街で「しね」「うんこ」性器の名称も声に……言ってはいけない言葉ほど出てしまう“汚言症・トゥレット症候群”とは

子どものチック症・トゥレット症#3「汚言症や合併症」

小児神経科医、瀬川記念小児神経学クリニック理事長:星野 恭子

無意識に卑猥な言葉が出てしまい、止めることができない汚言症は誤解も多い疾患だ。  イメージ写真:アフロ
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意思とは関係なく、まばたきが増える、肩をよくすくめる、風邪ではないのに咳払いをする、フンフン言う……。一過性のものを含めれば、子どもの5人に1人になんらかの症状が出るという「チック症」ですが、なかには慢性化、重症化するケースもあるといいます。

チック症には顔・体を動かす運動チック、「ンンンッ」などの短い声や咳払いなどの音声チックがあり、その両方が1年以上持続する場合は「トゥレット症」と診断します。「トゥレット症」の一つにあるのが「汚言症(おげんしょう)」です。

汚言症は本人の意思に反して“言ってはいけない言葉”を発してしまう疾患です。今回は、汚言症などについて、瀬川記念小児神経学クリニック理事長で小児神経科医の星野恭子先生に伺っていきます。

※3回目/全3回(#1#2)を読む

星野 恭子(ほしのきょうこ)PROFILE
瀬川記念小児神経学クリニック理事長。日本小児科学会専門医。日本小児神経学会専門医。医学博士。社会と共に子どもの睡眠を守る会発起人。2021年「日本医師会赤ひげ大賞赤ひげ功労賞」受賞。

20年以上、チック症を診ている小児神経科医で瀬川記念小児神経学クリニック理事長の星野恭子先生。  写真提供:星野 恭子

言ってはいけない言葉こそ言わないと気がすまない

「チック症」という言葉になじみはあっても、「トゥレット症」は初めて聞く方も多いのではないでしょうか。運動チックと音声チックの両方が1年以上続いた場合に診断される病名ですが、動きや発話の症状は多種多彩であり、認知度の低さから好奇の眼差しや偏見に悩むケースも見られます。

トゥレット症を知る第一歩として、まずは「本人たちは、決してやりたくてやっているわけではないということを知ってほしい」と星野恭子先生は話します。

「脳の神経回路において、ドパミン(dopamine)という神経伝達物質の分泌異常が関係していると考えられているため、心の病気でもないですし、本人の意思とも関係ありません」(星野先生)

なかでも場所や状況をわきまえず、街なかでも突拍子もなく「しね」や「うんこ」といった卑猥な言葉などを発してしまう「汚言症」は、より周囲の注目を集めてしまいやすい疾患です。小さな子どもが「うんち」「おしり」などと口にして楽しむことはよくありますが、その様相とは異なります。

前(#1)に記したとおり、チック症には4種類(単純運動チック、単純音声チック、複雑運動チック、複雑音声チック)あり、汚言症は複雑音声チックに分類されます。

トゥレット症までの経過は、幼児期から小学校低学年ごろに強いまばたきなどの単純運動チックから始まり、鼻を鳴らすなどの単純音声チック、そして体を後方にそらしたり、ジャンプや四肢の屈伸などの複雑運動チック、汚言症などの複雑音声チックが出てくる、というのが一般的です。

ちなみに、トゥレット症は重症と考える方も多々いますが、「症状自体が軽くても、トゥレット症の基準に当てはまるケースも多いです」と星野先生。

「汚言症は、小学校高学年から中学生にかけての思春期にあたる時期、男子に多く出てきます。自分の意思とは関係なく、『しね』や『うんこ』、性器の名称など卑猥な言葉、社会的に受け入れられない言葉を発してしまいます。不思議に思われるかもしれませんが、『よい言葉』はほとんど出ません」(星野先生)

汚言症は、出現の時期や「言ってはいけない」という意識が深く関わっているといいます。

「子どもの成長は、小学校高学年ごろから性的興味が非常に高まります。とりわけ男子の頭の中は、エッチなことが多くなりますよね(笑)。汚言症の場合、脳内の一部の神経回路が過剰に反応し、異常な興奮状態にあるのではないかと考えています。

そして『言ってはいけない』と思うことで『言わないと気がすまない』というチック症のメカニズムが働いてしまう。よい言葉が出ない理由はここにあります」(星野先生)

不安や困難に直面するのは、本人はもちろんのこと、家族も同じです。親としてどう受けとめればいいのでしょうか。

「こういう時期なんだという理解が必要です。『言うのをやめなさい!』と𠮟るのではなく、落ち着いたトーンで『ちょっと静かにしようね』『深呼吸しようね』とうながしてあげてください。

