ニース&モナコ取材旅行記 ~オーシャンズ2の冒険~ 第4回

はやみねかおる先生と担当編集が行く珍道中の旅!

第4回

Scene03 10月26日(金曜日) ここからは現地時間でお送りします。

目が覚める。枕元の時計を見ると、2時を少し回ったところ。

――なんで、こんな真夜中に……?

不思議に思ったけど、考えてみたら、日本時間だと朝の9時。日曜日なんかに「よし、朝寝坊してやるぞ!」と気合を入れても、どうしても8時には目が覚めてしまう。

――9時だったら、よく眠ったほうだな。

無理やり納得して、起きることにする。荷物の整理をしてから、ノートを出して、締め切りが迫っている原稿のアイデア出し。やってることが、日本にいるときと変わらないのが悲しい。

夜は、なかなか明けない。日本なら明るくなってる時間になっても、外は薄暗い。

8時まで我慢して、部屋を出る。ホテルを出て、車道を一つ渡ると地中海!
ホテルは、旧市街の端っこ。アルベール1世公園の近く。……と、わかったように書いてますが、今、地図を見て知りました。
車道を渡ったところは、自転車専用道路と遊歩道。遊歩道はとても広く、車道の3倍ぐらいの幅がある。そこを、ジョギングする人や散歩する人、ローラースケートなどの人が思い思いに使っている。

そして、地中海!

遠い水平線。海の色は、近くはコバルトブルーで、途中からダークブルーに変わっている。不思議なことに、あまり潮の匂いがしない。それより、なんだかわからない匂い(後で、オリーブオイルの匂いだとわかりました)。

波も少ない。岸の手前で、ザブリと崩れる程度。遊歩道から海岸に降りる。砂浜ではなく、砂利の浜。2人ほど、ブルーシートをかぶって寝ていた。

魚は、1匹だけ目撃。泳いでいる人が、数人いた。それを見て、水着を持ってこなかったことを、激しく後悔する。

出発前、山室さんに、

「海があるのなら、泳げますね」

と言ったら、

「10月下旬ですよ。こんな時期に泳いだら、風邪引きますよ」

と言われた。山室さんの言葉に従ったのだが、彼は知らない。『バカは風邪を引かない』という、日本に古来から伝わる真実を――。

釣り竿を持ってる4人組がいた。こんな浜で釣るのだから、キス釣り用の天秤仕掛けかと思ったら、糸の先におもりがついてるだけで、針らしきものが見当たらない。

30分ほど、釣り始めるのを待ってたのだが、動きはない。そのうち、2人が帰ってしまった。フランスの釣り人の行動は、ぼくには理解不能だった。

空を覆っていた雲は、だんだん少なくなっていった。 


今日は垂水寧太(たるみねいた・仮名)さんに、ニースを案内してもらう日。

9時30分、ホテルに垂水さん到着。垂水さんは、簡単に書くと、笑顔の似合う好青年。もう少し詳しく書くと、フランス語に堪能で児童文学も書ける好青年。

自分が26歳の秋、何をしていたかを考えると恥ずかしくて走り回りたくなるので、思い出すのを止める。

垂水さんの案内で、市場を通り展望台へ向かう。

市場では、花や果物、絵を売っていた。野菜を扱う店も多く、長ネギが売られていたのには、少し驚いた。いろんな種類のオリーブが並んでいて、それと海の匂いが同じだった。

生魚や貝も並んでいたが、たくさんの小蠅がたかっている。衛生的に、どうなんだろう……?

野生と知性の記念写真。

市場を歩きながら、垂水さんが、ニースの歴史について話してくれる。法学部の学生なのに、どうしてそんなに詳しいのだろうかと思うぐらい、いろいろ教えてくれた。

残念なのは、聞いているぼくに理解力と記憶力がないために、あまりよくわからなかったことだ。

市場を通ったところで、イタリアを統一して、ナポレオンに負けたという人の像を見る。確か、ガウガウニィというような感じの名前だった。誰にでも嚙みつきそうな名前だから、ケンカばかりしていたのかもしれない。

〈解説〉
⇒ジュゼッペ・ガリバルディ(1807―1882年)。イタリア統一運動を推進した軍事家。国民的英雄としてたたえられています
とにかく、この近辺は、いろいろあったんだなということは理解できた。

