不登校が終わるなら…私が選んだ「母子登校」という選択【前編】

(3/4) 1ページ目に戻る

ただ子どもの登校に「付き添う」だけのつもりだったのに

不登校が終わるなら…私が選んだ「母子登校」という選択【前編】 イラスト:1日1鶏
すべての画像を見る(全4枚)

翌日からも母子登校は続きました。そこで私がまず驚いたのは、半年ほど学校を離れていただけで、息子が以前のように学校生活の流れに乗れなくなっていたことでした。

授業の前に必要な教科書やノートを出す。先生の指示を聞いて、次に何をするか理解する。時間内に自分の考えを書く。以前なら当たり前にできていたはずのことが、難しくなっていたのです。

授業の準備が遅れて、始まりの時間に間に合わないこともあり、ノートに自分の意見を書く場面では、鉛筆を持ったまま固まり、何も書けずに空欄のままになることもありました。

また、クラスメイトたちが、息子のことをコソコソと話す様子も相変わらず続いていました。母子登校という珍しい状況に、周囲の子どもたちが反応してしまうのは仕方のないことだったのかもしれません。けれど、明らかに息子のことを話しているとわかる状況は、そばで見ている私にとてもつらいものでした。

もちろん、息子自身もその視線や声に気づいていました。気づくたびに表情がこわばり、しだいに苛立ちを隠せなくなっていったのです。

仲のいい友だちが、息子に声をかけてくれることもありました。けれど、その優しさに対しても、息子はうまく受け答えができませんでした。緊張や苛立ちが先に出てしまい、せっかく声をかけてくれた友だちに、きつい言葉を返してしまうこともありました。

親子ともに追い詰められていく…

さらに、困ったことがあるたびに、息子は私に助けを求めるようになりました。

授業で何をすればいいかわからない。
持ち物をどこに出せばいいかわからない。
友だちにどう返事をすればいいかわからない。


本来なら先生に聞けばいいようなことでも、息子はすぐ私に助けを求めてきたのです。そのたびに私は、「それは先生に聞けばいいのに」と思い、少しずつ苛立ちが募っていきました。

それだけではなく、母子登校が始まって、息子の不安は一時的に大きくなっているように見えました。家にいるときは常にイライラしていて、些細なことで怒ったり泣いたり。爪嚙みも激しくなっていました。

「私がいるから、この子の甘えが強くなっているのではないか」

そう思いながらも息子のヘルプに対応するしかなかったのです。

そうして、私はただ「子どもの登校に付き添う親」ではなく、「教室で先生の代わりに息子をフォローするサポート役」のような存在になっていったのでした。

私は当初、付き添い登校といっても午前中だけだろう、1週間もすれば息子は元気に通えるようになるはずだと、どこか軽く考えていました。

しかし実際には、母子登校を始めて2週間が過ぎても、私は朝から帰りの会まで学校に付き添う日々が続いていました。5年生になると6限授業の日も増えます。

教室のそばで過ごす1日は想像以上に長く、私自身も少しずつ疲れを感じるようになっていきました。母子登校が長引くにつれ、私自身の生活にも少しずつ影響が出始めたのです。

息子を支えながら仕事にも追われる

もう限界かもしれない
35 件