加藤晶子の絵本『てがみぼうやのゆくところ』制作日記
第35回 講談社絵本新人賞受賞からデビューまで 第5回 「ことばのちから 茅ヶ崎自宅そして講談社にて」
2022.06.05
「応募時ののびやかなタッチを表現してください!」という担当編集者(N)さんの言葉を胸に、応募時の画稿を脇に置き、自宅にこもってひたすら描く日々が続きました。
手帳に連なる「制作」「制作」と言う文字に、先日亡くなられた「まどみちお」さんが日記に綴っていた「絵をかいて いちんち」という言葉を思い出しました。この言葉をきいた時は、なんて幸せな一日だろう! と思ったものですが、そんな毎日を、私も今、過ごしているのだなあと感慨にふけりながら描いていました。
2月も終わりに近づくと、机に向かいすぎて歩けなくなるのではないかと思ったほど。ほぼ完成したところで、一度確認してもらうべく、講談社へ出向きました。
画稿を全てぐるりと並べて、一枚ずつ、テキストとてらしあわせながら確認していきます。緊張の一瞬です。
画稿チェックの後は、テキストの最終チェックに入ります。もちろん、ラフ画の時点でも何度となく推敲してきたテキストですが、色がつくと断然、今まで以上に絵が語り始めます。
その間、私は絵だけを見ます。その後、こんどは私が声を出して読みます。(N)さんには、絵を見ながらきいていただきます。
これをくりかえすことで、テキストが絵と違和感なくマッチしているか、また声に出すことで、読み心地がよいかがはっきりしてきます。
たとえば、
「てがみぼうやは ぼくじょうのおじさんに つまみあげられました。」
という文章と
「てがみぼうやの からだが ふわりと うきました。ぼくじょうの おじさんです。」
という文章では、印象が変わります。
実際の絵には、牧場のおじさんが「てがみぼうや」をつまみあげているシーンが描かれているので、少々乱暴な印象のある「つまみあげる」という言葉を使わなくても意味が伝わります。
絵で表現できることは絵で表現する。ただし、つぎのような場合もあります。
「てがみぼうやは ふかふかの ほしくさのうえで おしりをかわかすことにしました。」
という文章でも、あたたかいほしくさの感じはでますが、
「てがみぼうやは おひさまを たくさんあびた ふかふかの ほしくさのうえで おしりをかわかすことにしました。」
と書いたほうが、より場面の暖かさが強調されるように感じます。
こんなにも絵本の印象をかえる「ことばのちから」は、とても大きいのです。言葉選びは難しいけれど、ピタリと合う言葉が見つかったときは、本当に気持ちがよいです。
絵本の言葉は子どもたちが最初に出会う日本語なので、できるだけ美しく、正しい日本語を心がけていますが、それと同時に「読み心地の良いことば」「きき心地のよいことば」であることも、とても大切にしています。
この日は久しぶりに、作業後に(N)さんと私の好物のお蕎麦(!)を食しました。
絵本の完成もあと少し! 最後の追いこみに、好物のお蕎麦をぶら下げられて(?)、(N)さんにおしりをたたかれたのでした。(いえいえ、(N)さんに励まされました!)
■おまけのはなし 「てがみぼうや、ボローニャへ行くの巻」
本描き作業も佳境の2月半ば、(N)さんから「3月末に、イタリア・ボローニャで開かれるブックフェアに出張してきます。講談社から刊行されている絵本はもちろん、これから出る予定の『てがみぼうや』もつれていこうと思います!」との一報が入りました。
イタリア・ボローニャで毎年開かれている国際的なブックフェアは、世界中の出版社がブースを出して本の版権を売買する、いわば児童書の見本市です。同時開催される国際絵本原画展は、絵本作家の登竜門でもある公募展で、会場には受賞作品が展示されます。イラストレーターの交流のためのカフェも設けられており、世界中からイラストレーターが来場し、自分の作品の売りこみもできるのです。
ずっと行きたかったボローニャ! これはよいタイミングかも! と思い、思いきって、急遽、私も行くことにしました!
会場では、(N)さんや絵本作家の「藤本ともひこ」さん(第13回講談社絵本新人賞受賞者)とも無事にお会いすることができました。異国の地でお会いするというのも、なかなかうれしいものです。
会場の中には、イラストレーターが自分のポスターや名刺を自由に貼ってよいボードがあるのですが、すでにたくさんの作品が貼られて、あいているスペースは下の方だけ。ちんまり形だけ貼ってきましたが、後からきいたところによると、みなさん、人のポスターの上からがんがん重ねて貼ってしまうそうです……。
す、すごい……。
それでも、世界は広いなーと改めて実感し、刺激もたくさんいただいて、改めて「目指せ世界!」と思ったのでした。
今回の旅で、直前にもかかわらず、格安航空チケットを見つけてくださった旅行会社の方や、売りこみのために「てがみぼうやのゆくところ」以外の私の絵本を3冊も英訳してくれた友人、ボローニャの情報を細かく教えてくれた友人たちに本当に感謝です。
★次回はいよいよ最終回!「てがみぼうやのゆくところ」をお届けいたします。