ガウガウニィ(※ガリバルディです)の像を見てから、高台へ。エレベーターが故障しているとのことで、歩いて登る。(写真参照。奥に見える丸い円筒ぐらいまで、登る)

登ったところは展望台。見晴らしが良く、ニースの街が一望できる。とてもきれいな景色に写真を撮ってみると、「ニース 海岸」で画像検索したときのものと同じ写真が撮れた。まぁ、当たり前のことだけど……。
展望台の広場では、小学校低学年ぐらいの子どもたちが、十数人いた。遠足なのだろうか? みんなが円を描くように座り、ハンカチ落としのようなゲームをしていた。

その近くでは、黒装束のおじさんが2人。

垂水さんの話では、フランスでは忍者がはやってるそうなので、忍者のコスプレをしていたのだろう? 一生懸命、長い棒を回していたが、ひょっとして棒術の練習だったのだろうか?

たくさん木は生えているのだが、木の実は落ちていない。獣が食べていくとは思えないので、掃除が行き届いているということだろう(その割に、街中にタバコの吸い殻は落ちてたが……)。

展望台を降りて、バス停へ。

ロスチャイルドさんの家(別荘?)へ向かう。

〈解説〉
⇒正式名「ヴィラ・エフリュッシ・ド・ロチルド」。フェラ岬半島に建てられた豪華な別荘です。

ロスチャイルドとは、何者か? ぼくもよく知らないのだが、とにかく、すごい金持ちだと思っていたら間違いないそうだ。

つまり、飛行機内で出されたパンを持ち帰ったりしない人だと思ってほしい。

そういえば、ファーストクラスの客が、機内で出されたスリッパを放置していた。ぼくは、拾いたいのを我慢する。ちなみに、品川のホテルで出たスリッパを、旅行中は使っていた。

で、乗ったバスは、やっぱり猛スピード。登りはアクセルを踏み込み、下りでも容赦しない。こんなに急がないとバス停の時刻表が守れないのなら、時刻表改訂をしたほうがいいと思うようなスピードだ。

そして、バス以上に驚いたのが自転車。電動自転車でもたいへんそうな急坂を、ガッシュガッシュと登っていく。それも、乗ってるのは、若い人だけじゃなく、60台、70代ぐらいの人もいた。

フランス人、恐るべし……。

岬を二つぐらい通る。入り江には、ヨットやクルーザーが停泊している。ロスチャイルドの家が近づくにつれ、ヨットやクルーザーが大きくなってるように感じたのは、気のせいではないと思う。

バスを降りたところは、高級別荘地。

なんて言えばいいのか……。空気(雰囲気)がいいというのが、一番ピッタリ来るような気がする。

日本にも、高級住宅街というのはある。大きく立派な家が建っていても、空間的な余裕がなく、街全体からゴミゴミしたイメージを受けたりするときが多い。狭い庭に、高級車を隙間なく駐車してるのを見ると、神業のような駐車技術に感動するとともに、たいへんだろうなと思ってしまう。

その点、この高級別荘地には、余裕を感じる。

頭の中に、『金持ち、ケンカせず』という言葉が浮かぶ。

景色のいい別荘地の中で、ロスチャイルドさんの家(というか、別荘)は、一番見晴らしのいいところにある。『金にものを言わせる』という言葉が浮かぶ。

坂道を登った先に建つロスチャイルドさんち。建てたのは、ロスチャイルド一族の娘さん。名前は、クマやリスに関連した名前だったように思う。

〈解説〉
⇒ベアトリス・ド・ロスチャイルド(1864―1934年)。「ベア(熊)」と「リス」と覚えよう!


