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「……はらこ飯、おいしかった?」
もうお米の一粒も残っていませんが、3人が食べていたのは、むすび丸が大会のために用意した「はらこ飯」でした。ご飯が茶色いのは、生鮭をしょうゆとお酒で煮た煮汁でお米を炊くからです。宮城県の亘理町という町の郷土料理で、鮭の卵を「はらこ」と呼び、はらこをご飯にのせたものを、はらこ飯と言います。
郷土料理とは、昔からその土地で作られてきた食材や調理法を使った伝統的な料理のこと。亘理町は海沿いの町で、秋になると、それぞれの家庭ではらこ飯を作ります。そして、「うちのがいちばんうまい!」と自慢しあうのが亘理町の秋のお約束。
でも、そのはらこ飯が食べられなくなったときがありました。東日本大震災のときです。亘理町は、津波で甚大な被害を受けました。甚大、というのは、とてつもなく大きい、という意味です。家もお店も、人も流されてしまい、はらこ飯を作ることができなくなってしまったのです。
「はらこ飯はね。東日本大震災で大変だったときも、『これだけはなくしちゃいけない』って、みんなで守った郷土料理なんだよ。ボクは、このおむすびを通じて、たくさんの人に知ってほしかったんだ……今、はらこ飯を同じように食べられることは、とても幸せなことなんだって」
「むすび丸の言うとおりであるぞ!」
殿も言いました。
「守ったのは、はらこ飯だけにあらず! ホヤ、カキ、ワカメ……人々の努力なくして復活はありえず」
殿の言葉に、追いついたさくらっきーと岩沼係長もうなずきます。
「おいしいね、って、笑い合える幸せは、誰かががんばってくれたおかげなんだよ」
「そのとおりです。私は子どもたちに、ありがとうの気持ちを忘れずにと教えています」
宮城の人たちが、元の美しくて豊かな海を取り戻すために、あきらめずにがんばった。そのおかげで、今、むすび丸はおいしいおむすびを作ることができるのです。むすび丸が、おむすび選手権大会に出ようと思ったのも、このことを全国の人たちに伝えたかったから。
むすび丸たちの話を聞いて、犯人たちもしょんぼりしています。
「そんな大切なものだったんだ……」
「全然知らなかったよ」
「ごめんなさい」
こうして犯人たちは捕まり、むすび丸は救出されました。


































