ムーミン谷のしあわせレシピ「大もののスモークフィッシュサラダ」

スナフキンが行ってみると、おじさんはぴょんぴょんぴょんと、両足でとびはねていました。「魚だ、魚だぞ!」

翻訳家:末延 弘子

季節によって変化するのが、これまたいいものです。お好きな組み合わせで、お楽しみください。撮影/末延弘子

ムーミン谷に住む、さまざまな登場人物たちにちなんだお料理を紹介する『ムーミン谷のしあわせレシピ』。その翻訳者末延弘子さんが、フィンランドで過ごした日々の思い出と共に、本の中からとっておきのレシピをご紹介します。作るときはフィンランド人のように、細かいことは気にせずに自分らしく挑戦することが大切だそうですよ。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』 トーベ・ヤンソン/絵と引用文 末延弘子/訳 講談社
©Moomin Characters TM
中で、ミムラねえさんがたなの上に腰をかけて、きゅうりのピクルスを食べていました。横には、ろうそくを二本灯して置いてありました。「おやおや、あなたもあたしとおんなじことを思いついたのね」(ミムラねえさん)『ムーミン谷の十一月』より

ラップランドいきのバスのなかで知り合ったセッポはケルットゥ(私の料理の師匠)のご主人だった。ぱっちりとした目に銀縁の四角いメガネ。ふだんはジーンズだが、家の裏にある作業場ではつなぎの服を着ていた。ごつごつとした体つきで、手は巨人のように大きく、指先はいつも黒く汚れていた。セッポは自動車の整備士だった。彼自身はスウェーデン車のサーブに乗っていた。サーブのエンジンキーはセンターコンソールあり、そこが気に入っていたようだ。買い替えるときも、おなじ型のワインレッドと決まっていた。

「中古を買ったんだよ。部品を揃えるのにちょっと苦労したけどね。でも、いいできだろ?」

得意そうに笑ったセッポの手も顔もつなぎの服も黒くなっていた。でも、ワインレッドのサーブは内装も外装も新車のようにピカピカだった。

フィンランド人はセッポのようになんでも自分で作ったり修繕したりする。軽い故障ならささっと直してみせ、ちょっと必要なものならすでにあるもので代用し、道具がなければつくる。私は機械にとんと疎く、分厚い説明書を読んでもさっぱり頭に入ってこないので、ついだれかに頼ってしまう。道具も自分の望むものをつくろうとせず探してしまう。でも、たいていのフィンランド人はまずは自分で解決しようとする。その姿勢がすばらしいと思うと同時に、生活から身についた方法なのだとも思った。

果てしなくつづく凍てつく道のまんなかで車が壊れたとき、セッポが手際よく直してくれたおかげで凍死せずにすんだし、ピクニックのときのスプーンは木の切れ端で代用してゴミを出さなかった。セッポの友人が鋳型工場を立ちあげたのもぴったりと合う型がなかったからだ。べつの友人は子どもたちのために秘密基地を庭の木の幹のまたに建てたが、生活のなかにある余りものを生かしてつくったといっていた。厳しくて美しい自然が、わずかを生かそうとするものづくりの精神を育んだのだろう。

が、セッポのものづくりは桁外れに大きかった。

フィンランドの夏のひとこま。自然にただ身を委ねる幸せがあります。撮影/Kayo Isomura

ある年の夏、セッポからサマーコテージにいかないかと誘われた。セッポの愛車サーブでいくものだとばかり思っていたら、船でいくというのだ。きてごらん、といわれてついていった先は、いつもの作業場だった。そういえば私はまだ作業場のなかへ入ったことがなかった。彼が仕事をしているあいだ、私はケルットゥとパンやらお菓子やらをつくっていたからだ。作業場のなかにあったのは大きな船だった。船は金属の船台の上に載せられており、私はのけぞるようにして見あげた。それは白に青い線が入った船で、船首は美しい曲線を描いていた。セッポの作業場は船の保管場所であり、冬のあいだにメンテナンスをするためのドックだったのだ。

来週あたりに進水しよう、とセッポは目を輝かせていった。そろそろ旅に出なくては、というスナフキンとセッポが重なって見える(美しい自然や自由を大切にしているところがよくにていた)。サマーコテージは、タンペレから100kmほど北上したヴィッラットという町にある。セッポの船はタンペレのナシ湖で待っていた。セッポは舵取りに、ケルットゥは料理やベッドメイキングに忙しなく立ちはたらいていた。ふたりは自分の役目をおおいに楽しんでいたが、私はといえば船酔いして横になるしかなかった。でも、しばらくして外の風にあたっていたらすこしずつ気分がよくなった。