汚言症の治療は薬を使うことが多いです。行動の抑制に関与する前頭葉系の発達が安定する高校生ごろには落ち着くことがほとんどなので、希望をもって治療にあたってほしいです」(星野先生)

街なかで突然、汚言症の症状に出くわしたときに、知らなければ周りは驚いたり、怖がってしまうのは当然です。周囲の無理解によって本人の自尊心を傷つけてしまうことがないように、正しく知り理解することが大切だといえるでしょう。

また、我が子がそうなった場合、最初は家族も理解が追いつかず、つらく戸惑うことも。治療に難渋したとしても、そのトンネルには出口があること、思春期のトゥレット症には見守る姿勢が大切だと覚えておきたいです。

感情をコントロールできなくなる怒り発作

星野先生によると、チック症・トゥレット症の子どもの6~7割に、合併症が見られるといいます。注意欠如・多動性障害(ADHD)や、「どうしても気になることがあって、してしまう」といった症状がある強迫性障害、また母子分離不安などがある不安症などです。

なかには、怒りをコントロールできなくなり、物に当たるなどしてしまう「怒り発作」という症状が出る子どももいるといいます。

「怒り発作は、ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)など神経発達症の子どもにも見られるので、必ずしもチックだけの問題ではないのですが、怒っている本人が自分で怒りをしずめるほかありません。

症状が出たら危ない物のない部屋へ行ってもらい、『怒りがおさまったら出てらっしゃい』と伝え、自分で落ち着きを取り戻すまで刺激せずに待ちます。無理に止めたり、なだめようとすれば、さらに感情がたかぶってしまい逆効果です」(星野先生)

汚言症やこうした激しい症状が出ても「うちの子は治らないとあきらめないでください」と星野先生は続けます。

「子どもの脳は神経の発達が目覚ましく、どんどん変化していきます。改善していないように見えるときもあるかもしれませんが、褒める、早く寝かせる、ゲームをひかえるなど、家庭でもできることをしながら、発達に準じた治療をきちんとすれば改善していくものです」(星野先生)

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3回にわたり、チック症・トゥレット症について星野先生に伺いました。チック症と聞くと、強いまばたきをしたり首をすくめたりと、いわゆる「単純チック」がよく知られていますが、いろいろなタイプ、症状、合併症などがある複雑で多様な疾患だということがわかりました。

身近な症状でもありますが、正しく知られていないことも多く、知らないことで生まれる偏見や誤解につらい思いをしている子どももいることでしょう。家族はもちろん周囲の理解があることが、本人の生きづらさをやわらげ、改善の道へとつながっていくはずです。

もしも、子どものチックが見られたら、睡眠やゲームについてなど「家庭でできること」に取り組み、また生活に支障があると感じた場合などはすぐに小児科へ相談することが親ができる最善の策だと思われます。

取材・文/稲葉美映子

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ほしの きょうこ

星野 恭子

Kyoko Hoshino
小児神経科医、瀬川記念小児神経学クリニック理事長

瀬川小児神経学研究所所長。日本小児科学会専門医。日本小児神経学会専門医。医学博士。関東の病院、早稲田大学にて時計遺伝子研究、南和歌山医療センターなどを経て2017年より現職。チック症、トゥレット症候群などに関する豊富な臨床経験を持つ。 また、子どもの睡眠の大切さを啓発する「社会と共に子どもの睡眠を守る会」を開設するなど幅広い活動が評価され、2021年に「日本医師会赤ひげ大賞赤ひげ功労賞」受賞。著書に『チック・トゥレット症の子どもたち』(合同出版)。 ●瀬川記念小児神経学クリニック

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瀬川小児神経学研究所所長。日本小児科学会専門医。日本小児神経学会専門医。医学博士。関東の病院、早稲田大学にて時計遺伝子研究、南和歌山医療センターなどを経て2017年より現職。チック症、トゥレット症候群などに関する豊富な臨床経験を持つ。 また、子どもの睡眠の大切さを啓発する「社会と共に子どもの睡眠を守る会」を開設するなど幅広い活動が評価され、2021年に「日本医師会赤ひげ大賞赤ひげ功労賞」受賞。著書に『チック・トゥレット症の子どもたち』(合同出版)。 ●瀬川記念小児神経学クリニック

いなば みおこ

稲葉 美映子

ライター

フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息子あり。趣味は、どこでも一人旅。ポルトガルとインドが好き。息子たちとバックパックを背負って旅することが今の夢。

フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息子あり。趣味は、どこでも一人旅。ポルトガルとインドが好き。息子たちとバックパックを背負って旅することが今の夢。