タコはどこまで「かわいい&おしゃれ」になるのか 絵本デザイン裏話

第42回 講談社絵本新人賞受賞・伊佐久美の『タコとだいこん』制作日記第6回

第6回 タコはおかんむり

新人絵本作家の登竜門として知られる「講談社絵本新人賞」。
1979年に創設され、歴代受賞者には、かがくいひろし氏、シゲタサヤカ氏(佳作)、石川基子氏など、絵本界の綺羅星のような才能を輩出しています。新人賞受賞作品は、単行本として刊行されるため、絵本作家デビューを目指す多くの人が、こぞって応募します(21年度は579作品が集まりました)。

第42回講談社絵本新人賞を受賞した伊佐久美氏。受賞からデビューまでの裏側を、受賞者自身に「制作日記」形式でルポしてもらいました。創作の裏側が覗ける貴重な同時進行ドキュメントをお届けします。

こんにちは。皆さんお元気でお過ごしでしょうか?
今回はブックデザインのお話です。

何か月も前のこと。編集者のNさんに「ブックデザイナーさん、誰にお願いしましょうか? 希望があったら言ってくださいね~。」と言われました。

「ええ? 誰でもいいんですか?」
「誰でもいいですよ~。」
「わーい! でも誰も知りません。」
「最後のページに名前が載っていますから、いろんな絵本を見てみるといいですよ~。」

書体や、文字の配置から、表紙、裏表紙、背表紙、帯など本のすべてをデザインしてくださるのが、ブックデザイナーさんです。

デザイナーさんによって、本がかわいくなったり、かっこよくなったりと、雰囲気がガラッと変わるのですよ~。

好きな人にお願いできるなんて、うれしいうれしい! はりきって本屋さんへでかけました。

ところが、たくさんの絵本に何がなんだかわからなくなり、見るだけ見て帰ってきてしまったのでした。本屋さん、立ち読みだけしてごめんなさい。

じっくり考えました。

『タコとだいこん』は野暮ったい絵なので、それをすっきりと見せてもらいたい気持ちがあります。

反対に、暑苦しくしてもらうのも面白いような気がします。でも、タコをかわいくしてもらいたい~! という気持ちが一番強いかも?

そんな風にNさんに相談してみると、暑苦しい路線と、かわいい&おしゃれ路線、二人のデザイナーさんを教えてくれました。

よし! 平日の空いていそうな時間を狙って、再度本屋さんへでかけました。

絵本コーナーで仁王立ちになり、背表紙だけ見て、心惹かれた絵本を取り出し、最後のページを見てみます。

当たりです! Nさん推薦の、かわいい&おしゃれ路線のデザイナーさんの名前がありました。また一冊取り出して見てみます。おお! 今度は暑苦しい路線のデザイナーさんの名前!

そうやってどんどん見ていくと、私が心惹かれた背表紙の八割は、そのお二人がデザインしたものでした。Nさん、すごい~! どうして私の好みがわかるんだろう?

その日は、かわいい&おしゃれ路線のデザイナーさんが作・絵・デザインをした、とってもかわいい絵本を買って帰りました。

それからしばらくは、タコをかわいくしてもらいたいな~。でもこの泥臭い絵だと嫌がられてしまうかな? と考えながら描きなおし作業をしていました。ちょうど海の中のシーンでした。

そのうち不思議なことが起きました。応募した時の絵では黄土色に塗っていた海の中の色を、青に変えたらビックリ。絵が急に垢抜けて見えてきたのです。

これだったら、かわいい&おしゃれ路線でもいけるかも知れない! うれしくなってNさんにメールすると、数日後「快諾していただきました~。」と返事が!

わーい! かわいい&おしゃれなブックデザインをしてくださる中嶋香織さんにお願いすることになりました~♪

うれしくて、表紙用に描き終わっていた、こちらを睨みつけるような表情だったタコを、かわいく描きなおしました。

ところが喜んでいたのもつかの間、中嶋さんから表紙のタイトル文字を手書きで。という依頼がきてしまいました。

心配したNさんから、筆を使ったり、利き手じゃない方の手(左手)で書いたりするのもいいかも? とアドバイスをいただき、それから一週間、両手と海のいきものたちを使ってたくさん書きました。

もともと字が下手なのに、さらに左手で書くなんて、大丈夫かな? と心配しながら書いてみましたが、どちらの手で書いても、たいして違いのないことが発覚。ショックでした。

そこで問題です。

問題1 どちらが左手で書いたものでしょうか?
右手と左手で書いた手書き文字 左手で書いたのはどっちでしょうか?

正解は最後に。


ところで、本物の海のいきものは使っていませんよ~。

筆で書くのに飽きてきた頃、タコに書いてもらったとしたらどうだろう? とタコになったつもりで書いてみたらとても楽しくて、じゃあ次はイカにお願いしてみよう。イルカにも。と、いろんな海のいきものに依頼しはじめたら、止まらなくなってしまったのです。

調子にのって人魚姫にも頼んでみたのですが、ハートをまき散らすので、すぐにやめてもらいました。

そして、海のいきものシリーズに、私の両手筆文字等を加えて中嶋さんに提出したのです。

さて、選ばれた文字はどれでしょうか?

ちなみに私の筆文字は採用されませんでした。この下の海のいきものシリーズから選んでくださいね。

問題2
A 陽気なイルカ
B ビビりタコ
C チャラいイカ
D 元気な怪獣

怪獣は海のいきものじゃないような気もしますが……
表紙用に書いた手書き文字シリーズ
問題1の答え 上が左手で書いたものです。これからは左手で生きていこうかな?

問題2の答え Cのチャラいイカが採用されました。この後、中嶋さんにいろいろと整えていただいています。

……タコは自分の書いた文字を使ってもらえなかったので、おかんむりなのでした。

それではまた来月お会いしましょう♪
いさ くみ

伊佐 久美

絵本作家

1970年生まれ、東京都在住。東京造形大学デザイン学科卒業。製版会社、デザイン事務所勤務を経て、2002年よりぬいぐるみ、雑貨等の制作・販売をするネットショップの運営をしている。2021年、第42回講談社絵本新人賞受賞。

1970年生まれ、東京都在住。東京造形大学デザイン学科卒業。製版会社、デザイン事務所勤務を経て、2002年よりぬいぐるみ、雑貨等の制作・販売をするネットショップの運営をしている。2021年、第42回講談社絵本新人賞受賞。