キャリアがないまま「母親」になった
高校卒業後、私はずっと派遣社員やアルバイトで生計を立ててきました。正社員を選ばなかったのは、やりたいことが分からなかったから。そして18歳の私は、雇用形態の違いによる将来のリスクを、そこまで真剣に考えていなかったからです。
その後、私は27歳で結婚。出産を機に専業主婦になりました。手に職もなく、キャリアらしいキャリアも積まないまま、私は母親になったのです。
仕事に未練はありませんでした。むしろ「子育てに専念する人生」に、ささやかな誇りのようなものを感じていた気がします。しかし結婚生活は3年で破綻。「専業主婦として生きていく」というライフプランが突如として崩壊し、私はひとりで、息子を養っていく現実に放り出されたのです。
働きたいのに保育園に入れない
離婚後に突きつけられたのは、「無職」という立場の厳しさでした。保育園の入園選考では、フルタイム勤務中の人や育休中の人が優先されることが多く、仕事を探している段階だった私は不利な立場でした。
「子どもを預ける場所がなければ、仕事探しも思うように進まない」
「でも働いていなければ、入園選考では不利になる」
そんなジレンマに、何度も直面しました。自治体の相談窓口で「フルタイム勤務のほうが点数は高くなります」と説明を受けるたびに、「では私は、どうやって働き始めればいいのだろう」と途方に暮れたことを覚えています。先の見えない状況に、不安で足元が揺らぐような感覚でした。
元夫からの養育費はありましたが、それがいつまで続くのかはわかりませんでした。実家に戻ることも考えなかったわけではありませんが、実家の地域がら勤め先の選択肢は限られます。また両親も仕事や生活があり、すぐに頼れる状況ではありませんでした。「とにかく自分が動くしかない」という焦りを抱えながら、手探りで保育園探しと就職活動を進めていきました。
穏やかだったパート時代
求職中だった私は入園選考の点数が伸びず、申し込んだ認可保育園はすべて落選。やむなく、無認可保育園へ息子を入園させることになりました。
ようやく手にした仕事は、介護施設の食堂でのパート。無認可保育園で預けられる時間には限りがありました。正社員として働く道も模索しましたが、まずはその時間内で働ける仕事を探すしかありませんでした。
週5日、9時から16時まで働いて、月収は約14万円。手当や養育費を合わせると、世帯収入は月20万円前後になりました。無認可保育園の月謝は月5万円。家賃や光熱費、健康保険や国民年金を支払うと、ギリギリの生活。しかし当時は「住民税非課税世帯」だったため、医療費や水道代の減免など、社会のいわゆる「セーフティーネット」に守られていました。
贅沢はできませんでしたが、夕食を息子とゆっくり囲んだり、保育園帰りに公園やスーパーへ寄ったりする時間はありました。今振り返れば、あのころが一番、親子で穏やかに暮らせていた気がします。
▼子どもに「働く理由」をどう話せばいい?▼






























