ムーミン谷のしあわせレシピ「アウトローたちのあたらしい村のレモンマフィン」

「あたらしい村づくりというのは、自由な人の集まりだよ。だれもやろうとしないような、冒険的で、ちょっぴり不気味なことをやろうという集まりなんだ」(ムーミンパパ)

翻訳家:末延 弘子

冬のリースを添えてみました。落ち着いた色味のグラデーションに、小さな幸せが見え隠れしています。撮影/末延弘子

ムーミン谷に住む、さまざまな登場人物たちにちなんだお料理を紹介する『ムーミン谷のしあわせレシピ』。その翻訳者末延弘子さんが、フィンランドで過ごした日々の思い出と共に、本の中からとっておきのレシピをご紹介します。作るときはフィンランド人のように、細かいことは気にせずに自分らしく挑戦することが大切だそうですよ。

あたらしい村づくりというのは、自由な人の集まりだよ。だれもやろうとしないような、冒険的で、ちょっぴり不気味なことをやろうという集まりなんだ。『ムーミンパパの思い出』より

フィンランドのタンペレ大学で勉強していたころ、週末になるとケルットゥの家に遊びにいっていた。ケルットゥは、私にフィンランド料理を根気よく教えてくれた師匠である。私が彼女の家に泊まるという条件つきで、プライベートレッスンに通うことになった(なんという幸運!)。

きっかけは、私の救いようのないパン作りである。フィンランドではじめて食べたシナモンロールのとりこになり、これを作ろうと勇んでレシピ本と実物を並べてやってみた。が、そもそもパン作りの経験がなかった私は、イースト菌を冷たい水に入れ、いっこうに膨らまないから冷蔵庫に入れてしまった。言うまでもなく、シナモンロールは無残なものだった。このことを話すと、ケルットゥはあわれみの表情を浮かべて、教えてあげるから家にいらっしゃい、と言ったのだった。

ケルットゥは給食を作る調理師だった。彼女の料理を食べて、しょっぱいか甘いかのどちらかだと思っていたフィンランド料理への印象ががらりと変わった。手ぎわもほれぼれするほど無駄がない。彼女から習ったほぼすべての料理はボウル一つでまにあい、手順もシンプルこのうえない。まず、材料を計ってボウルに入れて混ぜる。つぎに生地を型に流すか成型し、オーブンに入れて待つ。パンならば、計量すら省いてしまう。

「粉の量は手にくっつくかくっつかないかくらいが目安よ、たくさん作って、お稽古してね」
師匠の言うことは守らねば。私はとにかく練習した。なかでもたくさん作ったのは、むろん、シナモンロールである。パン生地をのばし、マーガリンを塗り、シナモンとグラニュー糖をふりかけ、くるくると巻きあげる。ロール状のパン生地を台形にリズムよく切って、底辺が短い部分をぎゅっと指で押し、渦巻きを耳のように左右にぴょこんと押し出す。これがなかなかうまくいかない(フィンランドでは料理が上手な人を「粉の親指を持っている人」というが私にはそれがなさそうだ)。

雑然としながらも、明るくあたたかみを感じる冬のキッチン。撮影/末延弘子

私が眉間にしわを寄せていると、「かたちが整わなくてもオーブンがきれいにしてくれるからだいじょうぶよ」と何度も励まされた。腕前のほどはさだかではないが、練習を重ねて自信はついたと思う。

かたちを気にせずに作れたものはマフィンだった。おかずパンになるしょっぱいマフィンは作りおきしておくと重宝した。なかに入れていたのは、おもに冷蔵庫の余り野菜。さいの目に切ったパプリカやハムを入れたマフィンは、手軽に食事をしたいときにあたためなおして食べた。

ケルットゥの料理は、最低限の容器しか使わないため洗いものが出ない。そのつど洗うのではなく、4人用の食器洗浄機に洗いものをためて、夜に一度洗うだけ。しかも、洗い終えたあとは食器洗浄機の扉をわずかに開けてそのまま乾かし、つぎの日の朝にそこから直接取り出して使う。なんて無駄がないのだろうと私は感じ入っていた。

