東日本大震災にあった被災犬を救出…心に傷を負った「ゆきのすけ」をセラピードッグに育てるときに気をつけた3つのこと

第2回「待つことの大切さ」を教えてくれた愛犬メリー

ライター:高木 香織

今話題を集めている『命をつなぐ セラピードッグ物語』。この本には東日本大震災で家族と離ればなれになった犬や、福島で被爆した被災犬など、さまざまな犬が登場します。

この犬たちは人間と同様に災害にあい、つらい時を過ごしたけれど、セラピードッグを育てる活動をしている大木トオルさんに助けられて、今では立派に人の役に立つお仕事をしています。

セラピードッグって、どんなお仕事をしているのかな? 著者の大木トオルさんに「東日本大震災で家族を失った被災犬、ゆきのすけ」のお話を伺ってきました!
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東日本大震災では、犬たちも被災していた

被災犬を救出する大木トオルさん(国際セラピードッグ協会提供)
──『命をつなぐ セラピードッグ物語』には、さまざまな理由で家族と離ればなれになった犬たちを救うお話が綴られています。印象に残っている理由はありますか。

大木トオルさん:2011年3月に起きた東日本大震災です。地震で家が壊れたり流されたりして、大変な被害が生じました。被害は人間ばかりではなく、家畜やペットにも及びました。泣く泣く壊れた家に置き去りにしたり、家族とはぐれたりして生死をさまようようになったんです。飼い主がいなくなった犬は当初、救護施設に保護されていたのですが、数が増えすぎて収容できなくなり、保健所で殺処分されることになりました。

──犬のせいじゃないのに……。助けることはできないのですか。

大木さん:そう思いますよね。犬たちも災害にあった被災犬なんです。だから私は、保護団体の仲間と一緒に、被災犬の里親を探したり、自分で引き取ったりしました。震災直後から何年間にもにわたって気にかけ続けたのです。災害は起こってからあとの対応に長い時間がかかるし、また大切なんですね。しまいには、施設ごと引き取って犬たちの世話もしたんですよ。

被災犬の子として育ち、なかなか慣れなかった「ゆきのすけ」

──犬たちも大変な経験をしたんですね……。引き取った犬たちは今でも元気にしているのですか。

大木さん:元気ですよ! 多くはセラピードッグになって活躍しています。セラピードッグというのは、お医者さんと一緒にお年寄りや体の不自由な人の治療やリハビリのお手伝いをする犬のことです。そばに犬がいると、人は元気が出るんですよ。東日本大震災で被災して、のちにセラピードッグになった犬たちは、被災地の避難所に里帰り訪問して、つらい経験をした人々を励ましているんですよ。

──立派なお仕事犬ですね! 保健所から引き取って、見違えるように変わった犬はいますか?

大木さん:特に心に残っているのは「ゆきのすけ」です。ゆきのすけは震災で家族とはぐれた母犬から生まれ、野犬として育っていたのを福島の保健所に捕獲され殺処分されるところでした。連れ帰ってからも人への警戒心がとっても強くて、なかなか慣れてくれなかったんです。

──心に傷を負った犬をしつけるなんて、想像できません。どのようにお世話すればいいんでしょう。

大木さん:一番大事なのは、とにかく信頼してもらうようにすることです。まず首輪をつける練習をして、健康診断をして病気の確認をします。そして、他の犬の様子を見せて「ここは安全なんだ」と分かってもらうようにしました。

二つめは、あせらずに心を開くまで待つこと。最初は部屋の奥に隠れていて、ご飯を置いてあげても私の姿が見えなくなってから食べるありさまだったので、無理じいはしないでゆっくり待つことにしました。部屋の奥から出てくるようになるまで10ヵ月くらいかかりましたね。

三つめは、犬の心が整ったところを見きわめて、次のステップに移ることです。ゆきのすけの場合は、セラピードッグになるための訓練を始めました。今では見違えるようにりりしいセラピードッグとなって、大活躍していますよ。


──心が折れた子どもたちへの対応にも、参考になりそうですね。
立派なセラピードッグに成長したゆきのすけ(国際セラピードッグ協会提供)

言葉が出てくるまで、じっと待っていてくれた「メリー」

──心を開いてくれるまで10ヵ月もかかったなんて、よくそんなに待てましたね! もういいや、って思いませんでしたか?

大木さん:いえいえ、まったく思いませんでしたよ。実は待つことの大切さを教えてくれたのは、私が子どものころに家にいたメリーという犬なんです。私は子どものころ、吃音でうまくしゃべれなかったんです。早く話さなきゃ、と思えば思うほど声が詰まってしまう。

でも、メリーは私が「ただいま」と言うまでずーっと待ってくれたのです。そしてうまく言葉が出ると、うれしそうに私の顔をペロペロなめてくれる。そんなメリーに会いたくて、学校が終わると急いで家に帰ってきたものでした。「信じて待つ」ことの大切さを、私は身をもって知ったんです。


──すてきなお話ですね。でも、大木さんはブルース歌手ですよね? 言葉が出ないと困りませんでしたか?

大木さん:音楽の楽しさを知って言葉にメロディーをつけると、声が自然に出てくるようになったんです。するといつの間にか吃音が治ってしまった。大人になると、私はアメリカにわたってブルースを歌うようになりました。ブルースとは、アメリカの黒人の悲しみを歌う歌です。そのころ、東洋人では珍しかったんですよ。

ところが、やがて家庭の事情でメリーはよそにやられてしまって……。その後、どうなったかわかりません。今、私が犬たちを救ってセラピードッグに育てているのは、一生をかけてメリーに恩返しがしたいからなんですよ。
「命をつなぐセラピードッグ物語 名犬チロリとその仲間たち」
(国際セラピードッグ協会提供)
大木トオル(おおき・とおる)
音楽家、(一財)国際セラピードッグ協会創始者。弘前学院大学客員教授、社会福祉学者(日米)。東京・日本橋人形町生まれ。東洋人のブルースシンガーとしてアメリカで活躍しつつ、動物愛好家として日米の友好・親善に尽くす。また、ライフワークとして殺処分寸前の捨て犬や災害にあった被災犬たちを救助してセラピードッグに育て、高齢者施設や障がい者施設、病院、教育の現場などで多くの人々の心を支える活動をしている。著書に『動物介在療法 セラピードッグの世界』(日本経済新聞出版社)、『わがこころの犬たち ─セラピードッグを目指す被災犬たち』(三一書房)、『犬とブルース』(鳥影社)ほか多数。
高木香織(たかぎ・かおり)
出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。
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たかぎ かおり

高木 香織

Kaori Takagi
編集者・文筆業

出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。

出版社勤務を経て編集・文筆業。2人の娘を持つ。子育て・児童書・健康・医療の本を多く手掛ける。編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『子どもの「学習脳」を育てる法則』(ともにこう書房)、『部活やめてもいいですか。』『頭のよい子の家にある「もの」』『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』『かみさまのおはなし』『エトワール! バレエ事典』(すべて講談社)など多数。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)がある。