医師の働き方改革」が「子育て世帯」に与える影響 小児科医・新生児科がわかりやすく解説

小児科医・今西洋介先生に聞く「医師の働き方改革」 前編 働き方改革とは? 医師の労働現状を知る

小児科医・新生児科医:今西 洋介

「医師の働き方改革」がついにスタート。私たち子育て世帯へはどのような影響があるのでしょうか?  写真:アフロ
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2024年4月から「医師の働き方改革」がはじまります。医師の労働環境を整備して、医師自身の健康を守るためのこの制度は、日本の医療を守るために必要不可欠です。

前編では、医師の働き方改革とはどのようなものなのか、子育て世帯の生活にどのような影響があるのかを、一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事で、小児科医・新生児科医の今西洋介先生に解説していただきました。

(全2回の1回目)

今西洋介(いまにし・ようすけ)
小児科医・新生児科医、小児医療ジャーナリスト。一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。
SNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として社会に提起。一般の方にわかりやすく解説し、小児医療と社会をつなげるミドルマンを目指す。3姉妹の父親。
X(旧Twitter)ではふらいと先生(@doctor_nw)としてフォロワー数は14万人。

医療従事者のホスピタリティに支えられている日本の医療

「医師の働き方改革」とは、そもそも働く医師一人ひとりが働きやすい取り組みを進めるための改革です。女性医師の活躍や子育て、介護などと両立しやすい働き方、働く環境の整備なども医師の働き方改革です。

この中で、特に患者への影響が大きいとされているのが「医師の長時間労働の是正」です。医師は、これまで長時間労働が当たり前の環境で仕事をしてきました。

しかしその結果、医師自身が健康をむしばまれてしまうことがたびたび問題視されてきたのです。こうした状況を改善するために、4月からはこれまで実質的に“青天井”だった医師の労働時間に、一定の制限が設けられることになります。

そもそも日本では、保険証やマイナンバーカード1枚さえあれば、いつでも一定の自己負担で、自分のかかりたい病院や診療所にかかることができます。ヨーロッパなどの海外では、原則としてあらかじめ登録したかかりつけ医にしかかかることができず、それすらも数週間待ちが当たり前という国もあるなかで、これは非常に優れた医療制度だと言えます。

その一方で、患者が医療機関をいつでも受診できるのは、背後に24時間365日体制で医療を支えている医師や看護師などの医療従事者がいるからです。

一般の会社であれば、特定の曜日をノー残業デーと定めたり、それぞれの従業員が定時になったら残りの仕事は急ぎでない限りは明日に持ち越すなどと、ある程度は労働時間をコントロールできます。

しかし、医療分野はそうはいきません。「今日は日曜日だから救急車はお休みです」ということはありませんし、手術の途中で外科医が「定時なので、手術の続きは明日にします」とはいかないからです。また、夜中に子どもが高熱を出したら、深夜であっても救急外来で診てもらうことができます。

こうしたことは、医療従事者のホスピタリティや努力に支えられているものですが、同時に長時間労働の原因にもなっています。

あらゆる職種の中で最も労働時間が長いのは医師!

実は、日本の医師は、すべての職種の中で最も労働時間が長いことが指摘されています。総務省統計局によれば、週に労働時間が60時間を超える割合は、1位が医師で、2位が運転手、3位が教員と続いていました。

『「いのちをまもり、医療をまもる」国民プロジェクト宣言!』より

あるいは別の調査では、働き方改革が始まる前の2016年時点の調査で、約4割の医師が週当たりの労働時間が60時間以上に該当する「年間960時間」を超えた残業をしていました。そして約1割の医師は、週当たりの労働時間が80時間以上に該当する「年間1,860時間」を超える残業をしていました。さらに、勤務医1万人を対象に行った調査では、

「3.6%が自殺や死を毎週または毎日考える」
「6.5%が抑うつ中等度以上」
「半数近くが睡眠時間が足りていない」

など、働く医師の過酷な実態が浮き彫りになっています。

『「いのちをまもり、医療をまもる」国民プロジェクト宣言!』より

約8割の医師が事故一歩手前のヒヤリ・ハットを経験

医師自身が長時間労働によって健康をむしばまれていることはもちろんのこと、こうした状況は患者自身の健康も脅かしています。

同じく勤務医1万人を対象にした調査では、「76.9%がヒヤリ・ハット〔※注1〕を体験している」と回答。約8割の医師が重大な医療事故につながりかねないヒヤリ・ハットを体験しているというのは、患者の安全を守るためには非常に深刻な事態だと言わざるを得ません。

