【絵本原画】ウラではこんな風に扱われていた! 色分解のプロの仕事

第42回 講談社絵本新人賞受賞・伊佐久美の『タコとだいこん』制作日記第5回

第5回 タコは出張中

新人絵本作家の登竜門として知られる「講談社絵本新人賞」。
1979年に創設され、歴代受賞者には、かがくいひろし氏、シゲタサヤカ氏(佳作)、石川基子氏など、絵本界の綺羅星のような才能を輩出しています。新人賞受賞作品は、単行本として刊行されるため、絵本作家デビューを目指す多くの人が、こぞって応募します(21年度は579作品が集まりました)。

第42回講談社絵本新人賞を受賞した伊佐久美氏。受賞からデビューまでの裏側を、受賞者自身に「制作日記」形式でルポしてもらいました。創作の裏側が覗ける貴重な同時進行ドキュメントをお届けします。
こんにちは。皆さんお元気でお過ごしでしょうか?

今回はHマネージャーのお話です。

何のことやら? ですよね~。

全ページ描きなおし作業は無事に終わり、タコは印刷会社へ出張中です。またあちこちにくっついたりして、迷惑をかけていないか心配です。

絵本の刊行は8月なのですが、先行分解といって、絵を先にスキャンして、試し刷りをしてもらいます。印刷のために先にスキャンすることを、印刷用語で色分解というのですね~。

※色分解…絵を、印刷時に使用するCMYKという4つのインキ成分比に分解すること。

そしてずっと昔、私が勤めていた会社でやっていた仕事が、色分解だったのです。(とても短い間でしたが)

そのころ色分解するのには長い経験と勘が必要で、ベテランでないとなかなかうまくできない仕事でした。今でもそうだと思いますが、スキャナーで絵や写真を読み取ったあとの補正作業が難しいのですね~。

私は製版会社という印刷するための版を作る会社の、スキャナー部というところにいました。

そして新入社員だった私の直属の上司がHマネージャーだったのです。

Hマネージャーはたいへんな愛妻家でした。

ドッグショーの写真の色分解をしていたときのことです。派手に毛をカットされた犬の写真を見たHマネージャーが「俺こんな犬連れて公園なんか行けないよ~! はっずかしい!」と叫んでいました。

そのままずっと騒ぎ続けているので、「じゃあ、このプードルを連れて公園に行くのと、犬の格好をした奥さんと公園に行くのと、どっちがいいですか?」と聞いてみたのです。

するとHマネージャーは「う~ん」と考えた後「犬の格好したうちのかみさん♡」と、のろけるのですよ~。 

う~んと考えている間、フワフワの着ぐるみを着た奥さんの姿を想像していたのでしょうね~。お元気かなあ?
こんな感じの大きなプードルの写真でした。私はかっこいいと思うのですが…… Photo by Kiwi Gal 
そして、Hマネージャーは愛妻家なだけではなくて、色分解のプロフェッショナルなのでした。

ある日の夕方、いつもは遅くまで残業しているHマネージャーがスーツに着替えていました。

「これからお出かけですか?」「うん。港にある倉庫に行ってくる。」

夜、港、倉庫……! 

「麻薬の取引ですね!」「何言ってんだか? 絵を見に行くんだよ!」

私の働いていた製版会社では、いろんな仕事を請け負っていて、アート写真集、美術展の図録、画集などの仕事もじゃんじゃんくるのでした。

そしてHマネージャーは、海外から船で届いた絵画が港にあるうちに、実物を見に行くのでした。

今はどうなのかわかりませんが、当時は撮影された絵画の写真を色分解して図録に載せていました。でも、写真に撮った時点で色が違ってしまうのです。

そこでチャンスがあればすかさず、正しい色合いに照らす照明器具を持って実物を見に行くのでした。自分にだけわかるメモをとりながら、ただじっと見て記憶するのです。かっこいい~!

こんなこともありました。

ある日、Hマネージャーが巨大なスキャナーの陰でこそこそしているのです。

「何してるんですか~?」と近づくとマスクに白手袋の姿で「わ~! こっちくるな~!」と追い払われ、しばらくしてから厳かな口調で呼ばれました。

「マスクは俺の分しかないから。いいか、しゃべるなよ。咳するなよ。くしゃみなんか、もってのほかだからな!」と、そっと見せてくれたのは有名画家の水彩画でした。本物です。

画集かなにかの仕事で、原画を預かっていたのでした。水彩画なので、唾を飛ばしただけで染みになってしまうのです。

わ~と心の中で言いながら、机の上にある絵を覆いかぶさるようにして見ている間、Hマネージャーは「泣くなよ。よだれ垂らすなよ」と呪文のように言い続けるのでした。

そしてなんと、今回はHマネージャーのようなプロフェッショナルに『タコとだいこん』を色分解してもらえるのです。

ありがたいことです。こんな日がくるとは思いもしませんでした!

タコは水彩画ではないし、今度はちゃんと正しい保護ニスを塗ったので、ちょっとくらいコーヒーをこぼしても大丈夫ですよ~。とメモをつけようか迷いました。

いろいろ気にせず作業してもらえたらいいな。と思っています。校正が届くのが楽しみです! 

どうかタコが悪さをしませんように。

それではまた来月お会いしましょう♪
昔、製版会社から支給されたルーペ。もしかしたらやめる時に返さなくてはいけなかったのかも? でももうその会社はないのです。
いさ くみ

伊佐 久美

絵本作家

1970年生まれ、東京都在住。東京造形大学デザイン学科卒業。製版会社、デザイン事務所勤務を経て、2002年よりぬいぐるみ、雑貨等の制作・販売をするネットショップの運営をしている。2021年、第42回講談社絵本新人賞受賞。

1970年生まれ、東京都在住。東京造形大学デザイン学科卒業。製版会社、デザイン事務所勤務を経て、2002年よりぬいぐるみ、雑貨等の制作・販売をするネットショップの運営をしている。2021年、第42回講談社絵本新人賞受賞。