
つるま先生 どうやって個性を見つけて、膨らませているか……わぁ、考えさせられる質問ですね(笑)。そうですね、どのキャラクターも描くときはものすごく考えるのですが、例えばミケ(三家田涼佳)のような子を描くときは特に気をつけています。
──ミケちゃんはいのりよりも年下ですが、「大人に甘える子どもも、子どもに味方する大人も大嫌い!」という、強烈な個性の持ち主ですね。
つるま先生 そうです。ミケは気が強いし、大人の言うことも聞かないから、「ちょっと悪い子だよね」と言われてしまうキャラクターです。でも、決してそんなことはなくて……。
私たちはつい「大人の言うことを聞けるか、人に気を遣えるか」のような「社会性の有無」でいい子、悪い子を判断してしまいがちですが、社会性が乏しいことは、必ずしもその子の「欠けている部分」ではないと思うんです。
ミケは一匹狼気質ですが、彼女の「強気な気持ち」や「大人にも反抗できる強い意志」は、実はものすごい才能じゃないかと思って描いています。
ほとんどの子どもは大人の言うことをそのまま聞いてしまいますが、相手が大人であっても、自身のボキャブラリーが少なくても、「それっておかしいよ」「自分はこうだと思う」を言えるのは、他の人にはない強い個性。
その個性は上手く育てば、社会に出てから誰かを引っ張る力や、何を言われても決めたことをやり通せる力につながっていくかもしれません。
だから、社会性はもちろん大切ですが、それが自然にできないことを「悪い子」と断じてしまうと、「その子にしかないもの」や、「本来輝くはずのもの」も十分に引き出されない、ということが起こってしまう気がします。
だから私たち大人はそうならないように、「欠けて見える部分」を排除するのではなく、別の角度から未来につながる可能性を見つけたり、守ってあげることができたらいいなと思って愛されるキャラになって欲しいと願って描いています。
──ミケちゃんのコーチである那智先生はまさにその役割を担っていますね。みけちゃんをサポートする姿が本当に素晴らしいです。
つるま先生 はい。ミケも、「この子は悪い子だ」と言われるのは辛いと思うんですよね。特に、「普通に生きていたらこうなってしまった」という部分を強く否定されるのは、誰にも本当に苦しいことだと思います。
そう言われ続けたら、そこに含まれている自分にしかない得意なことも磨くのをやめてしまうことだってあるかもしれません。
少しの努力で社会的に生きることができる人もいれば、社会的であるために、自身が削られるような思いをしている人もいる。作品でもそれを忘れないように描きたいな、と思っています。
私自身は大人にずっと手をかけさせる子どもでした
つるま先生 「ものすごく自発的」ということかと思います。私が練習場で見かけたのは、小学校1年生くらいの女の子が氷上でひとり、お母さんを振り返りもせずに練習に没頭している姿です。
私はお母さんが見ていなかったら絶対に練習なんてしない子だったので、もう全然違うなって。親の送り迎えなしに、自力で電車やタクシーを乗り継いて通ってくる子もいましたし、こんなに幼い時期から、こんなに自発的なんだ、自分の意思がはっきりして自立しているんだ、ということに衝撃を受けました。
──そんな世界なんですね。つるま先生ご自身はどのようなお子さんだったのでしょうか。
つるま先生 全然です! 私はとっても母親に手をかけさせてしまう子どもでした。小学校時代は1週間に2回くらいはお母さんが忘れ物を届けに学校に来てくれていて……。
大人になって振り返ると、もう少しひとりでできないといけなかったし、やりたかったなと思う部分もあります。
──子どもは成長速度もそれぞれ違いますし、本当にいろいろな子がいますよね。つるま先生の子どもへの解像度がすごいと思いました。
つるま先生 そんな風に言っていただけるのはとても恐縮です。もともと子どもが好きだったので、教員免許を取って先生になりたいと思っていた時期もありました。
でも、今お話したように私自身忘れものが多かったり、不注意だったりする部分が多くて。教師になったらたくさんの子ども達の重要な事をたくさんフォローできる人間にならないといけない。
何かを失念したり不注意で子ども達の事故を防げない……なんて事が想像できてしまって……教師の道は諦めました。
それからまさにこの連載が始まった頃に身近な関係性の間に赤ちゃんがやってきたので「子どもが幸せになるにはどうしたらいいんだろう」とか、「そもそも子どもの幸せってなんだろう」とか、そんなことをより深く考えるようになりました。
支える側の努力も頑張りも輝かしいものとして描きたい
つるま先生 ありがとうございます。人気になる作品は、たいてい少年や少女が主人公ですよね。その子が大人になったり親になったりすると、今度は下の世代に主人公を譲って物語が進む……ということは多いのですが、自分が大人になってみると、大人になっても頑張る機会はたくさんあるし、「こんなに頑張らなきゃいけないのか!」というくらいハードなのは、むしろ大人になってからのほう。
だから私はそれをあまり「黒子っぽい感じ」で描きたくないなと思ったんです。なのでダブル主人公として司も主人公として描いています。
たとえ子どもを支える側だとしても、その努力や頑張りは輝かしいものとして描きたい。大人もずっと主人公にしていきたいんです。
「学生時代のあのときが一番輝いていた」ではなく、「大人である今が充実している、今が幸せ」みたいなことも描けたらいいな、と思っています。なによりも掲載する場所が青年向けのアフタヌーンであることが背中をおしてくれました。
大人が主人公の名作漫画を沢山輩出してきたアフタヌーンの編集さんたちに「かっこいい大人」についてたくさん相談できるのも、指導者という司を主人公として描き続けることができる理由になっています。
──とても伝わってきますし、多くの人が励まされていると思います。子育て中の親としては、最初はいのりちゃんがスケートをすることを反対していた、お母さんが気になりました。