作るときはたくさん作る。とくにパンはそうだった。それを小分けにして冷凍し、いざというとき(積雪や嵐による停電と突然の来客)に備えておく。冷凍庫のなかにあったのはパンだけではなかった。なかは3つに仕切られており、1つめには夏に摘んだベリーと秋に収穫したきのこ、2つめには肉、3つめにはパンやパイがたっぷり備蓄されていた(だから冷凍庫は冷蔵庫よりも大きかった。冷凍庫は貯蔵のため、冷蔵庫は冷やすためというよりも、冬に凍らないようにするための温度調節器のようなものだった)。冷凍庫は地下室にあり、その隣には自家製のジュースやじゃがいもが山のように貯蔵されていた。

フィンランドの冬は氷点下30度を下まわる。この厳しい自然のなかでフィンランド人は生きていかなければならない。さらに水と木は豊かにあるものの、地形の変化に乏しく土地は肥沃ではない。自然からの恵みはわずかだが、この「わずか」によって生き抜くために、フィンランド人は「わずか」を生かす備えの哲学を生んだのだ。

1月の日の出は、ヘルシンキでも9:00ごろ。日の入りは15:30くらいなことも。撮影/末延弘子

ケルットゥに習ったもののひとつにベリーのジュースがある。庭に実った赤フサスグリを摘んでジュースを抽出し、水で薄めてよく飲んだ。夏は冷やして、冬は温めて。私が風邪を引いたときは、ケルットゥがアパートまで持ってきてくれた。
「ベリーはビタミンの宝庫。これを飲めばすぐに治るわよ」

彼女は自家製のベリージュースを自宅の地下に何本も貯蔵していた。師匠の地下にもムーミン屋敷の地下にも生き抜く知恵が詰まっている。備えあれば憂いなしである。

マフィン型で12個分できました。上にのせるレモンが余ったので、紅茶に入れてレモンティーにしました。これもまたよし。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』より  
©Moomin Characters TM

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アウトローたちのあたらしい村のレモンマフィン

材料
小麦粉……500cc
ベーキングパウダー……小さじ2
塩……小さじ1/2
重曹……小さじ1/4
バターミルク……150cc
細かくすりおろしたレモンの皮……大さじ2
バニラエクストラクト……小さじ1、もしくはさやから出したバニラビーンズ……1本分
レモン汁……50cc
室温に戻したバター……100g
砂糖……250cc
卵……3個

トッピング
砂糖……150cc
水……大さじ3
薄く輪切りにしたレモン……1個分
レモン汁……50cc

作り方
1.オーブンを175℃にあたためる。ボウルに小麦粉、ベーキングパウダー、塩、重曹を入れて、だまにならないように泡だて器で混ぜる。

2.別のボウルにバターミルク、レモンの皮、バニラエクストラクトかバニラビーンズ、レモン汁を合わせる。

3.バターと砂糖をかき混ぜる。卵を1つずつ、泡だて器などでかき混ぜながら加える。全体が白っぽくなるまで、さらに2分ほどかき混ぜる。

4.3に1と2を、泡だて器などでさっくりとかき混ぜながら、交互に加える。

5.バターを塗ったマフィン天パンか、紙のマフィン型に生地を流しこむ。オーブンで20~25分ほど焼く。きつね色になり、中まで火が通ったら、しっかりと冷ます。

6.水と砂糖を小さな鍋に入れて、煮たたせる。砂糖が完全に溶けるまで混ぜながら、ふつふつと煮たたせる。

7.水(分量外)を入れた別の鍋に、レモンを入れる。レモンが透きとおってくるまで、2分間ほど煮たたせる。煮汁をこぼし、煮たっている6にレモンを入れる。

8.レモンシロップの入った鍋を火からおろし、しっかりと冷ます。最後にレモン汁を入れて、混ぜる。

9.熱のとれたケーキを器に盛る。レモンシロップを染みこませ、ひとつひとつにレモンをのせる。

『ムーミン谷のしあわせレシピ』 トーベ・ヤンソン/絵と引用文 末延弘子/訳 講談社 
©Moomin Characters TM
『ムーミン全集【新版】3 ムーミンパパの思い出』 トーベ・ヤンソン/著 小野寺百合子/訳 畑中麻紀/翻訳編集 講談社 
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すえのぶ ひろこ

末延 弘子

翻訳家

東海大学文学部北欧文学科卒業。フィンランド国立タンペレ大学フィンランド文学専攻修士課程修了。白百合女子大学非常勤講師。『清少納言を求め...