「光る君へ」を「中高生ラブコメ」にしたら「スクールカースト」の世界に! 500万部「黒魔女さんが通る!!」作者が紫式部をタイムスリップさせた理由
児童書作家・石崎洋司 構想30年の『JC紫式部』を発表 紫式部、清少納言、藤原道長たちが平安京ごと現代に!
2024.06.29
有名エピソードを学園舞台に置き換えてみたら……
そして、そこに出入りする男性貴族たちと合わせても、せいぜい百数十人がいいところでしょう。
この数が、わたしに都市部の中学校の1学年の生徒数を思わせました。
あくまで東京や大阪での話ですが、学校によってかなり差があるものの、平均するとひとつの中学校には300〜500人ぐらいの生徒がいるようです。すると、一学年100人から150人。
後宮の人数に近い……。
『枕草子』の「五月の御精進(みそうじ)」で、牛車(ぎっしゃ)に乗った清少納言らが若い公家・藤原公信をからかう話→
自転車で下校する女子中学生数人が、ひとりでぽつんと下校する同級生男子を追い抜きざま、
「きみのぶ〜、顔が暗いぞ〜!」
「キャハハハ!」
『紫式部日記』で、紫式部が藤原公任から「若紫はいるかな」と、からかい気味に声をかけられた話→
「××先輩って、自分がイケてるってうぬぼれすぎじゃない? きのう、○○ちゃんが歩いてたら、××先輩が声をかけてきたらしいんだけどぉ……」
『源氏物語』の六条御息所(ろくじょう の みやすどころ)→
「△△先輩、美人だけど、こわくない?」
「たしかに! 笑ったとこ見たことないし。冷たそう」
「でも、生徒会長の□□先輩とつきあってるらしいよ」
「うっそ〜!」
女房たちの力関係は「スクールカースト」そっくり
たとえば「スクールカースト」。いやな言葉ですが、残念ながら厳然として存在するものです。そして、それとよく似たものが後宮にもありました。階級をこえた、女房たちの力関係です。
ごぞんじのように、清少納言は中宮・定子のお気に入りの女房でした。ふつう二人以上で同居する部屋をまるまるひとつ与えられていた時期もあったと聞きます。階級的には中﨟でも、後宮カースト的にはかなりの上位ということになるでしょう。
そこで、あの有名な「香炉峰(こうろほう)の雪」のエピソードを中学校の教室に持ちこんでみます。すると、こんなシーンがわたしには見えてきます。
定子先生にほめられてどや顔の中学生、清少納言。お追従をいう仲間。冷ややかな目をむける生徒たち。わけがわからずぽかんとする男子たち……。
清少納言のファンからはにらまれそうですが(「光る君へ」で、枕草子を書きはじめる清少納言の感動シーンを思えばなおさら!)、こうすることで、学校がいかに閉鎖的で逃げ場のない社会であるかをドラマのワンシーンのように描けます。
そもそも源氏物語の桐壺更衣のいじめのシーンが、学校でのいじめとまったく同じ構造です。桐壺更衣にとっては後宮が世界のすべて。中学生にとっては学校が世界のすべて。そんな環境でいじめを受けたら、本人にとって、それはもはやいじめではありません。この世に存在することの否定です。
そんな問題も、平安時代のエピソードを現代の中学校にもってくると、物語という暗喩を通して訴えることもできるわけです。
児童書だからこそ意識した「教養」
それはズバリ「教養」です。どんなにおふざけに見えても、児童書には「教育的観点」というものは必要だと、わたしは信じています。
『JC紫式部』シリーズでは、古典の有名エピソードを、ストーリーの中にいろいろと練りこんでいます。
源氏物語、紫式部日記、枕草子はもちろん、大鏡、和泉式部日記、今昔物語、宇治拾遺物語、更級日記、小右記などをとりあげました。
古典だけでなく、方違(かたたが)え、庚申待ち、御霊会(ごりょうえ)、三勅祭、宴の松原なども、説明つきで物語に登場させ、重要な役割を与えています。それもこれも、小中学生の読者が、高校生や大学生、社会人になったとき、「それ、知ってる」と思えるようになってほしいからです。
大人のみなさんは、平安貴族の邸宅の広さを実感できますか? わたしは、学生のとき歴史の教科書に載っていた図では、まったくピンときませんでした。
でも、メートルで表したり現代の建造物と比較すると、とんでもない広さだとわかりますよ。
ちなみに光源氏が太政大臣になったときの邸宅、六条院の敷地は横浜球場とほぼ同じ、それもスタジアム部分だけではなく、それをふくめた敷地全体と同じなんです!
物語にすると、こんなことを目に見えるように学ぶこともできます。そんな意味でも、ひとりでも多くの子どもたちに手にとってほしいと願っています。
次回は、物語を書いていて感じた、「作家としての紫式部」について、記させていただきたいと思います。
アメリカで生まれ育った中1の一ノ瀬彩羽は、父親の仕事の都合で日本へ。同じクラスのお世話係・藤原紫さんは、強気でマイペースだけど面倒見がよくて。ただ、クラスの中心人物で女王様気質の清原清菜さんとは性格が合わないらしい……。「方違え」「庚申待ち」「百鬼夜行」と、ふしぎなルールや行事がいっぱいの、へんてこな学園で前途多難な生活が始まった……!! <すべての漢字にふりがなつき。小学校高学年以上向き>
石崎 洋司
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、出版社勤務を経て、作家・翻訳家としてデビュー。『世界の果ての魔女学校』(講談社)で第50回野間児童文芸賞、第37回日本児童文芸家協会賞を受賞。「黒魔女さんが通る!!」シリーズ(講談社青い鳥文庫)など多数の人気作品を手がける。伝記には『杉原千畝 命のビザ』、『福沢諭吉 自由を創る』(講談社火の鳥伝記文庫)などがある。
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、出版社勤務を経て、作家・翻訳家としてデビュー。『世界の果ての魔女学校』(講談社)で第50回野間児童文芸賞、第37回日本児童文芸家協会賞を受賞。「黒魔女さんが通る!!」シリーズ(講談社青い鳥文庫)など多数の人気作品を手がける。伝記には『杉原千畝 命のビザ』、『福沢諭吉 自由を創る』(講談社火の鳥伝記文庫)などがある。