令和の親にまん延する「虐待と見られたくない症候群」 ヨソの目を気にしすぎるより重要な心得とは

コラムニスト・石原壮一郎の「昭和~令和」ものがたり【03】 「誰もがなり得る“虐待親”!?」

コラムニスト:石原 壮一郎

虐待の対象と認識も広まった令和の今、親たちの過剰な脅(おび)えが強まった一面もあるのでは、とコラムニスト・石原壮一郎氏は心配します。  イメージ写真:アフロ

子育てをめぐる状況は、令和に入って大きく変わっている。しかし、世間や自分自身の中に染みついた「昭和の呪い」が、ママやパパを悩ませ苦しめている場面は少なくない。

昭和に生まれ育ち、平成に親になり、令和で孫に遊んでもらっているコラムニスト・石原壮一郎ジイジが、ガンコな「昭和の呪い」を振り払いつつ、令和の子育てを前向きに楽しむ極意を指南する。

今回は、ショッキングな事件に注目が集まる「虐待」について。

石原壮一郎(いしはら・そういちろう)PROFILE
コラムニスト。1963年三重県生まれ。1993年のデビュー作『大人養成講座』がベストセラーに。以降、『大人力検定』など著作100冊以上。最新刊は『失礼な一言』(新潮新書)。現在(2023年)、4歳女児の現役ジイジ。

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現在の「虐待」事情

戦前の「虐待」は、もっぱら親以外によって行われていました。1933(昭和8)年に制定された「旧・児童虐待防止法」が対象としていた虐待は、おもに人身売買や児童労働です。

戦後、日本は目覚ましい経済発展を遂げました。虐待は貧困によって起きるというイメージだったため、昭和後期から平成に入るころまで「今の日本に虐待はなくなった」と言われるようになります。ただ、家庭内での「体罰」は、ぜんぜん珍しくありませんでした。

しかし、1994(平成6)年に国連の「児童の権利に関する条約」を日本が批准したことなどをきっかけに、虐待に関する調査や議論がスタート。家庭の問題(病理)としての「虐待」の広がりが明らかになり、2000(平成12)年に「児童虐待防止法」が制定されました。

令和の今、虐待は「どこの家庭にも起こりうる」と認識されています。身体的な暴力だけでなく、暴言や教育虐待など「虐待」の範囲も拡大。

もちろん虐待はあってはならないことですが、結果として相互監視のプレッシャーや親の脅(おび)えが強まっている一面もあります。

【根深く残っている「昭和の呪い」】

・子どもをきちんと躾(しつ)けるために体罰は必要かつ有効である

・我が子を虐待してしまう親には何かしらの“問題”がある

・核家族化など社会の変化によって虐待は昔より増えている

「虐待が増えている」というニュースをどう受け止めるか

令和の基準を当てはめたら、昭和の親のほとんどは子どもを「虐待」していたと言える一面もあります。

お尻ペンペンなどの体罰は当たり前……というか「親の務め」とされていた節もあったし、子どもへの八つ当たりや子どもの前での夫婦ゲンカは、よくある光景でした。

断じて「あのころはよかった」と言いたいわけではありません。過去を美化したがるのは大人の悪い癖ですが、美化したくても美化できない心の傷を負った人も多いでしょう。

暴力や暴言で子どもを押さえつけることが「厳しさ」だと考えるのは、あまりにも安易です。

体罰は子どもにけっしていい影響を与えないという研究結果もあり、令和2年(2020)年には法律(改正児童福祉法など)で体罰が禁じられました。愛情に基づいていれば大丈夫という問題ではありません。

「昔の親より今の親のほうが、子どもを虐待していない」と言うと、首をかしげる人も多いかもしれません。虐待に関するショッキングな事件は次々に起きます。

つい先日も「児童相談所が2022年に対応した児童虐待相談の件数は、21万9170件で過去最多にのぼる」というニュースがありました。この数字は、統計を取り始めた1990年度から32年連続で増加していて、前年度より1万1510件(5.5%)増加しています。

こうしたことから、漠然と「今の親は昔の親よりも子どもを虐待している」という印象を持っている人も多いでしょう。しかし、それは早合点(はやがてん)である可能性が大です。

「虐待死」(心中以外)のデータが取られ始めたのは、2003(平成15)年から。残念なことに、毎年50人前後の子ども(18歳未満)が死亡しています。ただ、増加傾向にあるわけではありません。

それ以前の「家族内殺人」のデータを見ると、子ども(18歳以上も含む)が被害者になった事例は、1979(昭和54)年には約300件でした。

児童相談所の相談対応件数の増加も、あくまで「相談に対応した数」なので、虐待の増加を示しているわけではありません。

虐待に対する世の中の意識や関心の高まりと、児童相談所の体制が飛躍的に整備されたことが影響していると考えたほうがいいでしょう。

虐待と見られたくない症候群?

