
【西新宿小学校】学校を子どもの「居場所」に 通知表・単元テスト・宿題を廃止した公立小学校校長の挑戦
学校の「当たり前」を考える 西新宿小学校の改革 #3 先生たちの反応
2025.05.19
新宿区立西新宿小学校校長:長井 満敏
先生が「学びのコントローラーを子どもに手渡す」難しさ
通知表、単元テスト、宿題の廃止という大きな変化を、先生たちはどのように受け止めたのでしょうか。長井校長に尋ねると、「先生方にも個人の考えがありますから、全体の傾向としてまとめることはできませんが、何というか……戸惑いが大きかったのだと思います」と微妙な答えが返ってきました。
改革を実行してから2年、通知表作成時期の仕事量は確実に減り、通常時と変わらない状態になりました。しかし、手放しで喜んでいる教員は、そう多くはないと長井先生は推察します。
「これまで子どもに学習させる手段として、テストや通知表を使ってきた面があったのでしょう。たとえば授業で『ここはテストに出るから大事だよ』と言えば、ある程度真剣に聞くわけです。そうした方法が使えなくなって、やりにくさを感じているのではないでしょうか」(長井先生)
学習内容がおもしろければ、子どもたちは自ら学ぶ。長井先生はそう考えていますが、多くの先生から感じるのは、授業で教え、強制しないと学ばないという「子ども観」です。
「子どもが主体的に学ぶ授業へのシフトは、文部科学省からも求められていることです。でも、現場の先生が『教える』『やらせる』を手放すのは、そう簡単ではないと実感します。
教育界ではよく、『学びのコントローラーを子どもに手渡す』という表現が使われます。これまでは先生が握ってきた学習方法や内容を、子どもたちが自己決定・自己選択できるようにしようという意味です。
だけど、実際の授業を見ていると、コントローラーを持っているのはまだまだ先生なんだと感じます。これは本校だけでなく、外部の学校を視察しても同様です」(長井先生)
先生を抑圧から解放し「子どもが自ら学ぶ授業」を目指す
先生たちの変化が難しい理由の一つに、教育界や学校の構造の問題があると長井先生は指摘します。先生自身もまた、厳しく管理・評価される体制の中に組み込まれています。
組織としての学校は管理職の権限が強く、教員は一方的な指示に従って業務をこなす、という部分も多いといいます。その上には教育委員会があり、管理職もまた、評価・指導される側になります。
長井先生は、「教員自身が主体的に動けない環境では、『子どもが自ら学ぶ授業』という発想には至らない」と考え、業務改革にも地道に取り組んできました。不要業務の削減はもちろん、校長の命令による役割分担もできるだけ減らし、話し合いで決定、推進していく学校運営に変えつつあります。
一方で、個々の先生たちとのコミュニケーションは、慎重に進めてきました。
校長という権力のある立場だからこそ、上から目線で説教したり語ったりするのは避け、できるだけフラットな形で対話できるように注意を払ってきたといいます。
「たとえ子どもたちにとってよい理念であったとしても、先生が『押しつけられた』と感じてしまえば、結局は子どもを強制する負の連鎖が起きてしまいます。
先生たちが抑圧から解放され、もっと自由に考え行動できる環境をつくることでしか、授業は変えられないのだと思っています」(長井先生)
「できるようにする」前に必要なこと
改革後、長井先生が変化に戸惑う先生たちに感じたのは、「学校は何かをできるようにする場所」という、固定観念にも似た強い意識だったといいます。「だけど……、本当は順番が逆だと思うのです」と、じっくり言葉を選びながら続けます。
「人が何かをできるようになるためには、存在が認められ、受け入れられる経験が必要です。そこで感じた『自分のままで大丈夫』という安心感が土台となり、やってみたいという気持ちが生まれます」(長井先生)
心理学や発達心理学では、こうした状態を「心理的安全性」や「安全基地」と呼び、その重要性は近年広く社会的に認識されています。
「こうした点を踏まえるなら、小学校は学習や生活習慣を身につけさせる以前に、子どもが安心して過ごせる『居場所』にならなければなりません。ともに時間を過ごす中で、一人ひとりが尊重されることが重要なのです。
しかし現状では、学校が子どもにとって安心できる場所とは言いがたい。むしろ、子どもたちを追い詰める場所になってしまっています」(長井先生)
子どもの将来のために、「できるようにさせなくては」と考えがちなのは、先生だけでなく保護者にも当てはまります。
本当に子どものことを思うなら、まずはその子自身のよさを認めて受け入れる、そのままで大丈夫だと伝える。こうした行動と発想の転換が、子どもと接する多くの大人に求められているのかもしれません。