ムーミン谷のしあわせレシピ「群島パン」

夜中に食べるサンドイッチは、いつだっておいしいもんだねえ

翻訳家:末延 弘子

ほんのり甘くてやさしい味。魚との相性は抜群です。 撮影/末延弘子

ムーミン谷に住む、さまざまな登場人物たちにちなんだお料理を紹介する『ムーミン谷のしあわせレシピ』。その翻訳者末延弘子さんが、フィンランドで過ごした日々の思い出と共に、本の中からとっておきのレシピをご紹介します。作るときはフィンランド人のように、細かいことは気にせずに自分らしく挑戦することが大切だそうですよ。

(母親というものは、好きなときに出かけていって、外で寝たりというわけにいかないのが残念だわ。ほんとは母親こそ、そういうことがときにはできるといいのにね)『ムーミンパパ海へいく』より

2度目のフィンランド留学時代に、冬休みをラップランドで過ごしてみようと思い、イナリ湖畔の森に宿をとった。イナリ湖は北極圏よりも北にある、フィンランドで3番目に大きな湖だ。

私は、フィンランド南西部の内陸にあるタンペレという町から森のホテルへ直行するマイクロバスに乗った。すでに乗りこんでいた数人は、60代らしき快活な男女4人。漏れ聞こえてくる話からホテルの常連のようだった。彼らがちらちらとこちらを見ているのがわかる。これから何時間も一緒に旅をするのだから挨拶しておこう、と思い話しかけた。

彼らは小さな女の子(私のことを子どもだと思っていたようだ)が、フィンランド語で話しかけてきたので驚き、矢継ぎ早に質問が飛んできた。「なぜフィンランド語ができるのか?」、「ここに住んでどれくらいなのか」。こういった質問にはもう何度も答えてきたので、すらすらと口をついて言葉が出た。

すると、「おぉ!」とどよめきにも似た歓喜がわきおこり、さらなる質問攻めに遭った。が、流暢な回答はそう長くは続かない。言葉に何度も詰まったが、みんなは辛抱強く耳を傾けてくれた。森のホテルに到着するころには、私も仲間の一員になっていた。

ラップランドを初めて訪れた私を、仲間はひどく気遣ってくれた。とくに服装を。重たくて隙間だらけのダッフルコートにローファーという私のいでたちを見て、「そんな格好だと、あなた死ぬわよ」と、ケパ(その後、私の料理の師匠になる)が真顔で言った。森のホテルに着くと、ケパは私のために防寒着を用意するよう、オーナーに話をしてくれた。

暖かい上下のインナー(伸縮性のある綿の長袖長ズボン)、ウールの靴下、化繊の上下つなぎ服(目出し帽つき)、中綿入りの手袋と長靴。これら一式を着ると、自分が機動戦士か何かになったように感じた。私だとわかるのは表に出ている両目しかない!おしゃれからはずいぶん遠くなったけれど、暖かくて手放せない。実用重視のフィンランド人らしいコーディネートだった。

イナリ湖畔はとても暗くて静かだった。氷点下という魔王が沈黙を強いているような静けさだ。その魔王の目を見てはいけない!と、私はとっさに思った。『ムーミン谷の冬』で氷姫と目があった子りすのことを思い出したからだ(子りすはかちこちに凍ってしまった)。

正午を回ると、水平線に朝焼けの残り火のようなオレンジ色が広がり、数時間もしないうちに紫と黒の帳が降りる。雪の降り積もった湖面には、トナカイの茶色い雫のような落とし物が点々とあった。雪雲のない夜は満点の星空が広がった。空が、星の重みで今にも落ちてきそうだった。

森のホテルでは、パンもスープもいつもできたてだった。ホテルは人里離れた森の奥。近くにスーパーはない。それだけに食事が楽しみでならなかった。毎回の食事で出されたのは黒パン。

フィンランドの冬は暗く長いのですが、部屋の中にはあたたかさに満ちていて、おだやかな時間が流れます。撮影/末延弘子

フィンランドの黒パンには、酸っぱいのと甘いのがある。私がよく食べたのは甘い黒パン。バターミルクと麦芽が入っており、ゆっくりと発酵させ、じっくりと焼く。焼きあがったら、薄くスライスして、バターを厚めに塗る(仲間は塗るのではなく盛っていた)。ほんのり甘くて、口あたりがやさしい。スモークサーモンをのせて食べると、最高においしかった。

ホテル滞在最終日、私たちはオーロラを見た。エメラルドをちりばめた波が空を奏でるように揺れていた。太陽の風が地球と出会って光となり、宇宙の神秘を伝えようとしている。遠く離れた異郷の地で貴い出会いが重なった。この私の喜びを、オーロラが奏でてくれている気がした。

今日のしあわせレシピは『群島パン』。バターミルクは手に入りづらいので、私はヨーグルトを使いました。シロップは塗らず、ライ麦粉をふっています。アクセントにオレンジピールを加えています。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』より  
©Moomin Characters TM

SAARISTOLAISLEIPÄ
群島パン

材料
バターミルク ……1リットル
生イースト……75g
シロップ……300cc
麦芽……300cc
小麦ふすま、もしくはオーツ麦ふすま……300cc
塩……大さじ1
ライ麦……400cc
小麦粉もしくは小麦全粒粉……900cc

型に塗る用
バター……約大さじ2

パンに塗る用
コーヒー(もしくは水)……50cc
シロップ……50cc

作り方
1. バターミルクを人肌の温度にあたためる。そこに生イーストをくずし入れ、よく混ぜる。

2. シロップ、麦芽、小麦かオーツ麦ふすま、塩、粉類を加え、木べらでかき混ぜる。でも、こねないように。

3. 2リットルほど入る型を2つ用意し、バターを塗る。型に2を流しこみ、布をかぶせて、1時間半ほど発酵させる。

4. 175℃のオーブンの中段で、まずは1時間半ほど焼く。シロップとコーヒーか水を合わせたものを塗り、さらに30分焼く。焼き色がつきすぎてしまうときは、アルミホイルをかぶせるといいですよ。

5. 焼きあがったパンは、型から出さずに冷ます。冷めたら、ひっくり返して取りだし、涼しいところで休ませておく。このパンは2日後くらいが最高においしいです。冷たい場所で保存すれば、よく日持ちします。

群島パンとは:腹持ちする甘い黒パンです。
シロップについて:このパンは、黒蜜で作ってもよく合います。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』 トーベ・ヤンソン/絵と引用文 末延弘子/訳 講談社 
©Moomin Characters TM
『ムーミン全集【新版】7 ムーミンパパ海へいく』 トーベ・ヤンソン/著 小野寺百合子/訳 畑中麻紀/翻訳編集 講談社 
©Moomin Characters TM
すえのぶ ひろこ

末延 弘子

翻訳家

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。