実際の虐待が増えていることを示すデータはありません。いっぽうで「虐待」という言葉が示す範囲は広まっています。

暴力に限らず、言葉や態度による虐待、あるいは教育熱心が行き過ぎての教育虐待など、いろんな虐待が問題視されるようになりました。

今のパパママたちは「子どもにしてはいけないこと」について、歴史上もっともしっかりした知識を持ち、もっとも気を付けていると言っていいでしょう。

虐待は「特別な親」に限った話ではなく、どこの家庭でも起こる可能性があるという認識も定着しました。個別にはいろんな親がいていろんなケースがありますが、それはまた別の問題です。

我が子を虐待したいと思っている親はいません。そこは自分たちを信じましょう。令和の今、子育てをしているパパママを苦しめているのは、「虐待と見られたくない症候群」がまん延して当事者を神経質にさせている状況ではないでしょうか。

ジイジである自分も、孫が幼かったころに公園やスーパーで何かの拍子に泣き出すと、孫のことよりまわりの目が気になったものです。

完全に妄想なんですけど、虐待を疑われているんじゃないかとか、強く𠮟ったら通報されるんじゃないかとか思って、ただオロオロしていました。大事なのはまわりの目を気にするより、孫をしっかり見ることなのに。

親としては、後ろめたいことをしていない限り、「虐待と見られることを恐れる必要はない」と務めて自分に言い聞かせましょう。

企業や学校や役所が、クレームの可能性を恐れて「事なかれ主義」に走ってしまう姿を真似する必要はありません。イメージの中の世間の白い眼に脅えて、我が子にどこか腰の引けた対応しかできなくなったら本末転倒です。

もちろん、よその親子のことについて他人は余計な口を出すなという話ではありません。身近にいる子どもに関して「虐待かも?」と思ったら、躊躇(ちゅうちょ)せず児童相談所などの相談窓口に知らせましょう。それが大人の役割であり、悲劇を防ぐ大きな力になります。

さらに、社会の一員として虐待を防ぐために心掛けたいのは、「子育て中のパパやママにやさしくする」ということ。

電車やバスでベビーカーの親子連れに舌打ちしたり、働くママ(パパも)に必要なサポートを怠ったりするのは、親を心理的に追い詰めるという意味で間接的な児童虐待です。

周囲のやさしい目やあたたかい対応は、パパママの「虐待と見られたくない症候群」を和らげる効果もあるに違いありません。

【令和のパパママに贈る言葉】

時には、子どもに強い言葉をかけたり、冷たい態度を取ったりすることもあるでしょう。しかし、その99.9%は虐待ではありません。

現代のパパやママは、昭和のパパやママより、はるかに穏やかで丁寧な子育てをしています。自信を持って我が子と向き合ってください。

「赤ちゃんはまだ?」「独身は自由でいいね」等々、普段の何気ないやりとりの中に実はたくさんの“失礼”がひそんでいます。日常会話からメール、LINE、SNSまで、さまざまな局面で知っておきたい言葉のレッドラインを石原壮一郎氏がレクチャーする『失礼な一言』(新潮新書)。
いしはら そういちろう

石原 壮一郎

コラムニスト

コラムニスト。1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。以来、数多くの著作や各種メディアでの発信を通して、大人としてのコミュニケーションのあり方や、その重要性と素晴らしさと実践的な知恵を日本に根付かせている。女児(2019年生まれ)の現役ジイジ。 おもな著書に『大人力検定』『コミュマスター養成ドリル』『大人の超ネットマナー講座』『昭和だョ!全員集合』『大人の言葉の選び方』など。故郷の名物を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」も務める。ホンネをやわらげる言い換えフレーズ652本を集めた『【超実用】好感度UPの言い方・伝え方』も大好評。 林家木久扇がバカの素晴らしさを伝える『バカのすすめ』(ダイヤモンド社)では構成を担当。2023年1月には、さまざまな角度のモヤモヤがスッとラクになる108もの提言を記した著書『無理をしない快感 「ラクにしてOK」のキーワード108』(KADOKAWA)が発売。 2023年5月発売の最新刊『失礼な一言』(新潮新書)では、日常会話からメール、LINE、SNSまで、さまざまな局面で知っておきたい言葉のレッドラインを石原壮一郎氏がレクチャー。 写真:いしはらなつか

コラムニスト。1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。以来、数多くの著作や各種メディアでの発信を通して、大人としてのコミュニケーションのあり方や、その重要性と素晴らしさと実践的な知恵を日本に根付かせている。女児(2019年生まれ)の現役ジイジ。 おもな著書に『大人力検定』『コミュマスター養成ドリル』『大人の超ネットマナー講座』『昭和だョ!全員集合』『大人の言葉の選び方』など。故郷の名物を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」も務める。ホンネをやわらげる言い換えフレーズ652本を集めた『【超実用】好感度UPの言い方・伝え方』も大好評。 林家木久扇がバカの素晴らしさを伝える『バカのすすめ』(ダイヤモンド社)では構成を担当。2023年1月には、さまざまな角度のモヤモヤがスッとラクになる108もの提言を記した著書『無理をしない快感 「ラクにしてOK」のキーワード108』(KADOKAWA)が発売。 2023年5月発売の最新刊『失礼な一言』(新潮新書)では、日常会話からメール、LINE、SNSまで、さまざまな局面で知っておきたい言葉のレッドラインを石原壮一郎氏がレクチャー。 写真:いしはらなつか