見学料を払い、建物の中へ。

別荘と言うよりは、宮殿というような感じ。

誰も住んでないから当然といえば当然だけど、生活臭というものがない。

ホールの入り口で、音声ガイドの貸し出しをしていた。日本語のものもあったので、借りる。とても詳しい説明を聞きながら、建物の中を見ていく。

多くの絵画が、飾られている。ただ残念なことに、照明の位置が悪いので、絵がよく見えない。また、保存状態も、あまり良くないように思った。『徹子の部屋』のセットに飾られているような絵もあった。

ホール2階のテラスは、楽団員が並べるようになっていたそうだ。来客を、音楽を奏でて迎えたそうだ。お客が来るたびに、楽団員が音楽を奏でる……金持ちの生活も、なかなかたいへんなんだとわかる。

小部屋を回っていくと、当時の調度品や家具、中国の磁器などが展示されていた。
驚いたのは、どこにも警備員がいないということ。普通、美術館や博物館では、展示品のそばに警備員がいて、「手を触れないでください」とか「写真撮影は禁止です」などの注意をする。

そういうのが、一切ない。だからといって、展示品が傷つけられたり落書きされてるかというと、そんなことはない。

展示物の立派さよりも、今まで訪れた人たちの気高さに、感動する。

建物の中を見てから、庭へ。噴水がある。高級別荘にプールはつきものだけど、噴水があるとは、ぼくの想像を超えていた。ロスチャイルドさん、恐るべし。

しかも、その噴水が、クラシック音楽に合わせて高く跳ねたり断続的に止まったり――。まるで、踊っているようだ。

庭には、彫像も置かれていた。

「はやみねさん、写真撮ってください」

裸婦像のところに、スッと近づく山室さん。

「………」

他にも、彫像はあるんだけどな……。ぼくは、山室さんのニースに来て一番の笑顔をフレームに収める。

裸婦像と山室さん。

世界中から、美しい植物を集めたという庭。松もあったけど、日本の松と雰囲気が違う。剪定の仕方のせいだろうか――。それから、ときどき聞こえる「ガス……ガス」という音。

――ひょっとして、これは……?

嫌な予感は当たった。庭木の間に、鹿威しがあった。

鹿威し――日本庭園などで、見たことないかな? 竹筒に水が溜まると、「カッコーン」と音がする奴。

あれは、溜まった水の重みで、竹筒が垂れて石を打つ。そのときの音が「カッ」。そして軽くなった竹筒が戻ったときに、また石を打つ。そのときの音が「コーン」。

一連の動きで、「カッコーン」と音がするのが、鹿威し。

でも、ロスチャイルドさんの庭にあったのは、最初の「カッ」の音がしない(竹筒が当たる位置に、石が置かれてないから、音がするはずない)。そして、使っている竹筒が悪いのか、戻ったときの音が「ガス」……。

この庭に訪れる人に、できるなら本物の鹿威しの音を聞いて欲しいと思った。あと、枯れ山水の砂紋も、「もう少し頑張りましょう」のスタンプを押したくなった。
ロスチャイルドさんちを出て、またバスに乗りニースへ戻る。

お昼ご飯は、垂水さん行きつけのお店。肉食のぼくのために、鴨肉のイチジクソースかけがおいしい店に連れていってくれる。あと、大量のフライドポテトと、細いインゲンのニンニク炒め、お米をバターか何かでいためたものを注文し、3人で分ける。

ぼくの書き方だとおいしそうに見えないかもしれないが、どれもこれも、ものすごくおいしい!(カタカナ名前で料理名を書きたいのですが、なにぶん、記憶力が……)。

日本にいる奥さんと子供たちにも食べさせてあげたいが不可能。それだけがつらい。


今回はここまで~。つづきもお楽しみに!!
※この連載は、2018年の「ニース&モナコ取材旅行記」を再構成したものです。

はやみね かおる

小説家

1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。

1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。「怪盗道化師」で第30回講談社児童文学新人賞に入選。 「名探偵夢水清志郎事件ノート」「怪盗クイーン」「都会のトム&ソーヤ」「少年名探偵虹北恭助の冒険」などのシリーズのほか、『バイバイ スクール』『オタカラウォーズ』『ぼくと未来屋の夏』『令夢の世界はスリップする』(以上、すべて講談社)『モナミシリーズ』(角川つばさ文庫)『奇譚ルーム』(朝日新聞出版)などの作品がある。 子ども自身が選ぶ、うつのみやこども賞を4回受賞。漫画版「名探偵夢水清志郎事件ノート」(原作/はやみねかおる、漫画/えぬえけい 講談社)で第33回講談社漫画賞(児童部門)受賞。第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。