ムーミン谷のしあわせレシピ「森の子どもたちのチリコンカン」

「さあみんな、おなかいっぱい、豆をおあがり」

翻訳家:末延 弘子

ゆったり時間をかけて作ります。体と心がぽかぽかになります。  撮影/末延弘子
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ムーミン谷に住む、さまざまな登場人物たちにちなんだお料理を紹介する『ムーミン谷のしあわせレシピ』。その翻訳者末延弘子さんが、フィンランドで過ごした日々の思い出と共に、本の中からとっておきのレシピをご紹介します。作るときはフィンランド人のように、細かいことは気にせずに自分らしく挑戦することが大切だそうですよ。

スナフキンがもどってきて、豆の入ったちいさなたるをテーブルの上へ置きました。「さあみんな、おなかいっぱい、豆をおあがり。しばらくここでひとやすみしよう。その間にぼくは、みんなの名まえをおぼえることにしよう」 『ムーミン谷の夏まつり』より

子どものころ、クリスマスが近くなると、押し入れの奥にしまいこんだ小さなクリスマスツリーを出して飾りつけをした。てっぺんにベツレヘムの星をのせ、赤や青や緑やオレンジの小さなランプをぐるりと巻きつける。ランプのスイッチを入れると、部屋が見ちがえるように明るく華やいで、胸が躍った。

ご馳走はクリスマスツリーのある部屋に運び、「きよしこの夜」や「もろびとこぞりて」を歌った。クリスマスイブの夜はなかなか寝つけなかった。明日、起きたらプレゼントはあるのかな、そんなことを考えて目を閉じていると、いつしか眠りに落ちていた。

あれから月日は流れ、大人になった私は、フィンランドのクリスマスを体験した。

クリスマスの2日前に(本物の!)もみの木を森から家へ運びこみ、まずは枝葉の先まで十分に水を吸いあげさせる。理由は、フィンランドのクリスマスが長いため。クリスマスは1月6日まで続く。それまで持ちこたえますようにと祈りながら、私たちは色鮮やかなガラス玉や藁のオーナメントを飾りつけた。

最後に細くて小さな(本物の!)キャンドルを枝につけて明かりをともす。完成したクリスマスツリーは見あげるほど高く、清らかな深い森と積もりはじめた雪の匂いがした。

フィンランドのクリスマス料理はとても豪華だ。その晴れやかな雰囲気は、日本のお正月に似ている。料理は、お節のように何種類もあった。根菜類のグラタン。ニシンの酢漬け。赤かぶのサラダ。ハムやラム肉。ワインや自家製ビール。ジンジャークッキーにチョコレートに菓子パン。

友人はあたたかいスープも作った。豆と野菜とトマトを煮こんだ特製スープだ。食べやすいようにブレンダーでポタージュにし、体があたたまるようにスパイスを多めに入れていた。「さあみんな、おなかいっぱい、豆をおあがり」と森の子どもたちに声をかける、かいがいしいスナフキンの姿が友人と重なる。

ご馳走が長いテーブルにずらりと並んだ。これから訪れる新しい年も豊かに恵まれますように、という祈りがこめられているようだった。

大きなもみの木と本物のキャンドルが、やさしくクリスマスを彩ります。  撮影/末延弘子

食事が終わると、サンタクロースがやってきた。フィンランドのサンタクロースは玄関から堂々と入ってくる。

サンタクロースは隣家のおじさんに背格好がどことなく似ていた(同僚は友人に頼んでサンタクロースになってもらう、と言っていた。家庭によって工夫の仕方が違う)。が、見破ってはならない、という暗黙の了解が私たちの間にあった気がする。

サンタクロースは、背負っていた大きな袋を下ろし、プレゼントを配りはじめた。袋のなかには家族全員が用意したプレゼントが入っていた。子どもであれ、大人であれ、みんながみんなの分のプレゼントを用意する。

私は両手いっぱいにプレゼントをもらった。サンタクロースはプレゼントを手渡すと、「それじゃあ、また来年。いい子でいるんだよ」と言い残して、玄関から早々に立ち去った。さっそくプレゼントの包み紙が破られる。ひと思いにびりびりと。破られた紙は、そのまま暖炉の焚きつけに回された。

プレゼントを確認し終えると、私たちは歌を歌った。一人は椅子に座り、一人はソファに寝そべり、思い思いに歌っている。その清らかな歌声に燭台のキャンドルの炎が揺れた。ここから漏れる光が、窓の外の暗闇を照らす。私は、礼拝堂のなかにいるような気がした。

日本のクリスマスも、フィンランドのクリスマスも、どちらもおなじくらい素敵だった。ツリーを飾りつけた楽しさ、ご馳走を食べた喜び、一緒に歌った嬉しさ、素敵なことが待っていると信じて疑わないたしかな安らぎ。

これらを何度もくりかえし、幸せの記憶になる。

今日のしあわせレシピは『森の子どもたちのチリコンカン』。大豆の戻し汁はおいしいので、捨てずにだし汁として使っています。私は塩豚を入れました。ひと晩おくと、味がなじんでおいしくなります。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』より  
©Moomin Characters TM

METSÄN LASTEN PAPUPATA
森の子どもたちのチリコンカン

材料
乾燥豆……400cc
玉ねぎ……2個
にんにく……6-8片
セロリの茎……2本
にんじん……2本
ダイスカットトマト……1缶(400g)
パプリカパウダー……大さじ1/2
(粗びきチリペッパー……小さじ1/2-1)
コリアンダーシード……小さじ1
クローブ……4個
ローリエ……1枚
きび砂糖……50cc
塩……小さじ1-1と1/2
野菜か肉のだし汁(もしくは水)……約1-1.5リットル
(豚すね肉の燻製、骨つきハム、もしくはココナッツオイル……大さじ1)

作り方
1. 乾燥豆をたっぷりの水に一晩つけて、戻す。

2.   オーブンを120℃にあたためる。玉ねぎはくし形に、にんにくは包丁の腹でまな板に押しつけてつぶし、粗みじんに切る。セロリの茎とにんじんは小さく切る。1の水をあけて、豆をざっと洗う。

3.   すべての材料を鍋に入れ、煮たってくるまで火にかける。

4.   お好みで、豚すね肉の燻製か、残りものの骨つきハムを入れる。野菜だけで作りたいなら、ココナッツオイルを入れると味がいっそうまろやかになり、こくが出る。

5.  煮たったら鍋に蓋をして、オーブンで6~8時間かけてことこと煮こむ。水が足りないと思ったら、煮こみが終わるころに水を足す。

ココがコツ:
あつあつの煮こみ料理には、スプーン1杯ほどのプレーンヨーグルトや米を添えるとおいしいです。たっぷりのチリコンカンができあがりますが、長時間かけて煮こむ料理は一度にたくさん作りおきしておくことをおすすめします。余ったら、別の日にトルティーヤの具などに使えます。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』 トーベ・ヤンソン/絵と引用文 末延弘子/訳 講談社 
©Moomin Characters TM
『ムーミン全集【新版】4 ムーミン谷の夏まつり』 トーベ・ヤンソン/著 下村隆一/訳 畑中麻紀/翻訳編集 講談社 
©Moomin Characters TM
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すえのぶ ひろこ

末延 弘子

翻訳家

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。