目を開けると、青と緑が飛びこんできた。湖の青と森の緑。しずかな湖面は空を映す鏡となり、森の木々はなだらかに波打つさざ波のように立ち並んでいる。これらに初夏の光がまぶしく反射する。遠くにみえる湖岸の木の桟橋に寝そべっている人は、光を一身にうけていた。葦のあいまから木のボートが何艘か見える。内陸の人々にとって幾千という湖は水路でもあり、かつては陸路よりも主要な交通手段だった。夏はボートで渡り、冬は凍った湖面をスケートで滑っていくのだ。

どこまでもおなじ色彩とおなじリズムで景色がつづいてゆく。やがてセッポは船をとめた。ムロレ運河だよ、と彼はいうと船からおりて上下水門の操作をはじめた。船が水だまりに入ると水がぐんぐん注ぎこまれ、水位が上がってきた。そうか水のエレベータ、閘門式ドックだ!水の高さがちがうので、ここで調節しているのか。向こうの景色がしだいに見えてくる。おなじ美しい青と緑。水門が開くと、私たちの船は滑るように進んでいった。ヴィッラットに着いたときは8時間が経過していた。

夏の夜は明るいので、時間を忘れてしまいます。撮影/末延弘子

サマーコテージではケルットゥが手際よく夕飯を作ってくれた。サマーコテージには電気も水道も通っていない。明かりは外から十分に採れるし、調理用以外の水なら湖からホースで引けばいい。料理はなるべく火を使わずにすむものが中心だ。ケルットゥはレタスを手でちぎって皿に無造作に敷くと、適当な大きさに切ったトマト、きゅうり、固めにゆでた卵、カッテージチーズを彩りよくおいて、その上にスモークサーモンを食べやすい大きさにほぐして散らした。ドレッシングはヨーグルトとマスタードとレモン汁を混ぜたもの。最後にディルをたっぷり散らすのが師匠流だ。サラダと一緒に、ゆでたじゃがいもと黒パンとビールを楽しんだ。

水平線の際がわずかにオレンジ色になった。対岸の森と桟橋が黒く染まっていく。車でくれば2時間もかからない。セッポにとって旅の醍醐味は過程なのだろう。目的地に行き着くまでが楽しいのだ。つぎは酔い止めをかならず飲もう、と私は誓って眠りについた。

サニーレタスなどの上に、ゆでてほぐしたカツオ、クルミ、さやいんげん、トマト、ゆでたじゃがいも、ゆで卵、キヌアを散らしました。ドレッシングはヨーグルトベースです。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』より
©Moomin Characters TM

SUUREN SAALIIN SAVUKALASALAATTI
大もののスモークフィッシュサラダ


材料
ゆでたじゃがいも……6個
ゆで卵……2個
(冷凍)エンドウマメもしくはさやいんげん……200g
トマト……2個
きゅうり……1/2本、もしくはガーキン……2本
サラダ菜……2玉、もしくはレタス……1玉
燻製の魚……約400g

ドレッシング
サワークリーム……200g
ホースラディッシュペースト……小さじ3
ディジョンマスタード……小さじ1
みじん切りにした生ディル……大さじ3
レモン汁……大さじ1〜2
はちみつもしくは砂糖……小さじ1
(塩、黒こしょう)

作り方
1.じゃがいもの皮とゆで卵の殻をむいて、くし形に切る。エンドウマメかいんげんをゆでて、冷ます。

2.トマトと、きゅうりかガーキンを小さく切り、葉ものはちぎる。すべての材料をサラダ用の平皿に美しく盛り、その上に燻製の魚を食べやすい大きさにほぐして散らす。

3.ドレッシングの材料を混ぜあわせ、お好みで塩と黒こしょうで味をととのえる。サラダにかけたら、できあがり。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』 トーベ・ヤンソン/絵と引用文 末延弘子/訳 講談社
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『ムーミン全集【新版】8 ムーミン谷の十一月』 トーベ・ヤンソン/著 鈴木徹郎/訳 畑中麻紀/翻訳編集 講談社
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すえのぶ ひろこ

末延 弘子

翻訳家

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『ムーミン谷のしあわせレシピ』など、フィンランド現代文学、児童書の訳書多数。2007年度フィンランド政府外国人翻訳家賞受賞。