つるま先生 まさに、一番慎重に描かなければと思っていたのがいのりのお母さん(結束のぞみ)でした。世間には「毒親」という言葉もありますが、実際の育児では子どもを苦しめてしまう恐れがある親の言動にはさまざまな事情があり簡単にカテゴライズできる存在ではないのではと思います。
いのりのお母さんは、最初はいのりのスケートには反対でしたが、そこにはそう思うようになったきっかけや歴史があって、お母さんにもたくさん傷があるんです。
親という立場に立たされた時、自分の経験則や信念から「こうしよう」と決めたことは、たとえ子どもが納得できなくても引っ張らないといけない、強い決断を通さなければいけない瞬間があるのではないかと思います。
それはきっと愛情ゆえの行動でも、それを繰り返しているうちに、いつの間にか子どもの気持ちを振り返る余裕がなくなってしまうこともあるだろうなと。
だから、この作品ではお母さんが「壁」にはなるけれど、決して悪者ではないことを描きたくて。いのりのことを考えて行動していた人が、ずっと悪い人でい続けるわけはないですから。お母さんにはお母さんの思いがちゃんとあることも伝わればいいな、と。
ただ、これは言い訳になってしまうのですが当時は連載を始めたばかりで……今思えばもう少しいのりの苦しみを減らして、お母さんを悪者に見せないようにする描き方もあったんじゃないかなと思うことはあります。
──つるま先生は単行本化する際もものすごく悩むと聞いています。指導者にもいろいろな人が出てきますが、「大人の観察」はどのようにされているのでしょうか。
つるま先生 大人の観察というか、「人の観察」ですね。ある人の言葉や行動の裏に、どんな背景があるのか、どんな心理があるのかはものすごく気になります。
一見優しい人が実はすごく怖がりだったり、嫌なことを言ったりやったりする人が実は虚勢を張っているだけだったり……。
そこには「こうなりたい」「こう見えたい」というその人の思いも絡まるので、ひねくれて見えたり、歪に見えたりすることもあります。そんな人間の裏側まで描いていければと思っています。
──『メダリスト』のキャラクターはみんなそれぞれ素晴らしく説得力があるのですが、出会った人が参考になったこともありますか。
つるま先生 あります。私が出会った方はみんな本当にいい人ばかりで……。まわりが怖い人たちばかりだったら、こんなに素敵な人たちは描けなかったと思います。
ユニークで素敵な人たちにたくさん出会えたから、そのおかげでいろいろなキャラクターが描けるのだと思います。
成長スピードや個性がみんな違うのが子ども
つるま先生 そうですよね。子どもは絶対に守らなければいけない存在だけれど、同時にその子には「自分が生きたいように生きる自由」もあるので、親の立場からそれを判断するのはものすごく大変だと思います。
私は子どもを育てた事がないのでアドバイスなどできる立場では決してないと思うのですが、1人の人間として、ひとつ大切だなと思うのは、当たり前と言えば当たり前なのですが、「他の人と比べないようにする」ということではないかと思います。
「お友達の家は、これくらい大丈夫」「みんなこうしている」ということでも、そのまま適用するのではなく、いったん「うちの子は同じでいいのかな」「いや、ここまでは手助けが必要ではないか」と、その子自身に照らして判断したほうが良いのかなと。
私たちのような大人になっても得意不得意があるように、子どもの成長スピードや個性は本当にそれぞれで親の力だけで変えられるものではないと思いますから。
でも自分に得意や不得意までとてもそっくりだったら、得意なことは自分のようにできないと心配したり、不得意なことは苦しい思いをしないように自分の経験をもとに先回りして守ってあげたいと思ってしまうのではないかと想像します。
でも自分の分身のように錯覚してしまう事がどんなに多くてもその子の得意不得意を親のものではなく、別の人間として……その子だけの得意不得意として見守る事ができたら、お互いに苦しくならない関係で経験を積みあげられるような気がします。
ですが、今はそう思っている私でも、手を差し伸ばせば助け続ける事ができると思えば、知らない間に子どもの手を離せない人になってしまうかも。これは本当に難しいことだろうなと思います。
──最後に、連載を楽しみにしている方へメッセージをお願いします。
つるま先生 最近は、いのりと司のほうが魂のステージが上がりすぎて、私が追いつけなくなってきています(笑)。
私自身がもっと成長していかないといのりをかっこよく描けないと思うので、これからも頑張っていきたいと思っています。これからも、どうぞよろしくお願いします。
プロフィール
つるまいかださん
愛知県出身。漫画家。2020年講談社『アフタヌーン』にて『メダリスト』連載スタート。「次にくるマンガ大賞2022」ではコミックス部門1位を獲得。『メダリスト』コミックス13巻まで好評発売中! アニメ『メダリスト』各配信サービスにて好評配信中!
作品情報
最新刊『メダリスト』第12巻12月23日発売予定
TVアニメ『メダリスト』第2期ティザーPV│2026年1月よりテレビ朝日系"NUMAnimation"枠にて放送開始
結束いのりちゃん、本人へのインタビューが『Ane♡ひめ』vol.19に掲載中!

発売日:2025年9月26日
価格:1980円
小川 聖子
東京都出身。アパレル系企業に勤務したのちライターに。雑誌やWeb系メディアにてファッション関連記事や人物インタビュー、読み物記事の構成や執筆を行う。長男はついに成人、次男は中学生に。1日の終わりに飲むハイボールが毎日の楽しみ。
東京都出身。アパレル系企業に勤務したのちライターに。雑誌やWeb系メディアにてファッション関連記事や人物インタビュー、読み物記事の構成や執筆を行う。長男はついに成人、次男は中学生に。1日の終わりに飲むハイボールが毎日の楽しみ。