をこねながら、だんだんと形が見えてくるよう。」本当にその通りで、本作りって楽しいのです。
しかし、それでも、解決されぬ問題も……。
絵本の中で、「てがみぼうや」がやぎに食べられそうになるシーンが出てきます。
実はその絵は、応募時に私がかなり力を入れた場面で、渾身のやぎが描かれているのですが……、(N)さん曰く、どうもやぎの迫力がありすぎて(?!)、「てがみぼうや」が主人公であることを忘れてしまうとのこと。構図的にも、やぎが主人公になってしまうみたいなのです……。それは困ります!
一度は解決したと思われたのですが、最後の本描き(実際に本番の紙に色を塗っていく作業)の前に、再浮上……。
「てがみぼうやの視点にはなったけれど……食べられる! といった危機感が薄れてしまいました。」
メエエエエ~~……。泣きたくなります……。
やぎに食べられそうな迫力のある危機感を、「てがみぼうや」が主人公であることを忘れずに描かなければいけません。最終的にやぎ問題がどのように解決されたかは、是非、絵本が出版されたら見てみてくださいね!
この日の打ち合わせ後、(N)さんのお誘いでお昼を食べることになりました。
「加藤さん、おそば好きですか?」「大好きです!」
そう、わたし、おそばはいつ食べてもいいくらい好きなのです。(N)さんもおそば好きだそうで、どこまでも気の合う私たち♪(と思っているのは私だけかもしれませんが……。)
ほっと一息、講談社の近所の美味しいおそばやさんで、今日の打ち合わせを締めくくりました。
2回目の打合せもなんとか進み、(N)さんに「加藤さんのなかで、さらに『てがみぼうや』が、血が通い、心を持ち、立体的になっているのを感じます。」とおっしゃっていただきました。
以前、ある作家さんが、ふと描いたキャラクターを壁に貼って毎日、話しかけていたら、ある日突然、その子が話しかけてきて、それが絵本になったという話を聞いたことがあります。
私も今、「てがみぼうや」を壁に貼って、毎日眺めたり話しかけたりしています。
昔、絵本のワークショップで「困難なことが起こったら、絶対解決するという気持ちでそのことに取り組む。必ずそこに答えはある。」と言われたことを思い出しつつ、その気持ちで臨んでいれば、きっとこの子が問題解決のヒントをくれる。そんな気がしています。
■おまけのはなし
その日の帰り、ちひろ美術館に「ずっと長さんとともにーー長新太が描いた子供の本」という企画展を観にいきました。
長さんといえば言わずと知れた日本を代表する絵本画家のおひとりで、すでに亡くなられていますが、今までに私が通った絵本のワークショプなどでは、多くの編集者や作家の方がその長さんとの思い出を皆さん一様に、宝箱からいちばん大事な宝物をそっと取り出すようにお話をしてくださったのが印象的でした。
多くの方が絵本を通して、長さんという深い人間性に魅了されているのですね。
ワークショップでは「長さんを目指すな」とよく言われましたが、それは小手先でまねできるようなものではないからで、やはり到底まねはできそうにありません。
以前、知り合いの編集者さんから長さんが雑誌に寄稿していた「童画家に対する注文」というページをコピーしたものをいただいたことがあります。
そこに書かれている内容は、注文というよりも我々を多いに励ましてくれる言葉。童画家だけでなく仕事をする全ての人にも当てはまる内容だと思います。
私はこれをここ数年いつも手帳に挟んで持ち歩き、時折読み返しているのですが、平日の昼下がり、人もまばらな美術館で私は長さんの作品とひとり向き合いながら、その教えを思い出していました。そして、私たち童画家を目指すものは、長さんを目指すということでなく、少なからず、この想いを受け継いで(?)、心に留めてこの仕事と向き合って行くべきなのだと思ったのでした。
★次回は「届くことの奇跡」をお届けします。