※注1
ヒヤリ・ハットとは、重大な医療事故につながる一歩手前の出来事を指し、医療従事者が「ヒヤリ」としたり「ハッ」と気づいたことからこうした名前で呼ばれています。

『「いのちをまもり、医療をまもる」国民プロジェクト宣言!』より

医師の過酷な労働環境は、深刻な問題です。実際に、2022年には神戸で20代の若い医師が、長時間労働の末に過労死する痛ましい報道がありました。亡くなった医師は連続で100日間にわたって勤務していたほか、1ヵ月間の労働は200時間を超えていたと報道されています。

医師が長時間労働になってしまう原因は、さまざまです。例えば、次のような原因が指摘されています。

●患者への病状説明や記録作成など、すべての業務が医師に集中している
●日常の診療だけではなく、学会発表や論文など、診療以外にやるべきことが多い
●救急や産婦人科など、特に長時間労働の診療科がある
●少子高齢化で医療ニーズが増えている

等など、原因はひとつではないのです。

チームで患者を支えるタスクシェア・タスクシフトとは?

こうした状況を改善するために、今、急ピッチで医師の働き方改革が進んでいます。

取り組みのひとつに「タスクシフト(タスクシェア)」があります。タスクシフトとは、医師に集中してしまっている業務を他の職種が少しずつ分担することです。

例えば、薬剤師が処方薬に関する提案をしたり、医療クラークと呼ばれる事務職が電子カルテへの入力を代行したり、より高度で専門的なケアができる特定看護師と業務を分担したりなど、さまざまです。

あるいは、複数主治医制もあります。主治医が1人だと、受け持ちの患者になにかあれば休日や夜間でも対応しなければなりません。そこで、複数の医師がチームで主治医となることで、1人の医師に負担が集中しないような取り組みも進んでいます。

今、医療現場では待ったなしで医師の働き方への取り組みが進められています。医師の働き方は、医師自身の健康を守ることであり、ひいては患者自身の健康を守ることにつながります。誰もが、何時間も徹夜をしてふらふらの医師よりも、休むべきときはきちんと休み、万全のコンディションの医師に診察してもらいたいと思うはずだからです。

だからこそ、医師の働き方は病院や医療従事者だけではなく、患者自身もできることから参加することが必要なのです。

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多くの医師がヒヤリ・ハットを経験するなど、医師の過酷な勤務実態について教えていただきました。

後編では、この働き方改革が、ママやパパに関係の深い小児科や産婦人科にどのような影響があるのかについて。そして、医師の過重労働を防ぐために私たち一人ひとりができることを考えます。

取材・文 横井かずえ

後編を読む。
(後編は2024年4月2日公開。公開日までリンク無効)

【参考】
◯厚生労働省「いのちをまもり、医療をまもる」国民プロジェクト宣言!
◯厚生労働省「医師の勤務実態について」
◯NHK NEWSWEB 2023年12月15日11時50分配信

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いまにし ようすけ

今西 洋介

Yosuke Imanishi
小児科医・新生児科医

小児科医・新生児科医、小児医療ジャーナリスト。一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。漫画・ドラマ『コウノドリ』の取材協力医師を努めた。 NICUで新生児医療を行う傍ら、ヘルスプロモーションの会社を起業し、公衆衛生学の社会人大学院生として母親に関する疫学研究を行う。 SNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として社会に提起。一般の方にわかりやすく解説し、小児医療と社会をつなげるミドルマンを目指す。3姉妹の父親。趣味はNBA観戦。 最新著書『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社) Twitterのフォロワー数は14万人。 Twitter @doctor_nw

小児科医・新生児科医、小児医療ジャーナリスト。一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。漫画・ドラマ『コウノドリ』の取材協力医師を努めた。 NICUで新生児医療を行う傍ら、ヘルスプロモーションの会社を起業し、公衆衛生学の社会人大学院生として母親に関する疫学研究を行う。 SNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として社会に提起。一般の方にわかりやすく解説し、小児医療と社会をつなげるミドルマンを目指す。3姉妹の父親。趣味はNBA観戦。 最新著書『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社) Twitterのフォロワー数は14万人。 Twitter @doctor_nw

よこい かずえ

横井 かずえ

Kazue Yokoi
医療ライター

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2